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第9話 マンツーマンコーチング

 ひと悶着ありつつも、ようやく全員が練習室に勢ぞろいとなった。

 選手4人とコーチのシオン、『アテナ・ゲーミング』はこのメンバーで来期のアルスナプロリーグを戦っていくことになる。

 だが、待ち受けているのは厳しい現実。

 選手のモチベーションにも関わるかもしれないが、シオンは最初に伝えておかねばならないことがあった。


「女子プロゲーミングチームというのは、世界的に見ても珍しいが前例がなかったわけじゃない。競合相手がいないのだから、上手くいけば多くのファンを獲得できる……それは分かるな?」

「つまり、チャンスってことだ」

「そうだな、そうとも言える。だが、現実はそう甘くない──」


 FPSの上手い女性ストリーマーならいないこともない。

 彼女たちの人気に便乗して、女性しかいないプロゲーミングチームを作れば大きな人気を獲得できるのではないか──過去にそう考えた経営者も当然いた。

 だが──


「これはアルスナではない別ゲーだが、実際にあった話だ。ロシアのプロリーグに女子ゲーミングチームの参戦が決まった。物珍しさもあって、大きな注目を集めたが、その女子ゲーミングチームは1年間を通して1勝も挙げることが出来ず……そのままリーグから追放された──」

「私たちもそうなると?」

「リリー、そういうことじゃない。ただ事実として知っておいて欲しかっただけだ。皆がこれから身を置くのは結果が求められる世界だってこと、それから『どうせ女子プロゲーマーは勝てないだろ』そういう偏見とも戦っていかないといけないってこと」


 先にシオンが挙げたロシアの女子プロゲーミングチームの出来事もあって、女子プロゲーミングチームに対するゲーマーの印象はとてつもなく悪い。

 この例は選手が悪いのではなく、勝つために十分な戦力を集めなかったチームが悪いのだが、このせいで『アテナ・ゲーミング』の選手たちは『どうせ人気商売』『真面目にやってない』そんな目で見られることも間違いなくあるとシオンは考えていた。


「なら、どうすればこの偏見をぶち壊せるか……答えは簡単、勝つ事だ。偏見は実力でねじ伏せるに限る」

「いいじゃん、分かりやすくて」

「今日からやっていくのはそのための練習だ。上手くなるために、ドンドン俺を利用してくれ」


 上手くなろうとしない選手をサポートできるコーチはいない。

 だからシオンは最初に選手たちに発破をかけることにしたのだ。

 モチベの高さは成長スピードに直結する、故に選手のモチベーションを高い水準で維持し続けるのもコーチの役目だと言えるだろう。


「でも……練習って……何すればいいんですか?」

「基本的にやることは変わらないから、そんなに心配しなくて大丈夫だ」

「ってことは、夜までは他チームとのスクリム(練習試合)して~、夕食を食べ終えてからは個人練習って感じ~?」

「そうだな。違うのは後ろで俺がやいやいと野次を飛ばすってことだ」

「え~、ちょっと嫌かも」


 ロッキーが苦い物を口に入れたような顔をする。

 あまり口うるさく言われたくないタイプなのだろうとシオンは察した。


「──ここまでが全体練習の話だな。これにプラスして個人練習もしたいんだが……ひとつ問題があるんだよな」

「時間が足りないなら、練習時間を延ばせばいいのでは?」

「時間の問題じゃなくてさ、今のままじゃ何も教えられないんだよ。俺まだ皆のプレイスタイルとか、人と成りとかもそんな分かってないし」


 プロゲーマーのコーチングに教科書はない。

 普通のエンジョイ勢であれば、教えるべき基礎技術もあるだろうが、シオンがコーチングしていくのはプロゲーマー、猛者の中の猛者である。

 故にコーチングは長所を今よりも伸ばすか、あるいは短所を埋めていくか……等の個性に応じたものとなってくる──そういう意味でシオンが個人練習でやっていくことはコーチングと言うよりカウンセリングに近い物になっていくだろう。

 つまり選手のことを深く理解していなければ、コーチングはできないのだ。


「だからさ、皆のことをもっと知るために1対1で色々話したいんだよ……ゲームのことはもちろん、個人的な趣味嗜好とか。もちろん、皆さえ大丈夫なら──の話だけど」


 シオンは過去いたチームでも同じことをしていた。

 選手と1対1で腹を割って話合うことで……信頼関係を構築しつつ、選手の人と成りを理解していくことができるのだ。


 例えばシオンは選手と2人でサウナに行ったこともあった。

 そこで話した下世話な話題をきっかけに、その選手とは何でも話せる間柄となり、結果的にコーチングも上手く進めることができたなんてこともある。

 要するに教える立場と教えられる立場という表面的な関係性から脱却し、プライベートな領域まで踏み込んでいくことが大事なのだ。


 男同士ならそれも全く問題ないが、今のチームの選手たちは皆女性。

 女性と接することの少なかったシオンにとって、距離を縮めるハードルは同性に比べて一段上がってしまうのは仕方のないことだった。


「──それが本当に今後の役に立つのなら、構いません」


 最初にシオンの提案に乗ってくれたのはリリーだった。

 本当に役に立つのか──その目には若干の疑いの色が宿ってはいたが、それでもシオンの意図を組むことに決めたようだ。


「アタシもオッケー! その代わり、コーチのことも色々教えてね~」

「私も、大丈夫……です。聞きたいこともあるので……」


 リリーの言葉を皮切りにロッキーもマロンも賛成の意を示してくれた。

 しかし、3人とは対照的にあおいは何やら考え込んでいるように見えた。

 コーチに推薦してくれたあおいが賛成してくれないのは、シオンにとって少し予想外の出来事──無理強いするつもりはないが、もう一歩踏み込んで聞いてみる。


「……あおいはどうだ?」

「ごめんごめん──何話そうかなって、考えてた。あと、何聞きたいかも」

「ソラちゃん……気が早いよ」


 どうやらシオンの心配は杞憂に終わったらしい。

 シオンはひとまず安堵の息を漏らす。


「そうだな……期間は1週間にしようか。4人合わせて1ヶ月。その期間で色々お互いのことを知って、これからの練習に役立てていこう」


 1ヶ月というのにも意味がある、ちょうど試用期間と同じ長さだ。

 この期間の間に全員と1対1で話すことによって、このゲーミングチハウスでコーチとして共同生活を送っていけるか──それを見極めるつもりでいた。

 関係性が深まってくることで、先ほどのように下着姿のロッキーを見ても何も動じることが無くなるかもしれないし……逆に知ったことで過剰に意識してしまって、大変なことになるかもしれない。

 後者であれば、潔くゲーミングハウスから出ていく──選手には伝えなかったが、シオンは自分の中で決意を固めたのだった。

全敗してリーグを追放されたロシアの女子チームの件は実話だったりします。

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