表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【異世界恋愛2】独立した短編・中編・長編

雨と雷鳴に、香り立つ薔薇と君

作者: 有沢真尋

 黄金の美姫として名高いガートルード王女は、すらりと背が高い。

 令嬢たちの間に立てば頭ひとつ抜けていて、煌めく金髪、雪白の肌に非の打ち所のない類まれなる美貌が衆目を惹きつける。


「来てくれてありがとう。会えて嬉しいよ」


 形の良い唇からこぼれる声は、意外なほどに低い。


(「そこがまた良い」ってご令嬢方を(とりこ)にしているから、うちの姫様は。話し方も気さくで、分け隔てないし。輪に入れない令嬢を見かければ、さりげなく声をかけ、相手の興味のある話題を探して盛り上がったりして。お茶会に出るたびに何人信者を獲得する気なのか。あの方が男性でなかったのは、幸いなのかもしれない)


 護衛として常に影のように寄り添っているシャロンは、いつもの光景を前にして、無表情を保ちつつ小さく吐息。

 今日も今日とて、王家の庭園で開催されている茶会の中心は、大輪の薔薇よりもなお輝きを放つガートルードとご令嬢たち。


 もちろん、ガートルードはそこにいるだけで空気の華やぎが増す麗人、男性たちからも熱烈な視線を浴びせかけられている。どうにかして声をかけようと距離を詰める貴族の子息、あるいは一瞥だけでも良いから視界に入りたいとばかりに周囲をうろうろする誰かの侍従や護衛兵など、引きも切らず。しかし大方、ガートルードを崇拝している令嬢たちに阻まれて企ては失敗に終わっている。

 ほころびのない、完璧包囲網。

 シャロンとしては、「私は必要無いのでは」と思うこともしばしば。

 つい、遠い目になって曇り空を見上げる。


「シャロンさま、シャロンさま。お仕事ごくろうさまです」


 そのとき、ガートルードの包囲網に加わっていない令嬢のひとりが、シャロンに声をかけてきた。

 明るい栗色の髪を結い上げ、緑の瞳に同色のドレスを身に着けた令嬢。親しげな微笑を向けられて、シャロンはすばやく相手を確認しつつ、生真面目な表情を崩さずに答える。


「メリッサさま、(ねぎら)いをありがとうございます。ですが、私は影ですので、どうぞお気になさらず」

「そんな固いこと言わないでください。何か召し上がってます? 護衛任務は体が大切ですもの、食べられるときに食べなければ」

「仕事中です。食事はこの後任務を離れてからとりますので。お気持ちだけで」


 いまにもあれこれと世話を焼かれそうな気配を感じ、シャロンは言葉と態度できっちりと断りの意思を示した。


 シャロンは、王女殿下の護衛としてどこへ行くにも付き従っているが、素性をあえて喧伝していない。

 ことさら伏せているわけではないので調べればすぐにわかる。父は騎士団長で兄も騎士団の要職、武芸に秀でた一家の出身、ガートルードとは幼なじみの間柄。正規ルートで現在の職を得る。ただし、表に出ている情報はそこまで。

 騎士団長の父とは、実際のところ伯父と姪の間柄。記憶も曖昧な幼い頃に両親を亡くし、伯父に引き取られ実子のように育てられたのであった。実の両親になぜか性別をごまかして男子として育てられていたシャロンは、肉体的には女性であったが、養育者が変わった後もその事実は伏せられた。

 かくして、長じた今となっても男装のままガートルードに仕えている。女性の中にあっては背が高く、鍛え抜かれた体は引き締まっており、剣でも並の相手にひけをとらない。あえて偽らなくても「男性」と認識されているだけに、ガートルードのついでとばかりに構いたがる令嬢には毅然と距離を置いて対応してきた。


(ガートルード様に近づくための手段なのだろうが、私と懇意になろうとする令嬢はこのところ、本当に多い)


 この日声をかけてきたメリッサなど、シャロンのつれない態度をものともせず、あろうことか腕に手をかけてしなをつくり、婉然と微笑みかけてきた。


「ずっとシャロン様のことが気になっていたのです。聞けばお家柄も良いですし、騎士団にあってもその実力は高く評価されているのだとか。いつまでも姫様付きということもないでしょうし、いずれは縁組なども」


