【8】オロチの遺児
神社の裏の道、そこには鬱蒼とした中に続く小さな石畳の階段があった。
とこしえに続くかと見紛う程の長さだった。
そこを僕らは駆け上っていた。ヤトの補助妖術なのだそうだが、本当に身体が軽い。
上る道中、山全体に酒呑童子の声がこだまする。
『なんじゃ、休まんのか?まぁ目的は分かっておる。やめとけ、本当に割に合わんぞ』
「うぇ!?なんでバレた!?」
『当たり前じゃ。ここは妾の世界じゃからな。どんな事も思うがままじゃ。こんな事も出来る』
そう言うと、突然前方に大木が倒れる。
しかしヤトは立ち止まること無く大木へと突き進む。
「チッ、イノリ、斬って」
「え!?あっ分かった!シオリ!」
《了承。権能起動。壱の型:時雨》
あの時と同じく様に手をかけシオリを呼ぶと、身体が勝手に動き大木を両断する。
目を凝らしても見えない速度で刀は抜かれ、気持ちの良い斬撃音が響く。
「うわ、速っ!?」
「うん…やっぱりいつ見ても凄い。ほら、まだ来るよ」
そう嬉しそうなヤトの声がしたので前を向くと、次々と大木が、巨岩が、倒れて僕らに襲いかかる。
今度は呼びかけるまでもなく、シオリが反応する。
《攻撃検知。防衛権限により迎撃します》
次々となだれ込む大木や巨岩を、一歩ずつ踏み込みながら斬っていく。
刀の斬れ味が凄まじいのか、材質が何であれ同じ様な音を立て両断されていくそれを僕は不思議に思う。
「何でこんなに斬れるの!?いくら黒曜石が切れやすいって言ったって限度はあるでしょ!」
勝手に動く自身の体。自分の思うようにいかない現状は自身を目的地へと導いて行く。
幾許かそうやって斬り続けた後、ようやく僕らは頂上へと辿り着く。
着いた先には森の中に佇む小さな社があった。
一見すると普通の社なのだが、その実、異様な雰囲気も孕んでいた。
境内にもかかわらず鳥居は無く、狛犬などの守り神も無く、しめ縄も無ければ、人が立ち入った形跡も無い。
あるのは、夥しい数の御札が貼られ元の形さえも殆ど分からなくなった社だけだった。
そしてその前に、酒呑童子は居た。彼女は静かに、しかし深みを以て佇み、ため息を吐く。
『はぁ…。言ったはずだぞ、割に合わんと。天使の遺物の恐ろしさは実際に携わった者にしか分からん。イノリは兎も角、ヤトは知っているじゃろう?』
その問いに、ヤトは静かに微笑んで応える。
「んーまぁね。それでも、かつての仲間が困ってたら助けるものでしょ」
『……ならイノリに神無衆の事を教えてやれ。必要なことだろう?今でなくとも、この先では特にな』
「それは……うん。分かった。その代わりそれ、手伝うから」
『あぁ、分かっておる』
ヤトに少し沈んだ雰囲気が垣間見えた。
そうしてゆっくりと呼吸を整えてから、ヤトは僕を見る。
穏やかな面持ちだったが、どこか今までにないほどの真剣さを見せていた。
「…イノリ、これから言う事、信じられないかもしれない。だけど本当だから」
「う、うん」
そうして、ヤトは静かに語り出した。
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神無衆。それは"破滅"と呼ばれた"救い"。
或る神の敵として、または神の味方として結成された組織。
神を壊し、神を護り、異常を排し、異常を蒐集し、手段を問わず、目的を問わずに暗躍する、真に"何でも行う"組織。
メンバーが全て人ならざる者で構成される神無衆は、結成当初は無類の強さを誇った。"とある事件"でメンバーはバラバラになり各地へと去り消息が掴めない。
発見次第"全員速やかに始末せよ"。
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「…これが神無衆の大まかな説明…というか、とある教団が出している声明。私と酒呑はここのメンバー」
「あ〜、だから知り合いだったんだね」
始末やら何やらは物騒な事は一旦放っておこうと考えていた矢先、耳を疑うようなことをヤトは口にする。
