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第5話 奇策は相手に気づかれた時点で愚策となる。

「これで最後? 少ないね、荷物」

「助かったよ、あおい。ありがとう」


 シオンが『アテナ・ゲーミング』のゲーミングハウスに合流したのは、9月も暮れの頃だった。

 この時期にもなると、暑さもやわらいで過ごしやすい気候が続いて──なんてことはなく、今日も生憎の真夏日だ。

 夕暮れ時になって、多少マシになっては来ているが、それでも快適とは言い難い。

 手の空いていたあおいが手伝ってくれなければ、おそらく運動不足のシオンは途中で力尽きていたことだろう。


「さて……荷解きは後でやるとして、一旦休憩にしようか」

「いいね、賛成」

「引っ越し手伝いクエストの報酬だが──アイスとかでいいか?」

「え、奢ってくれるの?」

「奢りじゃない、労働の対価だ」


 あおいには1時間単位で手を貸してもらったのだ。

 『ありがとう』の気持ちだけじゃ、報酬として釣り合わない。


「なら、皆で分けられるやつがいいな。他の皆は皆で、なぎささんの手伝いしててサボってるわけじゃないし」

「オッケー、なら箱に入ってるアイスにしようか」


 今日は土曜日──練習のないオフの日だった。

 プロゲーマーの大半は好きでゲームをやっているわけだが、24時間365日ずっとゲーム漬けの生活を送っているわけではない。

 ちゃんと休日という概念は存在している。


「それにしても……なぎささんたちは何の仕事をしてるんだ? 昼からずっとバタバタしてるように見えたけど……」

「会社の仕事だよ──とっても大事な」

「へぇ、それなら俺も後で手伝いに行かないとな」


 シオンも今は『アテナ・ゲーミング』の一員だ。

 チームに関わることなら、積極的に協力したいのだが──


「あ、連絡来てる。仕事ならもうほとんど終わったって」

「そうか……なら休憩は後にして、手伝いに──」

「その必要はないから! 大丈夫だから……」

「お、おう。そうか……」


 どうやら今から向かっても邪魔になるだけらしい。

 それならば、仕事が終わったタイミングで差し入れを持って現れた方が喜ばれるだろう──そう判断して、シオンはあおいと共にコンビニへと向かうことにしたのだった。



※ ※ ※



 暮れなずむ住宅街を、シオンはあおいと共に歩いていた。

 残暑こそ厳しいが、陽の沈む時間はちゃんと早くなってきているらしい。


「ごめんね、だいぶ悩んじゃった」

「いいよ、迷ってる時間って楽しいもんな」


 あおいは時間にしておよそ15分。

 悩みに悩んで、最終的にソーダ味のアイスキャンディーを選択した。

 何か一気に心が傾く出来事があったのか、決断を下してから後になって悩み返す──なんてことは一切なかった。


 アイスが溶けない様に、少し早足で歩いてゲーミングハウスへ。

 オートロックの扉が開けば、涼やかな冷気が体を包み込んでくる。


「すぐに食べるか……夕食の後にするか……いや、風呂上がりも捨てがたいな」

「明日かな、私は」

「あおいは楽しみを取っておくタイプか」

「普段ならすぐ食べちゃうんだけどね──今日は特別」

「へぇ、何かあったのか?」

「これからあるの」


 何が、と聞こうとした瞬間だった。

 リビングに繋がる扉が開け放たれ──次の瞬間、ゲーミングハウスに乾いた破裂音が響き渡った。

 わずかに遅れて漂うのは焦げ臭い──火薬の匂い。


 もちろん発砲音ではない、クラッカーが鳴らされたのだ。


「いぇ~い、サプライズ成功っ!」

「シオンくん。驚いてくれたかしら?」


 視線の先に映るのは、仕事をしていたはずのなぎさたち──その奥には風船やテープなどの飾りつけ。


「なるほど……大事な仕事って」

「正解、コーチの歓迎パーティーの準備でした」


 驚いていない所を見るとあおいもグルだったのだろう。


「よかった……間に合わないかと思った……ソラちゃん、どうやって時間稼いだの?」


 はしゃいでいるロッキーとは対照的に、マロンはどこか肩の荷が下りてホッとしているように見えた。

 バレないかドキドキしていたのだろうか?


「成り行き? コーチがアイス奢ってくれるって言ってくれたから」

「そういや……コンビニにいる時、やけに時間を気にしてたな」


 今思えばあれも時間稼ぎだったのだろう。

 シオンは見事に選手たちにしてやられたわけだ。


「良かったです。あなたが鈍い人で」

「リリーの言う通りかもしれないな」


 リリーの手厳しい言葉に、シオンは思わず苦笑を漏らしてしまった。

 それにしても、リリーはこういうイベントに積極的に関わるようなタイプには思えなかったのだが……ロッキーあたりに押し切られたのだろうか?

 そのことを尋ねる機会は、ついに訪れることはなかった。


「それじゃ、サプライズも無事成功したことだし──パーティーを始めましょうか?」


 促されるまま、席につく。

 テーブルの上には寿司やピザなど、出前で頼んだと思しき品がズラリと並んでいた。

 恐らく皆が食べたいものを片っ端から頼んだのだろう。


「それじゃ、乾杯しましょうか? 各々飲み物を入れてちょうだい」


 テーブルの脇にはコーラやジュースが、これまたズラリと並んでいたのだが……。

 

「シオンくんはこっちね? どれがいいかしら?」

「──はい?」


 満面に笑みを浮かべたなぎさが持っていたのは、ビール、チューハイ、レモンサワーの缶──アルコール飲料だった。


「もしかして、日本酒とかワインの方がよかった?」

「いや、そういうわけじゃないんですが──」


 にこやかに笑うなぎさだったが、瞳の奥には有無を言わせぬ圧力がこもっていた。

 確かに引っ越し作業で肉体の疲労が溜まっていたシオンは、キンキンに冷えたビールをグイっと流し込みたい気分ではあったのだが……。


「気にしないで大丈夫です。慣れてますから」


 リリーの言葉に頷く選手たち。

 どうやら、皆の前でなぎさが飲むのは日常茶飯事らしい。


「それじゃ、ビールで……」

「じゃあ、私も最初はビールにしようかしら」


 最初は、と前置きが入る所から察するに、ちょっと嗜む程度ではない様だ。


「皆飲み物はもったかしら? それじゃ、シオンくんの合流を祝して──乾杯!!」

「「かんぱいっ!」」


(まぁ、今日くらいはいいか……)


 楽し気に笑う皆の様子を見て、シオンはこれ以上野暮なことは言うまいと決心した。

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