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カレイのレバーソテー ~ 上 ~


 実のところ、領内改革を始めようと志したのは数日前であり、実際にことを起こすのはもう数か月後になると(わたくし)自身は思っていたのですが……この機会は幸いにして思っていたよりも早く訪れました。

 と言うよりも、気が向いたその日にこのナインテイル領の収支報告書に目を通しただけで、一発で分かってしまったというのが正しいのでしょう。

 何しろ収入と支出が合いません。

 ……そんな馬鹿なとお思いかもしれませんが、本当に上から二番目の桁レベルの差異があるのです。

 私はこれでも一応、生前は経理に携わっておりましたので多少の収支計算程度なら嗜んでおりますけれど……繰入金という扱いでもなく、と言うか金庫貯蓄と書かれた項目があるにも関わらず、収入と支出が合わないのです。

 収支報告書を深く読み解いていけば理由は非常に簡単で、単純にエンヴェーゼという名の、分家の当主……我がナインテイル家の家令が懐に入れておりました。

 本来ならばそこから金の流れを探っていくのが実際の操作なのでしょうけれども。実のところ、調べるまでもなかったのが実情で……何しろろくな収入源を持たない筈のかの分家筋は、主家である我がナインテイル家と同等以上に羽振りが良いのです。

 今までこの杜撰な経理で問題が発覚しなかったのは、私の父母がろくに計算もできず政治に興味もない典型的な悪徳領主だった所為であり、よくぞ今までこのナインテイル領が維持できたことそのものがこの世界七不思議の一つと言っても過言ではありませんけれども、所詮はグラフィックと声に全力を注いだだけの、雑な設定の乙女ゲームでしかありません。

 そしてたかが一令嬢でしかない私には、国王陛下から統治を任されている父を引きずり下ろすにはまだ地盤が足りないのは明白でありました。

 なので我が領に巣食う最大の寄生虫を駆逐……要するに家令であるエンヴェーゼを糾弾するため、深紅のドレス姿の私は不正の根拠資料を握りしめると、父母や騎士たちが待つ踊り場へと向かったのでした。





「以上のことから、エンヴェーゼ。

 貴方の横領は確実です。

 何か反論はありますか?」


 私の誕生日のために揃っていた父と母、そして父の部下であり騎士家の当主たち七人が揃う食堂で、主賓である私は高らかに家令の横領についての証拠を突き付けました。

 尤も父と母は貴族の割にあまり頭がよろしくなく……複雑な数式など分かる訳もなかったのですが、それでも十数年で領予算の半年分もの大金を懐へ納めたとなれば、流石に擁護は出来ないでしょう。

 というより、面倒な数式を明確な証拠として用いながらも、分かりやすく罪人へと押し立てた演説をしていたので、頭のあまりよろしくない父母にも家令のエンヴェーゼの悪辣さが分かったに違いありません。


「エンヴェーゼ、貴様っ!

 妙に羽振りが良いとは思っていたが、そこまでとはっ!」


「貴方というお方が、まさかこんな先代の信頼を失うような真似をっ!

 恥を知りなさいっ!」


 私の言葉を信じてくれたのか、お父様とお母様が横領を行った家令をそう責め立てます。

 尤も、その家令の一族が豊かなのを知りつつ何も知らなかったお父様がそう言うべきではありませんし。

 そして、彼を任命した先代にこそ任命責任はあると思うのですが、その辺りはいかがでしょうか、お母様。

 まぁ、私の前世の頃も大臣の任命責任を問いはしても、秘書のやったことへの任命責任で政治家が辞めたのは見た記憶がなかったのですから、そういうものなのでしょうけれども。


「ええい、たかが小娘と侮ったわっ!

