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君のオレンジなんか救けなきゃ良かった  作者: 綾沢 深乃
「第8章 もう大丈夫」

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「第8章 もう大丈夫」(2-1)

(2-1)


 いつものカウンター席に彩乃が座っている。制服からオフィスカジュアルに変わった彼女は、化粧や髪型がある時から急に大人っぽくなった。ただ笑顔はあの頃のまま、何も変わっていない。


 文庫本を読んでいる彩乃はこちらに気付いていない。澄人は平静を装って、彼女に近付く。


「お待たせ」


「ううん、大丈夫」


 隣に座った澄人に声を掛けられて、彩乃はパタンと文庫本を閉じた。彼女は昔からよく本を読んでいたが、社会人になってからは、その量が増えたと思う。そう思えるくらい、待ち合わせの際にはいつも本を読んでいる。


 本人曰く、iPhoneを触っている時より本を読んでいる時の方が楽らしい。


「香夏子さん、俺にもブレンドコーヒー」


「はい、かしこまりました」


 お冷やを持ってきた香夏子にブレンドコーヒーを注文する。


「仕事はどう?」


 足元のバスケットに入った紺のトートバックに文庫本をしまった彩乃が、澄人に尋ねる。二人が会ってまず話すのは、仕事の近況。これも学生時代から変わった事だ。


「この間までは繁忙期だったから、結構キツかった。今はひと段落した感じ。まだ任せて貰える案件は少ないけど、先輩が作ってくれた物凄い丁寧なマニュアルに助けられてる」


「あー、分かる。やっぱり先輩が直に作ってくれたマニュアルって助かるよね。会社に元から置かれてるやつなんて、誰が作ったんだって代物ばかりだもん。最初に私が配属された部署なんてさ、マニュアル自体がなかったんだから」


「あぁ、前も言ってたね。マニュアルがないって」


 彩乃が小さな会社の事務として働き始めてからすぐに言っていた。マニュアルがなく、まるで職人のように前のやり方を参考にすれば良いと言われて、いざその通りにやれば、間違っていると怒られる。


 そのせいで巧程ではないにしても彩乃も大変そうだった。


「そうそう。あの頃は、毎週半泣きで来て、ココで働くって言ってたもんね」


 澄人のブレンドコーヒーを持ってきた香夏子がそう話す。彼女は二人が個々で来ていた時もよく話し相手になっていた。その事から互いの状況には詳しい。


「香夏子さんだって、その度においでおいでって言ってくれたじゃんか」


「だって〜、涙目でうつむいてる彩乃ちゃんを放っておけないじゃない。でも頑張ってくれてるみたいだから、私は嬉しい」


「確か最終的に自分達でマニュアルを作ったんだっけ?」


「そっ。同期で仕事終わりに集まって、皆でマニュアルを作ったの。それが功を奏したのかな。今の部署に異動してからも私達の代で作ったマニュアルを使ってるって話聞くから。ちょっと自慢なんだ」


「凄い凄い」


 澄人は小さく拍手をして彩乃を褒める。香夏子も同じく手を叩いて称えた。やがて他の客に呼ばれて彼女が離れていく。


「どもども。あ、そうだ澄人。カウンターじゃなくてソファ席に行かない?」


「ソファ席?」


 彩乃と会ってからココに来る時の殆どはカウンター。ソファ席で会う時は、あまり良くない時が多い。それこそ栞の事だったり、正弘の事だったりと。その事を思い出して澄人が固まっていると、目の前の彼女は小さく笑った。


「違う違う。悪い事じゃないから」


「それなら……まぁ、」


 渋々と澄人が了承すると彩乃は「よし、決まり」と言って、自分が頼んでいたマグカップとお冷やが入ったグラスを持って、カウンターから離れる。せっせとソファ席に飲み物を置いて、すぐに戻り足元のバスケットに入れたトートバックを取り出す。慣れた手付きで動く彼女に倣って澄人も動いた。


「あれ? 席移動する?」


 二人が移動していると、それに気付いた香夏子が話し掛けてきた。


「ああ、うん。ソファ席に行こうと思って。ダメだった?」


「ううん、大丈夫。お客さん座ってないし。彩乃ちゃんが行きたいって言ったの?」


「良く分かるね」


 いなかったのにサラッと当てる香夏子に感心していると、彼女は小さくため息を吐く。


「分かります。それだけ二人と付き合いが長いから」


「恐れ入ります。今後ともよろしくお願いします」


「はい、こちらこそ」


 丁寧にお辞儀をし合って、澄人は自身の荷物を持ってソファ席へと向かう。彼女と違い一度に全てを持って行けた。ソファ席に座ると正面の彩乃がiPhoneを弄っていた。彼が座った事に気付いて片付ける。


「メール? 大丈夫?」


「大丈夫大丈夫。すぐに返信するのじゃないから。それより香夏子さんに席に離れるの言い忘れちゃった。言ってこないと」


「それはもう、俺が言った」


 澄人の言葉に中腰になっていた彩乃は、腰をストンと下ろす。


「ありがと」


「どういたしまして。それで? 何か話がある感じ?」


 澄人あらためて尋ねると、彩乃は左右に首を振る。


「だから違うって。疑り深いなぁ、単純に懐かしいと思って座っただけ」


「そっか。それなら良かった」


「そーそー」


 澄人の納得を受け流して彩乃は、赤い窓枠から外に顔を向ける。その横顔を澄人は前にも見ている。それはとても脳に強くインプットされていたようで、今がまだお互いに高校生で、目の前の彩乃にこれから未練作りをしてほしいと頼まれる。

 

 歳を重ねて容姿に多少の変化があっても彼女の目や息遣いは当時と変わらない。

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