第3話 RPGで予想外のキャラがパーティーに加入するかのような。
ひとしきり会話に花を咲かせ終わると、選手たちは休憩を終えて、練習を再開させた。
先ほどまでは賑やかな声が部屋に響き渡っていたが、今はキーボードを叩く音やマウスをクリックする音がその代わりを果たしている。
各人の実力を見ておきたい気持ちがシオンにはあったが、今はそれよりも優先することがあった。
練習の邪魔にならないようにと、シオンはなぎさと共に練習室から退散し、ゲーミングハウスの3階へ。
2階が選手の生活空間であるのに対して、3階は事務所の役割を担っているらしい。
「どう? みんなとは上手くやれそう?」
「正直想像がつかないですね。練習時はともかく、ここで一緒に暮らすとなると……」
軽く話した程度だが、選手たち同士の関係は良好そうに見えたのはシオンにとって朗報だった。
ひとつ屋根の下で生活する必要があるのに、選手同士でいがみ合っていては息苦しくて仕方がない。
ただここに、自分という異分子が紛れ込んだらどうなるのか……分析が得意なシオンでも、全く見当を付けることができなかった。
「それもそうね。探り探りになるのは仕方ないわ。負担はかかるかもしれないけれど、私も出来る範囲でサポートするから。困ったことがあれば遠慮なく言ってちょうだいね」
「──助かります」
「その代わりと言っては何だけど、シオンさんが今まで見てきたプロチームの内情とか運営ノウハウだとか……その辺りについて、折を見て詳しく教えてくれないかしら?」
シオンがこの業界に飛び込んでから、およそ5年。
空白の時期を差し引いても4年近くプロチームに関わってきた経験がある。
「それはもちろん構いません。守秘義務に反しない範囲で、にはなりますけど」
その経験がチーム運営に役立つのであれば、シオンとしては出し惜しむ理由もなかった──そう思って答えたのだが……
「あの……何か気に障るようなことでも?」
なぎさの顔色が険しい。
ただ、怒っているというよりかは拗ねているような……どこか子供っぽい表情を浮かべていた。
「何て言うか……私にだけ、随分とよそよそしくないかしら? 選手の皆とは和気あいあいと話していたのに……」
なるほど、どうやら原因は自分の態度だったらしい。
確かにシオンは選手の前では意図的にテンションを1段階上げて、言葉遣いも砕けたものにしている。
それはあくまで、コミュニケーションの一環だったのだが……なぎさには疎外感を与えてしまっていたらしい。
とは言え……
「夜霧さんは上司というか雇い主なわけですし……」
「そうかもしれないけど……私だってこれからここで一緒に暮らすのだから、一人だけ仲間外れは寂しいわ。だから選手のみんなと同じように接してくれないかしら?」
確かに一理ある。
これから生活を共にするのであれば、敬語で話すのも不適当か──
「ちょっと待ってくださ──今、何と? 『一緒に暮らす』って……」
「あら? これは伝えたと思っていたのだけど?」
「聞いてないっす……いや、待てよ。そう言えばそんなことをサラっとあおいが口にしてたような……?」
「だって、シオンくんが来てくれるまではコーチがいなかったから。それまで選手たちだけを放置するわけにも行かないでしょ?」
「それはそうですが……夜霧さんは社長のはずじゃ? 他のお仕事はどうしてるんです?」
「商談や会議がある日は出社するけれど、そうじゃない時はリモートね」
「時代っすねぇ……」
職種にもよるだろうが、今はパソコン1台あれば起業できる時代だ。
リモートワークというのもきっと珍しくないのだろう。
そういう意味では、オンライン上で完結するはずのゲームを生業とするはずのプロゲーマーが、ひとつ屋根の下で共同生活を送ることを求められているのは、時代に逆行しているようで興味深く感じられた。
「日中はあまり皆の様子は見れていないけれど……それでも私のことをチームの一員として扱ってくれたら嬉しいわ、シオンくん?」
「分かりました……なら、俺も『なぎささん』と呼ばせてもらいます」
「変えるのは呼び方だけ?」
「口調も変えますよ。上司と話す感じから、部活の先輩と話す時みたいな感じに」
「部活の先輩かぁ~。うん、それも悪くないわね」
どうやら納得してくれたらしい。
それにしても……シオンが今まで所属していた『マッド・ウルブズ』では、裏でこそ化け狸だの言いたい放題だったが、表面上は上司と部下──あるいはそれ以上に本音を見せ合わない関係だった。
距離が近いことが必ずしも良いとは限らないが、所変われば人も変わるものだとシオンは感心することになったのだった。