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君のオレンジなんか救けなきゃ良かった  作者: 綾沢 深乃
「第5章 未練作りの一環として」

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36/55

「第5章 未練作りの一環として」(8)

(8)


 グリーンドアでの時間はあっという間に過ぎていき、気付けばもう二十時を過ぎていた。そろそろ帰るにはいい時間だ。


 店内の時計を見て、澄人がそう考えていると彩乃も気付いたらしく「そろそろ行こっか。東京の行きたい所も見当付けたし」と彼に言った。


「そうだね。大分、ココにいちゃった」


 既にかなりの時間をグリーンドアで過ごしている。注文はちゃんとしているが、これ以上はお店に悪い。澄人が同意すると、彩乃は「うん」と頷いてテーブルを拭いていた香夏子を呼んだ。


「香夏子さん。お会計をお願いします」


「はーい」


 彩乃はテーブルに置かれた伝票を持ち、通学カバンを肩に掛けてレジへと向かう。その後ろを澄人は付いて行き、彼女がお会計を払った。


 澄人も自分の分を払おうと財布を取り出すと、彼女に「良いから良いから」と笑顔で制止された。結局、二人分の料金を彩乃が払う。


「ありがとうございました。2人共、またいつでも来てねー」


 香夏子にそう言われてから、カウベルを鳴らしてグリーンドアを出る。すぐに冬の風が二人の顔に直撃した。


「うー、さっむ」


 すかさず彩乃がクリーム色のマフラーに顔を埋めた。


「さっきまでのお店の暖房がもう恋しい」


「確かにね。どうする? 戻っちゃおうか」


 彩乃が提案してくる。澄人が振り返るとグリーンドアの明かりは点いていて、まるでこちらの戻りを待っているようだ。思わず足を進めたくなる。


 澄人が喉を鳴らすと、彩乃がニヤリと笑う。


「おっ、迷った。どうする? 本当に戻る?」


「大丈夫。少し歩いたら寒さにも慣れる」


 指摘されて恥ずかしくなり強がりで返した。勿論、そんな事は彩乃には見抜かれていて、彼女は含み笑いを絶やさなかった。


「さて、この後はどうする?」


 冬の夕焼けの下、彩乃は自然に笑う。澄人はそれがとても嬉しい。


「えっと、本屋とか文房具屋とか見てもいい?」


「うん。いいよ。澄人君が行きたい所に行こう」


 彩乃がサラッと名前で呼ぶ。それを彼は見逃さない。


「澄人君?」


 澄人が指摘すると、彩乃が照れくさそうに頬をかく。


「結構、恥ずかしいね。普段、呼ばない男子の名前を呼ぶのって」


「そうだと思う。あまりオススメしないかな」


 彩乃の声で呼ばれた名前は不思議な感じがして、自分の名前だと認識出来ないような気さえした。もし、彼女がこのまま呼び続けるのなら大丈夫になっていくのだとは思う。だけど、勿体ない気がした。


 その為、澄人はやんわりと否定の言葉を口にしたのだ。


「うん……。そうする。やっぱり三嶋君って感じがするから」


「はいはい」


 互いに軽口を言ってから、二人は本屋と文房具屋があるアーケード街へと向かう。グリーンドアを通って来た時も人は多かったが、今も変わらない。チラホラと同じ高校の制服も見かける。


 澄人は最低限の警戒心を持って、同じ高校の制服を見つけたら、知っている顔ではないかと一瞥していた。


 一グループ、二グループと遭遇したが、知り合いはおらず、三グループ目もすれ違ったが、やはり知り合いはいない。そうなってくると自然と警戒心も緩んでいく。


 佐川や前野と歩いている時と同じ感覚で澄人は彩乃と街を歩いた。今まで、彼女と歩く時は未練作りの為。という大義名分があり(勿論、今もそれはある)友人のように歩く事はなかった。


 こうして彩乃と歩いている事が良いか、悪いか。今の澄人には分からない。ただ、一つハッキリしている事は、こうして歩くのは楽しいという事。


 もっと早くこういった形で彩乃と出会えていたら——。


 そんな事を心のどこかで想ってしまった。


 行きたい所を回り終えて、二人は駅構内まで戻って来た。自分と同じ制服を着ている学生の数は次第に減り、残っているのは僅か。彼らの行先は駅前にある予備校のようだ。


「すっかり遅くなっちゃったね。三嶋君、今日は遅くなって大丈夫だった?」


「大丈夫だと、思う」


 澄人がそう言うと、彩乃は首を傾げて更に詰めてくる。


「本当に大丈夫?」


「今のところは。親から連絡来てないし」


 携帯電話を何度か確認しているが連絡は来ていない。


「夕食を食べて帰る事は言ってないから、後で怒れるかも知れない」


「もし三嶋君の両親が凄い怒ってたら、今日の事、全部言っていいからね。何なら私に直接電話してくれてもいいから」


「うん、ありがとう。和倉さんのほうこそ、大丈夫?」


 澄人が尋ねると、彩乃は「あー」と声を漏らす。


「夕食の事は昭彦さんに言ったから大丈夫。正弘さんの事は……、多分本人が言わないと思うから」


「正弘さんの説明が必要な時には、いつでも連絡してくれていいから」


「うん、ありがと」


 澄人の申し入れに彩乃は笑顔で頷く。彼女の頭に挟まっている栞は、もう白と言っても問題はなくて、周囲と変わらなかった。


 僅かな沈黙が二人の間を通る。


「じゃあ、また明日学校で」


「うん。また明日。今日は、本当に色々とありがとう」


 もう何度も聞いている彩乃の礼を笑顔で返す。彼女は改札を通り、地下鉄のホームへと降りて行った。


 一人になった澄人は、夢から覚めたような感覚を覚えた後、自身の乗る路線に向かって歩いた。




 翌日、彩乃は学校を休んだ。

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