【2】うそつき
濁った意識の中で一つの光を見た。
それは弱く、されど強く。何かを導くように煌々と自身を照らす。
僕はその光を掴もうと必死にもがくが、水の中にいるかのように届くことはなかった。
まだ、早いよ。
耳元で静かに、優しく、しかし力強い声で、僕は"もう1人の自分"にそう言われた。
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ハッとして僕は目を覚ました。
障子の向こうから差す薄い光は、朝靄に包まれたこの世界の朝、その訪れを告げる。
ここが現実の世界であることを確認すると、自身の手を顔に当て安堵し、そして当惑する。
「何なんだ……」
ふに……
そう思っていると不意に何かが脚に当たる。
「……ん?」
そうしてかけてあった布団を静かにめくると、僕に抱きついたままスヤスヤと寝ているヤトが居た。
案の定胸が当たっていた様だった。
Now Loading………
言葉通りに僕は静かに硬直した。
……これ、どうしたらいいんだ?
横には乱雑に放られたのであろう布団が転がっている。
恐らくだが布団を蹴散らして僕のところまで来たのだろう。
ヤト、寝相悪くない?
しかしこの状況、どうしたものか。ヤトは僕以上の力で僕をホールドしていた。
「んゅぅ…………」
朗らかな夢見心地が伺える顔をして、ヤトはそんな寝言のような事を言いながら顔を僕に擦り付けて寝ていた。
こんな心地良さそうな顔をして寝ているヤトを起こすなんて鬼畜の所業だろう。
そう思った僕はまたゆっくりと布団を戻し仰向けになる。
先日の喧騒が嘘のように静かな世界は障子越しに平穏無事を伝える。
不意に、先日のヤトの言葉を思い出す。
『また明日から忙しくなる』
…昨日のあの力は何だったのだろうか。
突然の事で記憶が曖昧だが、人ならざる力ではあったのだろう。ほぼ空飛んでたし魔法みたいだったし。
様々な憶測が渦巻く頭を整理していると、布団から声が聞こえる。
「…おはよう」
不意に声が聞こえたので、思わず布団をめくってしまった。
「あっ」
そこには、恥ずかしさからか顔を真っ赤に染めたヤトが居た。
跳ねた髪の毛等から、寝相の悪さが見受けられた。
「おはようヤト」
「お、おはよう…。それと…忘れて、お願い」
「え?あぁ、うん。気にしてないから大丈夫だよ」
そう言って笑いかけることが、僕が今出来る最大限の気遣いだった。
それも意に介さない様に、真っ赤なヤトは顔を手で覆ってうずくまっている。
「最悪…。よりにもよって…」
「あはは……」
しばらく涙目になっているヤトを慰めた後、朝食にすることにした
「何かの拍子に記憶が少しでも戻るかもしれないから私が作る。待ってて」と言ってヤトはそそくさと作り始めた。
そうしてしばらく待っていると、台所から「よし、できたよ」と自身を呼ぶ声が聞こえ、その声に応えて僕とヤトは秋刀魚などのを食べた。
「どうだった?」
テーブルの向かい側で、ヤトは覗き込むようにして聞く。
「美味しかったよ。よくできてたと思う」
それを聞いて安心したのか、ヤトは嬉しそうな顔を浮かべる。
「そう。良かった。イノリから教えてもらったものだけどね」
「え?僕が?」
「うんそう。イノリは私に色々教えてくれた」
「そうなんだ……」
「まぁいい。まずはこれからの話」
そう言いヤトは寝室に移動する。何をするのかと思いながら見ていると、僕らが部屋に入るとヤトは障子を閉め1枚の札を貼る。
『これより禁区』
そう描かれた御札は、貼られると同時に無数に増えてゆき、障子同士の隙間を埋めるように広がっていき、黄色のオーラを放つ。
隙間が埋まったのを確認すると、少し神妙な顔をしてヤトはこちらを向く。
「よし、これで大丈夫。話そうか。イノリが置かれた境遇とこれからの事」
「僕の境遇?」
「うん。まずはそれから。今は詳しく言えないんだけど、イノリは結構妖にとってもかなり重要な位置にいるの」
「……僕が?」
「そう、それ故に貴方は狙われた。色々とね」
そう言ってヤトは少し険しい顔を見せる。
その表情から、記憶を失う前の自身が辿った人生がそう楽観できるものではないことが伺えた。
「そうだったんだ……それで、これからはどうするの?」
話を変える目的も備えつつ、僕はヤトにそう聞いた。
「あぁ、それなら大体決まっているの。当面の目標としてはイノリの記憶を取り戻すこと。その過程で様々な"問題"を取り除き身を護れるように強くなること」
「…問題?」
「そう。さっきも言った通り、貴方は沢山の妖に狙われていた。ありとあらゆる妖からね」
「……なるほど」
今は言えないと言われたのだ。ならばあえて聞くまい。
「それじゃ、大まかだけど説明はしたから。次はイノリの能力についてかな」
それを聞いて僕は先日にあった刀とそれに付属する不思議な能力を思い出す。
「……!あの変な声とかの!」
「そうそれ。へぇ、"声"が聞こえるんだ」
「そうだね。知らない女の子の声だったけど」
「へぇ…まぁいいや。それについて教えるから、まずは庭に出て。そこなら広いし」
「分かった。行こうか」
そうして立とうとするとヤトは唐突に何かを思い出したような素振りを見せる。
「ああそうだ。私の妖としての本質的なものは甘えん坊なんだけれど、同時に相手を惑わす為に演技をするものでもあるんだよね」
「……ん?」
「ふふっ。"どこまで"だったのかな?」
少し嬉しそうにヤトは言い立ち上がる。
「え、演技が上手いんだね…?」
少し戸惑っている僕の言葉にピクっとヤトが反応する。
「そうだよ。私は"策士"なんだ」
そう言って振り向き、してやったりという笑顔を浮かべる。
そうして部屋を出ていくヤトを僕は後ろから見ていた。
「……どこまでが演技だったんだろう」
1人取り残されたこの部屋で、疑問と拍動は部屋に飽和し溶けていった。