 シャロンは無表情のまま、そっけなく答えた。


「私は今の職務に満足しています。可能な限り王女殿下のお側にお仕えしたく考えております。縁組に関しては、当家は兄がすでに結婚して子宝にも恵まれておりますゆえ、私の身の振りはさほど重要ではありません」

「あれほど美しい姫様のそばに、あなたのように見目麗しい男性が四六時中張り付いているとあっては、姫様の縁談にも障りがありましょう。姫様の幸せを思えばこそ、あなたはあなたできちんと妻を迎え、やましいところなど無いと世に示す必要があるのでは?」

 

 腕に置かれた手を振り払えないまま、シャロンはメリッサを見下ろした。


(やましい? 私が女性であることは、陛下やガートルード様、近しい者は皆知っている。私があの方に懸想し、手を出すなどありえない)


 メリッサの爪先が、シャツの布越しにシャロンの肌に食い込む。痛みを覚えて、シャロンは控えめに「メリッサ様」と咎める声を上げた。しかしメリッサは微笑んだまま、さらに力を込めてきた。


「一度、当家のお茶会にもお越しくださいませ。お休みはあるのでしょう?」


(願い出でればもちろん。しかしなぜその貴重な休みを、あなたに使わねばならないのか)


 この誘いはいったいなんなのだ? と、シャロンが腑に落ちないものを持て余していたそのとき。


「シャロンは、私の護衛だよ。メリッサ嬢、そのはしたない手を離して」


 低く落ち着いた声。風が吹き、すぐそばにガートルードが立った気配。シャロンは思わずその横顔を見た。わずかに視線を上向けたのは、シャロンよりさらにガートルードの背が高いせい。


(はしたないだなんて、ガートルード様、いつになく毒がある)


 ガートルードはシャロンを見もしないまま、メリッサの手首を掴みあげてシャロンから強引に離した。

 メリッサはといえば、余裕のある態度は崩さずに、顔の前に扇を広げる。


「そういうところですよ、ガートルード様。シャロン様に近づく者があれば男でも女でも構わず徹底的に排除すると、噂になっております。よほどの思い入れが」


 ふっ、と目を細めてガートルードは笑みをこぼした。


「あるに決まっている。子どもの頃からずっと一緒なんだ。何人たりとも私とシャロンの間は引き裂けない。シャロンと話したければ、まず私に断ってもらわないと」


 横で聞いていたシャロンは、そこでようやく口を挟んだ。


「ガートルード様、逆です。ガートルード様に近づく方々に対し、不適切な接触を断つのが私の仕事であって、私への関わりをガートルード様が管理するというのは、違います」

「違わない。シャロンは私のもの。私のものを私が管理するのは自然なことだ」


 強い口調で言い切られ、シャロンは無言でガートルードを見つめた。


(この方は、普段は品行方正なのに、ときどきとても攻撃的になる。こんなわがままな言い方をしなくても)


 二人で無言のまま視線を絡めていたそのとき、目の前を何かが横切った。

 頬に冷たい雫。

 空を見上げると、ぽつぽつと雨が降ってきた。きゃあきゃあと辺りから悲鳴が上がり、かちゃかちゃと食器の触れ合う音や指示を出す声が響く。

 護衛の自然な動作として、シャロンはガートルードをかばおうとする。しかしその手首を強い力で掴んだのはガートルードの方で、否やを言わせることもなく「この先のガゼボへ」と言ってシャロンの腕をひいて走り出した。


 * * *


 さあああ、と霧にも似た細かな雨の降る中、打たれた緑と薔薇の花弁から絡み合うように濃密な匂いが立ち上る。

 ガートルードは刈り込まれた草を踏みしめ、シャロンの手首を絶対に離さずに小径を進んで行った。


「城に戻った方が早かったのでは。ガートルード様がいないとわかれば、探されます。今からでも」


 指が痛いほどに食い込むのを感じながら、シャロンは控えめに声をかける。


「お前もいないとわかれば、二人で一緒だと勝手に判断するだろう。庭園そのものが、誰でも入れる場所じゃない。さほど大きな問題になるはずもないよ」

「そうは言っても」


(ガートルード様が単独行動をとったのを、目敏い者が見ていたかもしれない。不埒な思いから後をつけられていたら? 何があっても私がお守りするが、危険はできるだけ避けるべきであって)


