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君のオレンジなんか救けなきゃ良かった  作者: 綾沢 深乃
「第2章 救けてしまった責任と義務」
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「第2章 救けてしまった責任と義務」(4-2)

(4-2)


「彩乃ちゃんが同じ学校の子を連れて来てくれるなんて初めてだね。もしかして彼氏?」


「違いますよ。ただのクラスメイトです」


 即座に否定する彩乃に香夏子は口を丸くする。


「へえー。そうなんだ。あ、ゴメンね。ずっと話しちゃって。注文が決まったら呼んで」


「いえ、ブレンドコーヒーをお願いします」


 ずっと澄人を意識していなかった香夏子が、お冷やを置く。


「かしこまりました。ではごゆっくり」


 注文を聞いた香夏子はそのままカウンターへと向かって行った。先程まで彼女と軽快に話していた彩乃は学校で見ている時のように静かになり視線を赤い窓枠の外へと向けていた。


「さっきのウェイトレスさん。香夏子さんだっけ? 仲良いんだ? 初めて見たよ、あんな風に和倉さんが笑って話すの」


 教室では決して見る事ない彩乃の一面に素直な感想を伝えると彼女は視線を外に向けたまま、口だけを開く。


「悪い?」


「別に、悪い訳じゃないけど……」


 ついさっきまで香夏子と話していた時のような顔は一切見せず、冷たい話し方。澄人がよく知る彩乃だった。別に普段の教室で見せる彼女と何も変わらない。この喫茶店が特別なのだ。


 そう割り切って、澄人は本題に入る。


「それで? 俺をココに呼んだ理由は? 言っとくけど昨日の事は誰にも言っていないし、言うつもりはないから安心して」


 澄人の言葉に彩乃は正面を向いた。教室でも会話する事なく、今さっきも窓の外を見ていた彼女の正面からの顔。思わず昨日の放課後を思い出してしまう。


 澄人がそう考えていると彩乃は首を横に振った。


「違う、そんな事どうでもいい。そんな事の為にわざわざココまで呼ばないから」


「じゃあ、何だよ」


 予想外に冷たい反応に少しだけ腹が立つ。


「……責任を、取ってほしい」


 警戒心を何重にもバリアにして膜を張っていた彩乃が絞り出すような声で、澄人を真っ直ぐに見つめてそう言った。


「責任って何?」


「私は昨日、完璧に自殺をするはずだった。それなのに三嶋君に止められてしまった。だから止めた責任を取ってもらう。貴方にはその義務がある」


「義務?」


 最後の彩乃の言葉が引っかかり、澄人は疑問を投げる。目の前で死のうとしていたクラスメイトを救けて感謝をされてもいいのに責任や義務など、まるで反対事を言われているからだ。彼女は投げられた疑問にゆっくりと頷いた。


「今まで一度だってちゃんと話した事ないのに。どうして止めたのか知らないけど、止めたのなら……」


 始めの勇気が無くなってしまったのか、彩乃の声は少しずつ弱くなっていき、最終的に消えてしまった。


 二人の間に沈黙が流れる。向こうは答えを待っているのが丸わかりでこちらを真っ直ぐに見つめる視線は、一切妥協を許さないとても真剣な表情だった。


 彩乃の目元から少し視線を上げれば、オレンジの栞が挟まっている。


 今日一日、学校でもココで話している最中もずっと挟まって存在を主張している栞。オレンジ色が悔しいくらいにこの喫茶店に似合っている。もし誰もが彼女の栞が見えたなら、そう思ったに違いない。


 彩乃の心境を世界で分かるのが自分だけの現実に澄人は息苦しくなる。どうして助けたのか知らないと言われたら、確かに彼女の言う通りなのだ。


「お待たせしました。ブレンドコーヒーです」


 沈黙が漂う両者の間に入ったのは、香夏子。彼女は深い木のテーブルにブレンドコーヒーを置いた。続いてブルーベリーのタルト二皿を置く。


「これはお姉さんからのサービス」


「すいません、ありがとうございます」


「いいのいいの。どうせ今日は余るし、食べてもらった方が助かるから。それに大変な話をしてるなら糖分は必要でしょ」


 そう言って香夏子は視線を彩乃へ移す。


「香夏子さん、もしかして私達の話、聞こえてた?」


 おそるおそる彩乃が尋ねる。すると香夏子はゆっくりと首を左右に振った。


「安心して。全然聞こえてないから。でも、カウンターから二人の空気感は伝わってきた。そのせいでコーヒーを持っていくタイミングが掴めなかっただけ」


「そう」


「こら、そんな露骨に安心しないの。まぁ、どんな悩みか知らないけど、一人で抱え込まないでね。彼に相談してもいい。何なら私でもいいけど」


 香夏子が自身の胸に手を当てて自信たっぷりにそう話すと、彩乃は小さく笑った。


「分かった。そんな時が本当に来たら、その時には香夏子さんに相談する」


「うん。楽しみにしてる」


 彩乃にそう言われたのが嬉しかったのか、澄人にも伝わってくるぐらい香夏子から喜びのオーラが出ていた。持ってきた時とは違う軽い足取りで帰る彼女を澄人はぼんやりと見つめる。


「本当に、香夏子さんに相談するのか?」


「しないけど?」


 こちらの問いかけに彩乃はさも当たり前のように返して首を傾げる。数秒前に見せた微笑ましいやり取りを疑問に思ってしまう程の変わりよう。


 澄人は小さく咳払いをした。そんな彼の心境など知らず、彼女はサービスされたタルトに嬉しそうにフォークを刺す。


「それでどうするの? やるの? やらないの?」


 逸れていた話が軌道修正される。ココまで来たら流石に断れない。頭の片隅で伯母からの思い出が警告音を鳴らす中、澄人は「分かった、やるよ」と頷いた。


「それで俺は具体的に何をすれば義務と責任を果たした事になるんだ?」


「未練を作って」


 どんな凄い事を要求されるのかと内心緊張していたのだが、未練を作るというのは完全に想定外だった。


「未練を作るって?」


「そんな難しい話じゃない。要は私が死ぬ事が惜しくなるような未練を作ってくれればいい。そしたら私は気になって自殺が出来なくなるはず。


 未練を作るか。しかも他人が自殺を思い留まるようなレベルのものを。


 そんな事、果たして自分に出来るのか。やるとは言ったものの、これは相当難しい。澄人が今まで生きてきた中で間違いなく一番の難問に頭を悩ませる。


 するとブルーベリーのタルトを食べ終わった彩乃がカプチーノを口に含んでから小さく息を漏らした。その吐息からコーヒーの香りがした。

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