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君のオレンジなんか救けなきゃ良かった  作者: 綾沢 深乃
「第7章 君のオレンジなんか救けなきゃ良かった」

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「第7章 君のオレンジなんか救けなきゃ良かった」(3)

(3)


 彩乃の軽口を返そうとして、澄人は口が止まる。その視線は彼女の頭上、即ちオレンジの栞に向いていた。


 間違いない、微かだけど。


 澄人が急に止まったので、彩乃が不思議そうに首を傾げた。


「どしたの?」


「彩乃のオレンジが、薄くなってる……」


 澄人の指摘に彩乃は目を見開く。ベンチのすぐ横にある鏡へと顔を向けた。信じられないといった表情で鏡を数秒見つめた。


 鏡越しに澄人は彩乃の様子を窺う。彼女はそっと瞳から涙を零した。その涙はとても美しく、これまで抱えた痛みとか辛さが全て内包されているようだった。


 スカートのポケットからハンカチを取り出した彩乃は、自身の涙を拭い、振り返る。


「どうして? 自分だとどうやっても白にならなかったのに……」


「俺にも分からない。どうして急に変わったんだろう?」


 彩乃と栞と自分の栞。まさかオレンジから白に変えるには、それぞれ条件が違うのか。澄人は変化した栞に考えを巡らせる。


 一時間前までは確かにオレンジだった。この一時間で何かがあった。思い当たる大きな出来事は一つ。


 栞を白にする方法について、手掛かりになればと思い付いた事を彩乃に話そうすると、それよりも早く彼女が声を出す。


「そうか。栞をオレンジから白に治す方法って……」


 どうやら彩乃は、栞について何か気付いたようだった。


 きっと、澄人がまだ気付いていない条件だ。


「何か気付いたの?」


「んー、そっかそっか。なるほどね、うん。分かった」


 澄人の質問に返す事なく、彩乃は納得して頷くと小さく笑った。


「ねぇ、何に気付いたの?」


「さぁー、何でしょうね」


 教える気がないのが分かる彩乃の答え方。この感じの彼女には何を聞いても教えてくれない。それはつまり、教えなくても問題がないと判断したから。


 ならば今、無理に迫る必要はない。


 それを察した澄人は諦めをため息に変換して口から吐く。


 冬の夜空に白い吐息は相性が良いようで、綺麗に溶けていった。


 そうしている内にホームにあるスピーカーから、電車の到着を知らせるアナウンスが鳴り響く。


 二人は自然と立ち上がり、適当に目の前の停車位置に並ぶ。一口しか飲んでいないコーラはまだ、かなり残っている。彩乃も同じ。


「飲み切ろうと思ったけど、ダメだったね。電車の中で飲むしかないか」


「車内は暖かいし、ホームよりは飲みやすいと思う」


 澄人がそう言うと、彩乃は「まあね」と同意する。


 トンネルの向こうからオレンジのライトを照らして、地下鉄がやって来た。それはいつもと変わらずホームに停まるとドアが開いて二人を歓迎する。


 彩乃はすぐに隅のシートに座り、マフラーを取った。


「ふぅ、暖かい」


 横に座った澄人も同様にマフラーを取る。


「ホームが寒かった分、余計に暖かく感じるな」


「これならコーラを買ったのも無駄じゃなかったね」


「それは、まぁ……」


 澄人が渋々認めると彩乃は胸を張り、自信満々な顔を見せる。


「そうでしょそうでしょ」


 彩乃は満足気に言うと、コーラに口を付けて美味しそうに喉を鳴らした。


 澄人も倣って飲む。ホームで飲んだ時とは違い、今度は程よい冷たさが心地良かった。


「やっぱりホームじゃなくてココで飲んだ方が美味しい」


「やっぱり?」


 彩乃が言った一言が気になり、口にする。すると彼女は「おっと」とわざとらしく口元を手で隠した。


「今さ……、本音を言ったろ?」


「違う違う。ココじゃなくて澄人と飲むから美味しいって事」


「はいはい。それはどうもありがとう」


 彩乃の言葉に礼を言って、澄人はコーラを飲んだ。


 冷たさをまだ維持していたコーラは、暖かな車内で飲むと丁度良くて、口の中でパチパチと弾けた炭酸が心地良い。


 この先の人生で自分はコーラを飲む度にこの感情を思い出す事になるのだろう。だって、それ程までにこのコーラはとても美味しいのだ。


 そう考えながら、澄人はコーラをまた口に付けた。




 それから、十年が過ぎた。













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