第一話
「俺、来年になったら死のうと思っているから」
ユウキはそう言って改札を抜けると、階段を下りはじめた。
年始、まだ正月の雰囲気を町全体が引きずっている土曜日の午後。
久しぶりに集まって飲もうぜと、大学時代の同級生から誘いを受けたユウキとオレは、都内へ向かう電車に乗るため、駅のホームに向かっていた。同じ駅を利用するなら一緒に行こうと、改札前で待ち合わせをしていたのだ。
「え?」
オレは何かの聞き間違いかと思い、聞き返してみたが、ユウキはそれに反応することなく、ホームにつくと、すぐにコートのポケットからスマホを取り出した。そして、何かを検索して熱心にその記事を読みはじめる。
「まもなく、一番線に列車がまいります。黄色い線までお下がりください」
駅のアナウンスが流れて、しばらくすると、都内へ向かう電車がホームに滑り込んできた。土曜の午後に都内に向かう人はそれなりにいるようで、席には座れそうにない。
目の前の扉が開くと、数人が電車から降りてきて、それを待って乗り込んだ。
先ほどの言葉の真意を尋ねたかったが、結局、人が乗っている電車内で話すような内容ではない気がして、問いただすのを諦めた。
オレはこっそりとユウキを見た。
もしかして、大変な病気が見つかって、余命一年と言われたとか……?
いや、それだったら「死のう」なんて能動的な発言にはならないはずだ。なにより、その横顔は悲壮感が漂っているわけでもなく、なんというか、いたって普通だ。
通勤にも使えるんだと言っていたネイビーのコートに、洗いざらしのジーンズ、白いスニーカーのその姿は、大学生の頃のユウキとあまり変わらない。
昨年末に会社を辞めたらしいと、風の噂で聞いている。そのせいか、髪の毛は伸ばしっぱなしで、前髪が目にかかって、時おり鬱陶しそうにしている。
会社を辞めたことも、さっきの発言につながっているのだろうか? 色々と考えてみたが、本人に聞かないと何も分からない。
どうせ分からないのなら考えても無駄だと、自分のスマホを取り出して、昨夜、途中まで見て寝落ちしてしまった動画の続きを見ることにした。
*
「やっぱ実物はデカいな」
ユウキはどことなく楽しそうに店内をブラブラとしていた。
夕方の待ち合わせなのに昼過ぎに出かけたのは、ユウキがどうしても見たいと言っていたパソコンのパーツを売っているお店に行くためだった。
「そんなのネットで全部揃えられるだろ?」
オレがそう言うと
「まあ、そうなんだけどさ。CPUとかグラボとかはいいんだけど、ケースはどうしても見ておきたかったんだよ」
店内に展示されている、LEDで内部が光るPCケースを覗き込みながら、ユウキは答える。
「部屋に置いた時のサイズ感とか、雰囲気を見てみたかったんだよね」
そんなことを言うから、オレは思わず突っ込んでしまった。
「でも、さっき死ぬって」
すると、ユウキは「ああ」と言って頷いた。
「まあね。それはそれ」
「なんだよそれ。冗談だとしたら笑えないぞ」
そうオレは店内を見渡して、暇そうにしている店員だけしかいないのを確認して非難した。
「いや、あれは冗談じゃない。一応、近くに住んでいるリクには伝えておこうと思っただけだ。これから連絡も断つつもりだからさ」
「どういうことだよ?」
「まあ、そういうことだよ」
ユウキはそう言うと、スマホを開いて、メモしていた型番のケースを調べはじめた。
色々と言いたいことはあるが、ここで言い合いをするのは気が引ける。
この話は飲み会が終わってからだなと、ここは一旦引いて、オレはまったく興味のない店内をあてもなく彷徨った。
*
大学時代の友達との飲み会は、はっきり言って疲れた。
今回の飲み会の発起人が、本部長に気に入られているという自慢話を延々としていたからだ。他の人が話していても、勝手に関連づけて、また本部長の話に戻る。そんな無限ループに、みんなもうんざりした様子だった。
本部長のお陰でプロジェクトメンバーの一員になれたんだぜ、と満面の笑みで話すが、それがどれだけ凄いことなのか、小さな会社で働くオレには判断がつかなかった。
作り笑顔で長時間いたせいか、顔の筋肉が変だ。
帰りの電車を待つホームで、オレは歯を見せるように、くちびるをイーと横に広げて、顔の筋肉を伸ばしてみた。
横ではユウキがスマホで動画を見ている。オレの変な顔にも気がつかず、画面に集中しているようだった。
ユウキは飲み会で、無職になったことを羨ましがられ、失業保険の事を詳しく聞かれたり、今後はどうするのかと詮索されたりしていたが、「まあ、そのうち考える」と適当に答えていた。
その時の貼りついた笑顔を見て、ああ、オレも同じ顔をしていそうだなと思った。
しかし、その作り笑いで強張った筋肉を、今は気にする様子も無く、すでに別の世界に没頭している。ユウキは一体、何を考えているのだろう?
昼間の発言の話をしたいが、もう電車が来てしまう。この話は地元の駅に着いてからだと、オレはひとまず気持ちを切り替えた。
駅に到着して改札を出る。
途中までは同じ方向なので、ユウキとオレは並んで歩き出した。
街灯が照らす歩道を歩きながら、空を見上げる。
雲が厚いのか、月も星も見えない。
吐く息は白く、温かい電車の中から寒い外へ出たせいか、鼻水が出る。鼻をすすりながら、オレは思い切ってユウキに話しかけた。
「昼間のあの発言、やっぱ、もうちょいだけ詳しく聞きたいからさ……。オレの家か、ユウキのアパートで話せない?」
連絡を断つと言っていた以上、ここで別れたが最後、連絡が途絶えるかもしれない。ここは何としても粘ろうと思っていたのに、「いいよ」とユウキはあっさり言って、自分のアパートの方面を指差した。
「今、オレのアパート、何も無いから、食べ物とか飲み物買っていく?」
その反応に肩透かしを食らった気分になったが、まだユウキと話せる事に胸を撫で下ろした。
「そうだな。コンビニで適当に買っていくか」
そう言って、駅近くのコンビニで炭酸水やらスナック菓子を買い込んだ。