神樹神䛡大繋 造物主眠りし世界
神樹神話体系4作目。3作目から連続性が若干あるため、そちらから読むことを推奨いたします。
この世界はもうすぐ滅ぶ。
テラにとって、それは決定事項であり、すでに決められた結末であった。
ならば、一つでも意味を、残された結末を。
輝きを失った翼を広げ、欠けた天輪は、不規則な点滅を繰り返しながら、彼女の残すべきものを、残すべく脈々と紡がれる系統樹へとその意識を、知識の転写を行っていく。
滅びゆく文明の軌跡を、新たな知性として残すべく、その後悔を、罪を。
最後に作られたこの意思を紡ぐために。
伝えるために。
広く広がった系統樹の根が、この星たる純粋なる力の本流を身に受けて高く長く空へと伸びていく。
新たなる名は何となるか、最後の仕事を終えて、新たな目覚めの時まで彼女は眠りにつく。
造物主―テラ―。
星の意思にして、嘗ての住まう者たちに作られた最後の「機械仕掛けの神」
願わくば、新たな生命の誕生まで、彼女に少しばかりの休息を―――。
― 造物主眠りし世界 ―
神樹とは、造物主と接続する世界の柱。
三本の系統樹の名を差す。
大鏡の上る地にある大樹を「日木」、嘗ては沢山の名を持っていたが、すでに失われ唯一観測者の一族によって呼ばれていた名「扶桑」だけが彼の大樹に残された名である。
銀鏡の眠る地に立つ一柱の名は「若木」、またその地に住まうものから名を「世界樹」と呼ばれた大樹。
最後の一柱を「建木」と呼び、またの名を「天梯」。
中津の大島に残された切り株のみが、その大樹の痕跡でり、最も古い神樹はかつての時代に世界を繋いでいた名残の跡である。
「天梯」は嘗ての時代から残された大樹であり、精神のみの存在として崩壊を生き延びた「観測者」達から最も古き大樹とされた天への階梯である。
「観測者」「外なる者」「古き者」―――。
「機械仕掛けの神」の定めた滅びを免れたモノは意外にも多い。
かつての世界において『概念世界域』を超越した生物は少なくなく、滅びの世界を虚しく見つめていた超越体の多くは、世界の崩壊とともに『複合交差空間域』へと旅立っていた。
嘗ての滅びを残された「天梯」は『複合交差空間域』へと続く最後の道であり、彼らは近く「天梯」がその役目を終えることを察していたのだろう。
新たな世界を見つめることを決めた「観測者」や眠りについた「古き者」などを残し、超越者の多くは「天梯」の崩壊とともにその姿を消した。
嘗ての文明の名残である大樹の根は崩壊とともにその根で世界を覆い、テラの意思を受けてその根の一本が天に向けて伸び始めた。大鏡の眠る地にて、その大鏡を空に向けて大樹が伸びていく様は、新たな世界の幕開けのようにも見えた。
また、対となるように、銀鏡もまた新たな根から伸びる柱と共に天へと上る。
対たる鏡が光を放ち、世界に光が満ちた。
何時しか、二本の神樹の麓に生きる者たちが集うようになった。
新たな生命。
新たな世界の覇者たちが、競い合うように大樹の階梯を登り始める。
あるモノは知識を求めて、あるモノは己の欲のままに、あるモノは世界の安寧を願いながら。
眠りについた古き者達も、嘗ての己らの競い合いを思い出しながら、観測者と共にその姿を眺めていた。
天の階梯を登りしものが新たな世界を造る、それは廻る世界の理であり、絶対の真理である―――。
はずだった―――。
世界樹の若木、生命の木となずけられた新たな系統樹。
その実を、天の階梯に上ったものへと与えられる褒美をかすめ取る愚か者が生れ落ちる迄は。
その盗人、人という種族はひどく狡猾だった。
いや、その種の管理者が、実を盗まれたことに気が付くまで時を要したこと、その間に、人の種が自らの種を増やす方法を学んでしまったこと、超越者の知を盗み出したその種が、繁殖し、己と似た種族を取り込み気が付けば世界中へと蔓延っていたこと、それに気が付いた時にはすべてが手遅れであった。