 護衛としての、自信のある無しではない。身の安全を考えれば、叫び声も届かぬほど離れた場所へ来てはいけなかったのだ。今からでも引き返したい、ジャケットを脱いでガートルードにかぶせて。

 不安に駆られたシャロンの目に、木立に囲まれたこぢんまりとしたガゼボが飛び込んできた。

 ひとまず、雨はしのげる。

 激しい雨ではなかったが、衣服はすでに湿り気を帯びて重く、やがて体を冷やすだろう。早めに移動して着替えねばと思いつつ、先を行くガートルードに続いてそこへと向かう。


 ひらり。


 視界を何かが過ぎった。実体が無く、素早い。

 目を瞬くも、すでにそこには何も無い。 


(光、のような)


 不思議に思いつつ、ガラスドームの下へと足を踏み入れる。柱にはつる草が巻き付いており、床は石、ベンチがひとつ。わざわざ目指すにはいかにも狭く、灌木に目隠しされたそこは逢引用としか思えない。実際、王宮警備として細かく城内外を把握しているシャロンも、存在を知らなかった。


(こんな場所が……)


 ガートルードがようやく離してくれた手首をもう一方の手でさすりながら、辺りを見回した刹那。

 空気を震わせる、轟音。

 稲妻と認識するより早く、シャロンは目の前に立っていたガートルードの体に腕をまわし、背に顔を押し付けた。

 ぎゅっと力まかせに抱きつく。


「おっと」


 ガートルードの心地よい声が、触れ合った場所から直に響く。

 はっと我に帰ってシャロンは飛び退るように離れた。


「申し訳ありません……!」


 金の髪に淡く細かく水滴をまとわりつかせたガートルードが、肩越しに振り返って口の端を吊り上げる。


「構わないよ。シャロンは昔から雷が苦手だね。ここには誰もいない。思う存分、私にしがみついていていいんだ。おいで」


 体ごと振り返り、ガートルードが両腕を広げる。

 雷鳴の不意打ちに驚きすぎていまだ目を潤ませながら、シャロンはガートルードの花の(かんばせ)を見つめた。


(雷は、雷だけは本当にだめで……。まさか姫様、私が衆人の前で醜態をさらさないようにここに連れ出してくれたんですか……?)


 あのまま参加者たちと城内に避難をしても、ひとたび雷が鳴ったら最後、二度と護衛として立ち回れないほど臆病な姿を見せてしまったおそれがある。ガートルードは、あの段階でそれを予知してわざわざ別行動をとったのかと。


「し、しがみつくわけには……」


 言ったそばから、ぴかっと閃光が弾けた。


(雷って、どうしてこう予告めいた行動で確実に怯えさせようとするかな!? いやでも、さっきの感じからして結構遠……)


 自分に言い聞かせて落ち着こうとしているのに、努力をあざ笑うかの如く、バリリと空気に異音が走り、衝撃が空気を駆け抜けた。

 間髪おかず先程よりもずっと近い場所に雷が落ちて、空気も大地もこれ以上ないほど鳴動する。

 理性が吹き飛び、シャロンは叫び声すら上げられぬままガートルードの腕に飛び込んだ。待ち構えていたかのように、強く抱きしめられる。


(固い……、前から思っていたけど、ガートルード様のお体はスレンダーで優美だけど、私以上にお胸が無くて……)


 他人事ながら妙に不安で落ち着きのない気分になる。いっそのこと「自分には不要なので」とシャロンのささやかな胸の膨らみですら分けて上げたいと思うほどに、完全無欠のガートルードにしては不足を感じる部分と言えるのだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい。ガートルード様をお守りしなければいけないのに」

「気にしないで。君の震えが収まるまでこうしていよう。ちょうど、雨で体も冷えている。私には君のぬくもりが心地よい」


 シャロンの体にまわされた腕に、力が込められる。あまりにも強く、シャロンは気が遠のきかけて、ガートルードを見上げた。


「このままではお体によくありません。早く戻らないと」


 言ったそばから、ガートルードの向こう側に白い光が見えて、ひっとシャロンは息を呑んだ。引っ込みかけた涙が再びじわりと滲み、その顔を見られまいと俯こうとしたところで、顎に手をあてられる。