 だが、所詮は小娘っ、詰めが甘いわっ!」


 父母の糾弾を受けたことで、もう言い逃れもできないと悟ったのでしょう。

 20年前ならば美青年だっただろう、今や初老の域に達し運動不足と贅沢の結果を全身にまとった、小太りの家令であるエンヴェーゼがそう叫びながら右手を上げると……近くにいた分家の当主三人とその側近が剣を抜いてこちらへと刃を向けてきたではありませんか。


「ビトレイヤ、トラチェ、トリゾン、お前らっ?」


「悪いが、ご当主。

 吝嗇で無能の貴方より家令殿の方が我らの献身に報いて下さるのでな」


「そうそう。

 やはり世の中金よ、ご当主様」


「これも世の習いというヤツだ、悪く思うな」


 お父様が声を荒げるものの、裏切った騎士家の当主たちの言い分はそんな当たり前のものでした。

 貴族も騎士もお金が全て……とは申しませんけれども、きっちりと報いてくれる上司に従いたいと思うのは人の子として当然の心理ではないでしょうか?

 やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじとは山本五十六の名言ではありますが、褒める・認めるという行動は実のところかなり有効な部下の忠誠掌握術の一つです。

 この反乱は、それを怠ったお父様の失態、なのでしょう。


「だからと言って貴様らのやっている謀反など認められる筈が……」


「当主、動かないで頂きたい。

 エンヴェーゼ様には随分と目をかけて頂いておりまして、ね」


「ソーデス、貴様っ?」


 そして、この期に及んでもお父様に従おうとした配下当主の一人が立ち上がろうとしたそのタイミングで、側近が彼の首筋へと剣を突き付けます。

 どうやらエンヴェーゼはかなりのやり手だったらしく、寝返りそうな当主には甘い汁を吸わせて味方につけ、寝返りそうにない忠義の者は配下に鼻薬を嗅がせ、いざという時の保険としていたようです。

 尤も……


「はい、それまでですわ」


 こうなるとことを予想していた私に驚きはありませんでした。

 眼前に突き付けられた長剣をちょいと摘まむ(・・・)と、指に少しばかり力を込めてくいっと捻ります。


「……は?」


 さほど力を込めてないそんな一つの動作だけで、眼前の騎士が頼りにしていた長剣は、パキッとへし折れてしまいました。

 当たり前ながら、眼前の光景が理解できないらしき目の前に立つ中年の騎士……トリゾンと呼ばれていたそのナイスミドルの男性は呆けた後で私を眺めることしかできていないようでした。

 なので、私はゆっくりと彼の顔へと手を伸ばし、その頬を抓って差し上げたのです。


「ふ、ふごぉぉぁっ?」


 勿論、鉄で出来た剣をへし折れり甲冑の胸甲をむしる私の握力で頬を抓ったのですから、幾ら鍛え上げた殿方の身体であっても耐えられる筈もありません。

 私の指先は柔らかいパンを千切るように、頬肉へと食い込み、皮膚を千切り皮下脂肪を押し潰し、そのまま皮を毟り取りました。

 トリゾンという名の裏切り者の騎士家の当主はあまりの激痛に顔を抑えながらのたうち回っておりますが、それも仕方のないことでしょう。


「き、きさまぁああっ!」


 その一幕を見て私をただの嫋やかな貴族令嬢ではないと見抜いたのでしょう。

 足元で涙と鼻水と涎を垂れ流して泣き叫んでいる騎士トリゾンの側近らしき男が、武器一つ持たないか弱い13歳の少女である私に向けて、何の躊躇いもなく剣を振り下ろしてきたのです。

 何と非道な殿方でしょう。

 三十半ばのその男性は私の肩口へと思いっきり剣を叩きつけ……る、その前に振るわれた私の平手が剣を手にしていた両腕へと真横からぶつかります。

 剣の長さは凡そ60cm、それを肩口へと10cmくらい食い込ませるつもりで踏み込んできていたからこそ、その握手を狙った私の平手の方が届いた……しかも鍛えているとは言え重い鉄の塊を振るう男性と、何も持たない私の平手では私の方が早かった、という当たり前の結果でしかありません。

 尤も、私の鍛え上げた魔力と腕力による平手によって、その男性の両手は八指全てが変な方向へとへし折れてしまっているようでしたが。


「か弱い少女に剣を振るうなんて、酷いお方ですわ、ね」


 私は剣を取り落とし化け物を見るような目でこちらを眺めている殿方にそう小さく呟くと……右手で彼の鼻を摘まみ、そのまま右へ90度ばかり捻りました。

 ぐしゃ、という何かが潰れる感触と共に、西洋男性っぽい高かった鼻が赤紫色へと変色し、原形を留めなくなってしまっております。


「ぴぎぃっ?