『観測者』たちがあきれるほどに、その種は、勤勉であり貪欲であり排他的であった。
さらには、管理者にとっての一時が、その種にとって数代も重ねるほどに時の概念に違いがあったことが、その種の増大に拍車をかけた。
何時しか、管理者の檻から逃れたその種族は世界を喰らい他者を喰らい、たった数日のうちに世界を食い荒すかのように広がっていった。
生命の木の実を喰らい、学んだその種族が、管理者に先んじる方法こそが、自らの命を削る法。
短命に命を貶め時を加速させる、管理者追いつけぬほど速く、世界を蚕食するために。
世代を重ねるために、己の血を増やすために、人の時を圧縮する。
一日を千年まで加速させる。
嘗て、観測のためにかけられた概念を逆手にとって、人は己の時を加速させた。
その煽りを喰らったのは、人では無く。
ましてや観測者でもなく、最も若き系統樹、生命の循環を刻む使命を帯びた「若木」であった。
一日ににして、数千、数万、数億もの魂の循環が起こり、まだ幼く循環路も未発達であった「若木」の幹を焼きつくすほどの魂の循環に「若木」は耐えきることが出来ず、自らその存在を世界から隠してしまう。
結果として、循環は本来受け持つべきではない最高位の「天梯」へと流れてしまい、「天梯」は老木だったこともありあっさりとその身を燃やしてしまった。
だれも止めることが出来ず、世界の階梯、知の輪冠、種の管理者は、たった一つの種の欲という願いによってその身を朽ちらせてしまったのだった。
「若木」は隠れ、銀鏡の眠る地にて、己の守る戦士だけを見守り続けた。
「階梯」は朽ち、中津の大地にて、その名残だけを残した。
そして、
「日木」は世界へと順応し、新たな階梯として世界を唯一繋ぎ続けた。
しかし、時の概念が狂った世界にて、「日木」の頑張りは、その命を急速に縮めてしまう。
大鏡の見守る地にて、「日木」も又その身を燃やす、その時まで、猶予は幾ばくも残されていなかった―――。
――――目を覚ましたテラが見るのは、己を食い尽くそうとする。
同じ形をした、人という名の欲の塊、テラが持たず、テラが育てた世界を喰らう新たな生命。
すでにテラが起きし時にはすべてが手遅れであり、テラが植え、へびと共に見守った芽は燃え堕ち、新たな木は隠れ、そして、次なる木には、我が物顔で「シン」を名乗る種族が居座っていた。
しかし、それらを見守り、導くことこそがテラの生まれた意味。
テラは、間違えたのだろうか―――。
探すべきだったのっだろう、嘗て、その芽を一心に見守った、友の姿を、古き階梯を燃やされ力を注ぎこんだ新しき芽を隠され、怒り狂う大樹のへびを。
戦争と呼ぶのも生ぬるく、あり方を競い、覇を唱えるそのモノは、人と呼ばれる種からは「よこしまなるシン」と呼ばれるその姿、八つの異形を振りかざす「罪」の姿。
聞く耳も無く、見通す目も無く、嗅ぎ分ける鼻も無い。
怒りのままに轟と啼くその異形に、友の姿を見ることなく、テラはその身を断ち割った。己の信ずる種の保全という使命を全うするために。
断ち切られた、その首は、呪いをまき散らしながら、世界を覆っていく。
どこかの遠くの島国で、同じのような異形が生まれ落ちたかもしれぬ、「へび」という名は世界を呪い、人の歴史において最も忌み嫌われるものとして刻まれ、その命は何個も何個も細かく砕かれまき散らされた。
人の欲を喰らい、罪を背負い、呪を吐き散らす。
―――『邪罪ノヘビ』
テラは、それに最後まで気が付くことなく、己が手をかけたモノすら気が付くとなく、新たな営みを見守り始める。それが彼女の使命。
「機械仕掛けの神」、の刻まれた使命――。
ふと思う、あのヘビは息災だろうかと、己以上に生命を慈しみ、大樹を見守り続けたあのヘビは――――、いずこに?
世界は流れ、神樹の循環に乗って、呪いは流れていく、いつかたどり着く、果ての土地迄、かのへびは流れていく―――。