「それと、イノリは神無衆のリーダーだった」
「………はい!?」
数秒の硬直の後に、僕は状況を呑み込めずにそう聞き返す。
「僕がそんな危険な組織に!?しかもリーダー!?」
「うん、そう」
驚きを隠せない僕とは裏腹に、ヤトはそう飄々と返事をする。
その時、ヤトの言葉に対してある疑問が浮かぶ。
「あれ、さっきメンバー全員が異形の者って言ったよね?という事は…僕は、人じゃない?」
自身の前提をそのままひっくり返すような考察ではあったが、それを否定する事は出来ない。
あまりの出来事に困惑していると、酒呑童子が話に割って入る。
『ふむ。それなんだがな…イノリは神無衆の中で唯一素性、もとい"何なのか"が分かっておらん』
「何なのか?」
『そうじゃ。信じられない事じゃがイノリには様々な異形の特徴があった。じゃから人ではないだろうが、正体は神無衆のメンバーでさえ知らん』
「え……」
『人じゃが人ではない。ということじゃな』
絶句する僕をよそに、酒呑童子はそう淡々と話す。
『まぁやはり気になるのかイノリの正体を探っていた者もおったな。それとは別に、神無衆の当面の目的としていたのは天使の遺物じゃ』
聞き覚えのある単語に、僕は反応する。
「あ、さっき言ってたやつ?」
『そうじゃ。まぁコレに関してはヤトの方が詳しいじゃろう?』
そう言ってヤトの方を向くと、ヤトは考え事をしているのかひたすらに俯いていた。
酒呑童子の声に反応したのか、こちらを向く。
「あっ天使の遺物?分かった、説明する」
「よろしくね」
「うん、まず天使について。イノリ、天使と聞いてどう思う?」
「えっ…?天使なら神様の使いだし…人を助ける良い存在かな?」
「うん、一般的にはそうだよね。でもここでは違う。奴らは敵」
「……敵?天使なのに?」
当然と言えば当然の質問を僕はヤトに投げかける。すると、
『「人は、驕りが過ぎる」』
酒呑童子とヤトの言葉が不意に被った。
その事から、何度も何度も聞き共通理解された言葉だと分かる。
「天使の遺物はね、思い上がりが過ぎる人類を終末に導く為に神が落とした、言わば"終末装置"」
「え…」
神話とはかけ離れた神のイメージに戦慄していると、酒呑童子が話しかけてくる。
『まぁそんなに考えんでも良い。天使は敵、そう覚えておけばな』
「それより…」
話を切り替えたい様子のヤトが割り込む。
恐らく天使の遺物の事だろう。
「天使の遺物は?社の中?」
『はぁ〜、なんじゃそんなに気になるのか?ご明察じゃ、この中に遺物、"オロチの遺児"が入っておる』
「……あー、それは…まずいね」
呆れたように話した酒呑童子の言葉、"神樹の種"にヤトは心当たりがあったようだった。
「オロチの遺児って何?」
「化け物」
なんの躊躇もなく、ヤトはハッキリとそう言い放つ。
「簡単に言えば、八岐大蛇の子供」
「……それってあの?」
「多分ね。天使達がどうやって手に入れたのかは分からないけど。神話に相当する時代の遺物」
そうして話していると、酒呑童子が割り込む。
「まぁそういうことじゃな、ハッキリと言おうか。お主らでは勝てん。今のままではな」
「……そうだね。確かにこれ相手はキツい」
ヤトは静かに溢れる禍々しい気を見ながら呟く。
「また今度来い。どうせ誰かに頼まれたんじゃろ?幸い、妾はまだ"持つ"からな」
「イノリ」
そう言って僕を見るヤトに、僕は頷きで返す。
「うん。また今度来よう。酒呑童…」
「酒呑で良い。記憶が無いとはいえ変に畏まられると気持ち悪いからの」
「あはは…分かった。酒呑、よろしく」
「ふむ。妾も余裕が出来たらイノリの家に行こうかの。場所も"施設"も変わっとらんじゃろ?」
「多分ね。その時は歓迎する」
ヤトはそう簡単に挨拶をして、僕らは1度帰ることにした。
家路につきながら、酒呑の言葉を思い返す。
「ヤト、なんで酒呑に僕は恨まれてたの?」
「さぁ?酒呑は秘密主義な所もあるし」
どうにか濁された気もするが、気にしないようにすることにした。