第7話 とあるファンガの回顧録
あおいは、ただ黙ってシオンの答えを待ち続けた。
時間にすればおよそ数秒程度だったのだろうが、その間の沈黙があおいには時間以上に長く感じられた。
「どこで……いや、そもそも何で?」
ようやく口を開いたシオンは酷く狼狽していた。
何があったかは、あおいには分からない。
だが、シオンの反応から察するにきっと事情があるのだろう。
そうでもなければ、わざわざ現役時代のことを隠す必要がないのだから。
「だって私、会ったことがあるから。ガーベルさんに」
「……一体いつ? 顔出しはしてなかったはずだが──」
思い当たる可能性を探っているのか、シオンはブツブツと独り言をつぶやき始めた。
「ねぇ、ちょっと散歩しながら話さない? ここじゃ誰か来るかもしれないし──」
「──そうだな。確かに」
外に出ると、涼やかな風があおいの肌を撫でた。
半袖のTシャツ一枚のあおいには少し肌寒く感じられたが、いずれ気になる事もなくなるだろうから……と気にすることを止めにした。
「ガーベルさんに会ったのはアルスナのシーズン6だから、5年くらい前かな」
「シーズン6ってことは……思い出した。あの時か」
「多分正解。あの時のファンミーティング、そこに私もいたんだよ?」
あおいにとって5年経った今も決して風化することのない大切な記憶。
今も心を温め続ける大切な思い出。
5年前、韓国で行われた世界大会では、アメリカのあるチームが台風の目となった。
そのチームはゲームのメタを嘲笑うかのような奇抜な戦術を次々と繰り出し、成功させ──優勝することこそ叶わなかったが、4位という好成績を修めた。
そのチームの絶対的エース──それがガーベル、海堂至恩だった。
大会が終わると、そのチームは韓国からアメリカに帰る前に日本に立ち寄り、その時に突発のファンミーティングを開催した。
あおいはその時にシオンに会って、話をしていたのだった。
「顔を覚えてたから──すぐにピンと来たんだ。日本のプロチームでコーチやってるガーベルさんを見かけた時に」
「なるほどな……あの時のアルスナはまだ大会でも顔出し無しで良かったから……俺がガーベルだってバレるはずはないと思ってたんだけど、そんな落とし穴があったとは……」
バツの悪そうに微笑むシオン。
そんなシオンをあおいは、真っすぐに見据えていた。
「ねぇ、覚えてる? あの時のこと」
「悪いな、ファンミがあったのは覚えてるが……誰に会ったまでかは……」
「覚えてないんだ」
「すまんな」
シオンの言葉を聞いて、あおいはわずかに肩を落とした。
5年前に一度会ったきりの相手──そんな相手のことを覚えていないのは当たり前だとあおいは理解していたが、それでも落ち込むのは理屈ではない。
自分にとっては大切な思い出なのだから、相手にも覚えていて欲しい──そう思うのは人として当然なのだから。
「だからね、私がやっとプロゲーマーになれた時に、ガーベルさんがSNSでFA宣言をした─ ─これは運命だって、そう思ったの」
「──『アテナ・ゲーミング』からの接触は不自然なくらいに早かったと思っていたが……」
「うん、私がなぎささんに推薦したの。推薦って言うか──駄々こねた、子供みたいに。『絶対にコーチはこの人がいい!』って」
その時のあおいの姿を想像したのか、シオンは苦笑いを浮かべた。
おそらくシオンはあおいが床で転げまわるような姿を想像したのだろう、とあおいは考えた。
あおいは転げまわりこそしなかったが、何度も、何度も、何度も、なぎさに、チームメイトに、シオンのコーチとしての魅力をプレゼンしたのだ。
ガーベルの名を出せばおそらく一発だっただろうが、あおいはシオンに知られたくない何らかの事情があったのかもしれない、と推測してその名前を出すことはしなかった。
「そっか──あおいの推薦だったのか」
「迷惑だった?」
「いや、実を言うとすごく助かった……一週間以内に新しいチーム見つけないとヤバかったから」
「見る目ないね、皆」
「まぁ、表向き俺はプロとしての実績がないことになってるからな。プロ経験者のコーチより実力を低く見積もられることはよくあることだ」
あおいはプロゲーマー1年生、それも入学前。
業界の事情には全く詳しくなかったが、シオンの様子を見て色々根深い問題があるのだろうと察した。
「それにしても……よく覚えてたな。俺のこと」
「うん、忘れるわけない」
「そんな特徴的な顔だっけか」
あおいは改めてシオンの顔を見つめる。
特別イケメンというわけでもない、見たら忘れないほどのインパクトもない。
それでも、あおいにとっては忘れらない顔だ。
「本当に覚えてない? あの時のこと」
「悪いな。あの時は負けたショックとか──他にも色々あって、ファンミの時の記憶はほとんどないんだ」
「酷いな、私にあんなこと言ったのに」
あおいが言うと、シオンがギョッとしたような、怯えたような顔を見せた。
「一体何を言ったんだ、俺は……」
「秘密、別に思い出してくれなくて大丈夫」
その様子がおかしくて、あおいはもう少しイジワルをすることにした。
覚えていないならそれでもいい──
「でもね──今度こそ、忘れられなくしてあげるから。私のこと」
あおいは真っすぐに見つめて、高らかに宣言した。
自らがプロゲーマーを目指すきっかけをくれた人物であり、初恋の相手でもあるシオンのことを。
選手がIGN変えると、誰か分かんなくなるよね。
ありがとうございました。
ここまでが第一章となります。
【章終わりのお願い】
現在、第二章を鋭意執筆中でございます。
ですが、調子乗って連投したせいで、もうストックが残りわずかなのです……。
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