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【7】酒呑

神秘的な空間を数十分歩いてきたが、意外にも何の異変もないまま大きな鳥居の目の前まで来た。入る直前でヤトは立ち止まり、疑問を吐く。


「…おかしい。1回くらいは攻撃されると思っていたのに」


「何も無かったね」


「本当に宴に呼ばれただけ?そんな訳は…」


そう話していると、聞き覚えのある声がする。

入り口で聞いたあの声だった。


『ようやく来たか。待っていたぞ。さぁ、入るがいい』


「…だそうだけど、どうするヤト」


んー…と、ヤトは少し考える。


「最大限警戒はして行こう」


「わかった」


そう言って僕らは鳥居の中へと入る。

入ったと同時に、僕らは屋根の上に佇む人影を視認した。不思議と、鳥居をくぐるまで分からなかった。


「…貴方は?」


静かに、ヤトは声の主に尋ねる。

月を背にし、薄暗闇の中で僕はその姿を見る。

声の主は小柄な少女の風貌をしていたが、一言で言えば"鬼"だった。そして少女の筈だが何故か男物の黒を基調として金色の竹模様が入った着物を着ていた。頭には鬼の象徴たる細い角が2本立っていたが、左側は欠けているのか半分程で折れていた。

その姿形に似合わないほど静かな声で声の主は話す。


『ふむ…妾の名か?元来妖には無いものだが…。そうだな、たしか人間からは"酒呑童子"などと呼ばれておったな』


「酒呑童子って……」


そう言いながらヤトを見る。


「…酒呑」


ヤトが唐突に酒呑童子を呼び捨てにする。

違和感が無く当たり前かのようにヤトはそう呼ぶ。


「えっ知り合い?」


「…まぁ、かなり前に色々あってね」


そう言って少し面倒そうな顔を浮かべてヤトは答える。


『ん?なんじゃ知らぬ妖かと思って見ればヤトか。成程、どちらも旧知の者だったか』


「え?知り合いなのに気づかなかったの?」


知り合いだと言いながら要領を得ない会話をする2人に疑問が溢れた。


「あーそれはね」


そう言いながらヤトは酒呑童子を指す。

指された通りに酒呑童子を見る。月明かりのせいでよく見えなかったが、酒呑童子の両目には包帯が巻かれていた。


「酒呑はね、目が見えないの。これは私達が出会う前から」


そう言うと、今度は酒呑童子が口を挟むようにして話し出す。


『まぁ存外悪いことばかりでは無いがの。代わりに耳や妖力が良くなっての、最早何でも見える程じゃ』


少し会話が弾んだ所で、ヤトは本題に入ろうとする。


「それで?ここで何やってるの?前にも言ったけど、イノリを殺そうとするなら容赦はしないよ」


前にも言った、という事は前々から僕は酒呑童子に殺されそうになってたということだ。

何とも恐ろしい。


『ふむ、ヤトが相手となると妾も無事ではいられまいな。ここを壊される訳にもいかん。やめておこうかの』


「そう」


そうやり取りをして2人は少し落ち着きを取り戻した様だった。

どうやら恨みは持たれているが、そこまで好戦的な存在でもないらしい。

そうして少しの沈黙の後、酒呑童子は忘れていたかのように話を切り出す。


「ん?あぁそういえば、何しに来たんじゃ」


そう言われると、ヤトまたそれに応答する。


「ん。いやここにあった筈の異常な物品を回収してきてと依頼された。何か知らない?」


そう言うと、酒呑童子はピクっと角を震わせた。

そうして酒を1杯飲み干すと、酒息まじりに僕ら警告する。


「ふぅ…やめとけ。あれは主らでは手に負えん」


「は?なんで?」


少しイラつきを見せながらヤトが聞く。

すると酒呑童子は静かに語る。


「妾もそのような物があると聞き及んでここにいたんじゃがの…。とんだ忌み物じゃったわ。ヤトなら分かるじゃろうがな。天使の遺物じゃ」


「は!?なんで聖遺物がこんな所にあるの!?」


ヤトが驚愕し声を荒らげた。

しかし、自分には何かも分からない。


「ヤト、天使の遺物って何?」


そう聞くと、今度はヤトではなく酒呑童子が反応する。


「なんじゃヤト、教えてないのか?いや、イノリの境遇ならば致し方なしかの?なら妾が教えよう。天使の遺物はな、文字通り天使がこの世界に遺していった物品じゃよ」


「天使が……?」


「あぁそうじゃ。正に神の所業と言うべきものを人の身でも行えるようになる」


そう聞くと、先程の酒呑童子の言葉に違和感を覚える。


「酒呑童子、天使の遺物なのに"忌み物"なの?」


そう言うと、酒呑童子は少し嬉しそうに微笑む。


「妾を呼び捨てとは、お主は変わらぬな。まぁいい。確かに天使とは聞こえは良いものじゃがな。使えばその者だけでなくその周囲にさえ厄災を及ぼすものでな。同胞の者曰く、あれは生きすぎた人類を滅ぼす為の物なのだそうじゃ」


「あーそこで質問」


突然、ヤトが話に割って入る。


「それ、今どうしてるの?イノリは仕方ないとしても、酒呑は知ってるでしょ。あれの酷さ。貴方が強いと言っても、限度はあるでしょ?」


そうヤトが言うと、酒呑童子は質問を鼻で笑う。そうして少し残念そうな顔を浮かべる。


「はぁ…それは後じゃ。ここに時間の概念は無いが、今宵はここに泊まるがいい。久々の来客で妾は疲れた。それとヤト」


「ん、何?」


「神無衆の事、イノリに言ったのか?」


ヤトはハッとして、しばらくの間黙ったまま酒呑童子を見る。

酒呑童子もまた、何かを察したようにため息を吐く。


「全く…イノリが特に知らねばならん事じゃぞ?もう巻き込みたくないという気持ちは汲み取るがの」


「…分かってる」


ヤトは暗い顔で俯いたまま静かに呟く。


「…ならいい。部屋は用意してあるのでな。ゆっくりとそこで話すといい。ではな」


そう言って酒呑童子は屋根の向こうへと歩いていった。


「……はぁ。人の気も知らないで」


ヤトは静かに呟いた。

まるで、嫌な話をする時のような雰囲気を僕は感じた。


「イノリ、部屋に行く」


「う、うん?わかった」


何か、ただならぬ気配をヤトから感じた。

そうして神社の中へと入り、寝室へと向かうのだが、ヤトは迷わずに進んでいく。


「あれ、ヤトはここに来たことがあるの?」


「ん?あるよ。何回もね」


そう言ってヤトが部屋の扉を開けると、そこにはキングサイズと言うべきか。2人でも難なく入れそうな大きさの布団が1つ敷いてあった。

その様子を見てヤトはため息をつく。


「あーあいつ。ふざけて敷いたな…?」


「でもこれ、いつもとあまり変わらなくな…ぐぇ!?」


言い終わるよりも前に鋭い左ストレートな飛んできた。予想以上のクリティカルヒットだった。一息ついた後、ヤトは倒れた僕を見る。


「よし、イノリ。酒呑を追うよ」


「なんで?」


「私達が探している物を多分あいつは見に行ったから。場所、教える気がなかったみたいだし」


「でも…」


「でもじゃない。行くよ」


そう言ってヤトは強引に僕の手を引っ張り神社の裏へと走っていった。

ヤト、それは酒呑童子が心配だから?物品が気になるから?それとも……僕に"神無衆"の事を言いたくなかった?

結局、この時はヤトにそのことを聞くことは出来なかった。

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