 ばながっ、ばだじのばながっ?」


 か弱き少女に剣を振り下ろすような暴虐な殿方が屠殺される豚のような悲鳴を上げており、もう戦う力はないでしょう。

 私はすぐに蹲った男性から視線を外すと、右手の方へと視線を向けます。


「たとえ魔女だろうと、殺してしまえばっ!」


「ええ、その通りですわ」


 次にかかってきたのは裏切り者の騎士の一人で、確かビトレイヤという名の顔立ちの整った中年の殿方でしたが、彼も容赦なく私の細首へと横薙ぎに剣を振るって下さいました。

 とは言え、来ると分かっている斬撃など魔力によって強化された私の動体視力で避けられない筈もなく……ただ踊るように背後へと一歩下がるだけでその湾剣はただ空を切っただけに終わってしまいました。

 直後にダンスの足運びで前へと踏み込んだ私は右手を伸ばし、剣を持った殿方のお顔に爪を立てて引っかきました。


「ぁあああああ、顔が、俺の顔がぁああああああっ?」


 通常の令嬢でしたら皮膚に引っかき傷をつけることくらいしか叶わなかったのでしょうけれども、甲冑を毟る私の握力でそれを行ったのですから、この御方も災難と言わざるを得ないでしょう。

 何しろ小娘の指と同じサイズの鋼鉄の熊手を皮膚へと突き立てた挙句、油圧機械を用いてようやく実現する馬力をもってその熊手を薙ぎ払ったに等しいのです。

 少し昔では見目麗しく話題に上がったであろう眼前の騎士の御方は、顔面の皮膚の半分ほどを剥ぎ取られ、血まみれで床に蹲って呻く以外の動作を起こさなくなってしまいました。


「ば、馬鹿、な……」


 最後に残された騎士の一人であるトラチェがそう呆然と呟きますが……この初老の殿方からしてみればそれ以外の感想を抱けないのは無理もないことでしょう。

 彼としても報酬が高い方へと、勝算が高い方……過半数の騎士を抱き込み、財政も潤っている家令のエンヴェーゼに付いたのも、ある意味では当然だったのです。

 ですが、だからと言って貴族の令嬢として裏切ろうとした者を捨て置く訳にはいきません。


「はい、これはお仕置きです」


「みぎゃぁああああああああああっ?

 目が、目が、目がぁあああああああっ?」


 ですので私は剣を構えたまま呆然としている老人の懐へと何気なく踏み込むと、反応一つ出来なかった彼の瞼をつかみ、そのまま引き千切りました。

 取り合えず裏切り未遂なので命を奪うまではやり過ぎと思い……ですが、これから私はお家改革を行おうとする身です。

 一度私に逆らった者をこうして「伊達にして」返せば、その罪状と惨状を周囲に知らしめる良い広告塔になるでしょうし、その無惨な顔を見れば周りの者も逆らう気を起こすことはないでしょう。


「ば、化け物っ、化け物、めっ!

 貴様のような化け物をっ!」


「言い訳は御仕舞ですか、家令様。

 ですがそろそろ、報いを受ける時間で御座いますわ」


 己の野望が完全に潰えたことを悟ったらしく、少し前まで我が家の家令であったエンヴェーゼが、その肥えた身体を揺らしながらそう叫びます。

 まぁ、時代劇で言うところの悪役の断末魔みたいなものですね。

 暫くは「不正など誰でもやっている」とか「税を正しく還元しただけだ」、「我が父には人望がない」など、まぁ、悪役在り来りの言葉を叫び続けておりましたが、どうせ大したことは言ってないでしょうから、右から左へと聞き流しておりました。

 そうしている間にも、家令エンヴェーゼの背後では側近に裏切られ刃を突き付けられていた騎士が、その側近……ソーデスって名前でしたか、その方を叩き切って血溜まりに沈めています。


「言いたいことは終わりましたか?

 では、来世までごきげんよう」


 いい加減叫び疲れたエンヴェーゼが気勢を切らしたのを見計らい、私はそう呟くと……近くに転がっていた長剣を持つと、彼へと刃を滑らしたのでした


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