第4.5話 続きは製品版でお楽しみください。
『アテナ・ゲーミング』との契約が完了したシオンは、『マッド・ウルブズ』のゲーミングハウスから退去すべく準備を進めていた。
とはいえ荷造りが必要な物は、そう多くない。
期日までには余裕で退去できそうだ──と確信し始めた時のこと。
シオンは化け狸、もとい社長から呼び出しを受けたのだった。
「何の用ですか?」
「そろそろ泣きついて来る頃かと思ってな」
「……はい?」
何故自分が、この化け狸に泣きつかねばならないのか──シオンにはさっぱり理解できなかった。
シオンの反応はどうやら社長にとって想定外だったらしい。
何が理解できないのか、さっぱり分からない──広い額にはっきりと文字が浮かんで見えた。
「まあいい……お前にとっては朗報──契約更新の話だ」
「いや、俺は──」
「後任のヘッドコーチはアルスナの本場アメリカから招集したのだが……そのサポートという形でなら契約を更新してやってもいいと考えている。肩書きはサブコーチになって契約条件も変わるが、本場アメリカから来た一流コーチの下で経験を積めるんだ、悪い話じゃないだろう?」
なるほど、どうやら後任のヘッドコーチはアメリカから招集したらしい。
そして迷える子羊であるシオンと再契約をしてくれると言う。
この社長、見かけに寄らず慈悲に溢れた性格らしい──とでも言うと思ったのだろうか?
「いえ、結構です。つい今しがた新しいチームと契約を結んできたので」
「なっ!?」
化け狸ながら腹芸が苦手と来ているのだから救いようがない。
どうやら契約を更新しない、というのはシオンをサブコーチに据えるための布石だったらしい。
でなければ、アメリカからコーチを招集するなんて真似は出来ないだろう。
シオンは腹の底から熱いものが静かに湧き上がるのを感じていた。
「ど、どこのチームだ? どうせ3部のセミプロチームとかだろう? そんな所と契約するくらいなら、将来のキャリアを考えてもウチと契約すべきじゃないのか!?」
「残念ながら、資金が潤沢な2部のチームですよ。公式アナウンスがまだなので、どことは言えませんが」
「FA宣言してからまだ2日だぞ……? さては貴様、契約更新前から接触していたなっ!」
「自分でも驚いてますよ。見てくれてる人はいるものですね」
驚いている──というのはシオンの偽らざる本音だった。
いくら『アテナ・ゲーミング』がコーチを募集していたからとはいえ、接触してくるのは不思議なほどに早かった。
まるで以前から目を付けていたような──そう思えるくらいに。
「そう言えば……アメリカからコーチを招集されたと言ってましたが、よくマイナーリージョンである日本に来てくれましたね。大変だったでしょう?」
「……どういう意味だ?」
「言語の壁ですよ。新しいコーチは日本語が堪能なんですか?」
「分かった上で別のチームに行く気か!」
どうやら大正解だったらしい。
在米経験の長いシオンは、日本語と同じかそれ以上に英語を得意としている。
おそらくシオンをサブコーチという名の通訳にするつもりだったのだろう。
それも、今よりも安い年俸で。
「確かに心配ですね……ですから餞別として有益な情報を置いて行くことにしましょう」
「あぁ?」
「欧米のゲーミングハウスだと、日本と違って家事はハウスキーパーさんにお任せすることが多いそうですよ。日本だと家事は分担して行うものだと、忘れずに伝えておいた方がよろしいかと」
欧米のようなメジャーリージョンと呼ばれている地域では、年俸億越えのプロ選手がゴロゴロいる。
そこまで多額の年俸を出せるのだから、ゲーミングハウスの設備も当然桁違い。
福利厚生も充実していて、ハウスキーパーを雇うお金だってある。
だから選手もコーチも家事は行わない。
日本に戻ってきた時、シオンが最も驚いたのはそこだった。
慣れてみれば楽しいものだが、事前の説明なしでは困惑することだろう。
契約書の文言によっては契約が無効になる可能性もある。
「話はもうよろしいですか? 週末までに部屋を退去しなきゃいけないので」
「っ──クソがっっ!!」
これはきっと、自業自得なのだ。
TSM(米)とかT1(韓)のゲハは設備がエグいです。
TSMは内部にトレーニング施設があり、T1はゲーミングハウスというより、ゲーミングビルです。