「シャロン。怯えちゃって、かわいいね」

「いいえ、姫様。叱ってくださっていいんですよ。こんな頼りない護衛」

「まさか。ああ、でもそうだね、叱っておこう。シャロン、ご令嬢に無体を働いてはいけないと遠慮したのだろうが、掴まれた手を振りほどけないのはいけない。痕になってない? 袖をまくって私によく見せてくれる?」

「大丈夫です。申し訳ありません」

「謝ってばかり。そんなに弱気では悪い相手につけこまれるよ。たとえば私」


 ご冗談を、と言おうとしたシャロンの唇に、ガートルードが人差し指の先で触れて軽く押した。


(ガートルード様にこんなことをされるなんて、取り巻きのご令嬢方だったら失神してしまうかも。接し慣れている私でさえ戸惑うのだから)


 本格的にからかわれているなぁ、と思っている合間に、辺りが白々とした光に覆われる。また雷がくる、とシャロンは目を瞑りガートルードの首筋に顔を伏せた。


 稲妻。

 ざあああああ、と勢いを増す雨音。


 昼間とは思えないほど薄暗く、水と緑と薔薇の匂いに閉ざされた小さなガゼボに二人きり。離れなければと思うのに、シャロンにとっても包み込んでくれるガートルードの体温は冷えた体に心地よく、離れがたい。どうかすると、このままずっと時間が止まってしまえばいいのにと思ってしまう。そんなことは、ありえないのに。


「ガートルード様、お探ししておりましたのよ。これは大変なところを見てしまいましたわ」


 雨音の中やけにくっきりと、メリッサの声が響き渡った。


 * * *


 雷が。

 雷で。

 雷だけは。


(そんな言い訳、護衛としてはありえないな)


 メリッサの言わんとしていることが何かはわかったが、シャロンの心中はまずもって穏やかだった。

 もし自分が男性であれば、ガートルードの縁談に影を落とすほどのスキャンダルになりかねないが、女性なのだ。貞操を脅かすことなどあり得ないのだと、すぐに明らかにすることができる。

 シャロンは落ち着き払った動作でガートルードから体を離して、ガゼボに至る小径へと目を向けた。

 雷に怯えて我を失っていたせいで索敵の感覚も鈍っていたが、そこにはメリッサを先頭に複数の男女が立っていた。

 大方、ガートルードの姿が見えないと騒ぎになり「行方を見た」とメリッサが言って引き連れてきたのだろう。警備担当の衛兵の他にも、貴族の令息令嬢が濡れるのも構わずに興味津々の様子でガゼボをうかがっている。

 シャロンは、この上なくきっぱりと言い切った。


「大変か大変ではないかというと、まったく大変ではないです。メリッサ嬢、誤解なさりませんよう」

「あら。誤解の余地などないほど、これは逢引以外の何ものでもないのではなくて。怪しいとは思っていましたけれど、やはりお二人はそういう仲だったのですね」

「結論ありきで話すのはおやめください。メリッサ嬢は私が何者か、正確なところをご存知ない。私がガートルード様に懸想したり、その身を汚すなど、天地がひっくり返ってもありえないことです」


 やや小降りになりかけた雨が、さあああ、とささやかな音を響かせ、人々を取り巻く静寂を際立たせる。


「天地が、ひっくり返っても?」


 メリッサは、扇を開いて口元を覆った。目が泳ぎ、シャロンの背後に立つガートルードをちらりと見たものの、すぐに逸らしてしまっている。

 訂正する箇所はひとつもなかったので、ガートルードは力強く頷いた。


「たしかにガートルード様は日頃、下心むきだしの男性を不用意に近づけません。そうかといって、信奉者のご令嬢のどなたかお一人と深い仲になることもない。いったいその心はどこにあるかと皆さまが気になるのは致し方ないことです。疑いの目が、近しい位置にいる私に向けられるのも、理解はできます。しかし、ありえません。私は絶対に安全だからこそ、ガートルード様のお側に置いて頂いているんです」

