「第2章 救けてしまった責任と義務」(1)
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翌朝、澄人は寝不足のせいで重たくなった頭を抱えつつ、最寄り駅のホームで電車の到着を待っていた。ホームにはサラリーマンや学生がコートを羽織って並んでおり、皆下を向いて冬の朝から身を守って、携帯電話を触っていた。そして、彼らの頭には白い栞が挟まっている。
普段なら澄人も彼らと同様の行動を取るところなのだが、今朝はそんな気分にはなれず、両手を学校指定のダッフルコートのポケットに入れたままだった。
マフラーに口元を埋めていたが、電車が到着するアナウンスが響き、自然と顔を上げる。すると反対側のホームに一人のサラリーマンが目に映った。歳は三十台半ば頃、少し白髪が混ざったボサボサの頭にズレた眼鏡。朝だからではないその疲れた表情は、まだ始まっていない今日一日の過酷さを物語っている。
彼の頭には、白ではなくオレンジの栞が挟まっていた。
昨日見た彩乃の栞とは違って、とても濃いオレンジ色をしている。けれど周囲は彼の栞には目もくれず、本人も特に気にしている様子はない。この駅のホームで唯一栞が見えている澄人は、朝から嫌な物を見てしまったと目を細める。
電車が到着するとサラリーマンの姿は、乗客の波に流されて見えなくなった。
到着した電車に乗った澄人はドアに肩を預ける。頭は更に重く感じた。原因は当然、さっき見たサラリーマン。
澄人は知っている。
あのサラリーマンが近日中に自ら命を断つ事を。
自分しか知らないその事実を薄いため息に変換して、代わり映えしない窓の外の景色を見続けていた。