「と、とても自信満々でいらっしゃるけれど、果たしてそれは本当なのかしら? ちょっと振り返ってガートルード様のお顔をご覧になってみて?」


 目配せとともに顎をしゃくるようにして、メリッサがシャロンの背後を示す。

 シャロンはその合図の意味がわからぬまま「必要ありませんよ」と誠実そのものの顔つきで受け合った。


「言葉を重ねるよりも、見せるものを見せてしまった方が早いかもしれませんね。これは想定内の事態で、私も覚悟の上。服を、脱ぎます」

「脱ぐ?」


 目を白黒させたメリッサに問われて、シャロンはおっとりと微笑んで頷く。


(お嬢様、男の裸だと思って怯えてらっしゃるに違いない。大丈夫です、見慣れた女性の体です。後ろの男性たちに見られるのは嫌だけど、私が男性と思われたままでガートルード様のスキャンダルになるくらいなら)


 シャロンはするりとジャケットを脱ぎ、その下に着ていたベストの釦に手をかける。背後から、手首をがっちりと掴まれた。


「待て」

「ガートルード様。これが一番効果的なんです」

「許さない」


 従者が肌を見せるだなんてとんでもない、と抵抗を覚えているのはよくわかるが、シャロンとしてもここは譲れない。

 振り返り、顔を強張らせたガートルードを見上げて、シャロンは今一度言った。


「聞き分けてください」

「絶対に嫌だ。シャロンを脱がせるくらいなら、私が脱ぐ」

「なぜ?」


 シンプルに聞き返したシャロンの手首から手を離し、ガートルードは居並ぶ面々に鋭い眼光を向ける。


「目をそらすなよ」

「ガートルード様? いったい何を?」


 得も言われぬ悪寒に背を震わせ、シャロンは一歩踏み込んだ。その視線の先で、ガートルードは袖口に隠していたナイフをするりと取り出す。片手で襟を掴み、もう一方の手でナイフを構え、止める隙も与えずに前身頃を引き裂いた。

 コルセットらしきものは身につけておらず、肌着まですべて。

 薄暗い中、青白く光を放つかのような玉の肌。滑らかな胸板。がっしりとして逞しさすら感じさせる肩から鎖骨のライン……。


 サァァァァァ……


 雨音。

 誰も何も言わない凍りついたような時間の末に。


「見た通り、私は男だ。シャロンの貞操を奪うことはあっても、奪われることはない。もちろんシャロンが望むなら、喜んですべてを与えようと思う」


 ガートルードの強いまなざしが、シャロンだけに向けられる。息を止めて見守っていたシャロンは、息を止め続けていたが、我に返って脱ぎ捨てたばかりのジャケットを拾い上げる。ガートルードのむきだしの肩から上半身を包み込んだ。


「見せてはいけません!」

「天地をひっくり返せとシャロンが過大な要求をするからだ。これでどうだ、ひっくり返ったか?」

「ひっくり……」


 絶句したシャロンの視界で閃く白光。続く稲妻を予期したガートルードが、有無を言わさずにシャロンをその腕に抱き寄せて、閉じ込める。

 そして、声もなく立ち尽くす者たちににこりと微笑みかけて「雨がやんだら戻る。先に城に戻っていなさい」と涼し気な声で命じた。

 ほとんど霧のようになった雨が、あるか無きかの音で辺りを包み込んでいた。


 * * *


 評判の美姫、ガートルードが隠し続けていた事実はまたたく間に広がり、社交界どころか縁組を検討していた近隣諸国をもゆるがす事態になる。

 王家曰く「出生のときに、男として育てると早い段階で命を落とすと、占いで示された。タイミングをみて公表する予定だった」とのこと。

 すっかり男性の姿となったガートルードは、以前にも増して人々を惹きつける存在となったものの、「すでに心に決めた相手がいるので」とあらゆる誘いを突っぱねて、どこへ行くにも側仕えの黒髪の騎士と一緒に、楽しく王子生活を満喫している様子であった。




★ここまで読んでいただきどうもありがとうございました!!

 ブクマ・★・イイネをいただけると、

 大変励みになります(๑•̀ㅂ•́)و✧


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i619594
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