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君のオレンジなんか救けなきゃ良かった  作者: 綾沢 深乃
「第4章 何気なくを人工的にやる人」

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18/55

「第4章 何気なくを人工的にやる人」(5)

(5)


 三人でラーメンを食べて、二人と駅で別れる。別れ際に二人は頑張れと応援してくれた。その言葉もあって澄人は自分一人の視野が狭くなっている事を自覚する。彼は二人と別れてから本屋へと向かった。


 家でパソコンを使い、ネットで調べる事しか今までしなかった。それで見つからないのなら、違うアプローチから調べてみようと思い立ったのだ。


 これも二人のおかげである。


 夕方の繁華街は人が多く、信号前の交差点は大勢の人で賑わっていた。ちらほらと自分と同じ高校の制服も目にする。


 繁華街の人の流れに沿って歩き、アーケードに入る。その中にある大型書店に澄人は入った。店内は暖かく寒気から逃れてきた彼を迎え入れてくれた。


「ふぅー」


 暖かさから自然と口から息が漏れる。その吐いた息から先程食べたラーメンの香りがした。その事に気付いて、反射的に口元を抑える。普段は小説や漫画のコーナーに行っているが、今日は違う。


 澄人は入口にある案内板を見て、旅行誌があるコーナーへと向かった。


 並んでいる旅行誌には表紙に場所の名前が書かれている。あまりにも遠い場所は難しいが近場の県ならば、問題ないだろう。澄人は早速、一冊を手に取った。


 旅行誌なだけがあって、分かりやすく書かれている。


 おすすめ観光スポットや料理、ホテルなどが連絡先も付きで紹介されている。まとめられている分、見方によってはインターネットよりも調べやすい。何冊かを手に取って、パラパラと見比べる。過去に行った県だとしても、まだ行った事がない観光名所やスポットが載っていて興味深い。


 所持金の事情はあるが、一冊ぐらいなら買える。ココである程度見繕ってから、家でじっくりと読む事にしよう。それに旅行誌ならば、新しいものにこだわらなければ、図書館にもあるはずだ。借りるのもいいかも知れない。


 澄人が一冊を手に取ってそう考えていると、背中からトントンと誰かに叩かれる衝撃が伝わった。両肩をビクッとさせて振り返る。


「あっはは。驚きすぎでしょー」


 そこにいたのは、見知らぬ女性。澄人よりも歳は上で学生ではない。だが、彼女のような友人はいない。一体、誰だ? もしかして自分を誰かと間違えている? そう思っていると、思いが伝播したらしい。


「あ、忘れてるでしょう? 私は君の事をちゃんと覚えてるよ」


「えっと、ごめんなさい。どこで……」


 正面から見て声を聞いても澄人は、女性の正体が分からない。その様子に女性は観念したように息を吐いた。


「まぁ、覚えてないのも無理ないか。あの時の君はどうしよう? って顔してたから。彩乃ちゃんはいつも通りだったけど」


「彩乃? 和倉さん?」


 出るとは思わなかった彩乃の名前に反応する。同時に目の前にいる女性の正体までかなり絞られる。頭の検索は更に深くまで進み、一つの結果が出た。


「もしかして和倉さんと一緒に行った喫茶店の……」


「正解! 良かったぁ〜、思い出してくれて」


 正解した事で澄人の記憶がより鮮明になっていく。目の前にいる彼女は以前、彩乃と訪れた喫茶店にいた店員だ。学校では静かだった彩乃があの喫茶店ではとても自然体で話していた事を思い出す。


 彼女が心を開いているのを見たのは、あそこ以外他にない。


「今日は一人? 彩乃ちゃんは?」


「あ、一人です。ちょっと探し物があって本屋に」


「そうなんだ。私はね、今休憩時間なんだ。それで欲しい本買いに来たの」


 旅行誌のコーナーにいる事について何か聞かれるかと思ったけど、彼女は何も聞いてこない。


 彼女は「そうだ」と両手をパンッと叩く。


「ねえ、彩乃ちゃんの友達くん。この後、少し時間ある? 良かったらお店に来ない?」


「え?」


 突然の誘いに驚く澄人。すると、彼女はそれに反応して理由を話し始める。


「いや実は、前から君には興味があったんだ。彩乃ちゃんがウチの店に誰かを連れて来たなんて初めてだったから」


「初めてなんですか……?」


 思わぬ情報に澄人は聞き返す。彼女はあっけらかんとして頷いた。


「うん。だから彩乃ちゃんの友人くんには興味があるんだ。教えてよ、学校での彩乃ちゃんの事。あの子に聞いても何も教えてくれないんだもん」


「それは……、」


 本人が話したがらない事を第三者が軽々しく教えてもいいものか。澄人に若干迷いが生じる。それが通じたのか、彼女は人差し指を顎に当てて勿体ぶる。


「もし教えてくれたら、代わりに彩乃ちゃんの事、教えてあげようかなぁ〜」


「うっ」


 魅力的な交換条件に思わず声が漏れる。それを彼女は見逃さなかった。


「はい、決定。お店においで。大丈夫、綾乃ちゃんには秘密にしてあげる」


 ますます断れないエサをチラつかせてくる。この人にはきっと敵わない。


「分かりました。行かせてください。ええと……」


「あっ、そうか。まだ自己紹介もしてなかったね。私、山科香夏子って言います」


「三嶋、澄人です」


「澄人くんかー。カッコいい名前だね」


「ありがとうございます」


 香夏子は手に持った文庫本を澄人に見せる。


「先にレジで会計してくるよ。澄人くんは大丈夫?」


 澄人が何も持っていない事に首を傾げる香夏子。それに対して彼は首を左右に振る。


「大丈夫です。大体、知りたい事は分かったので」


「そっか。なら良かった。じゃあちょっと待ってて」


 香夏子はそう言って、文庫本を持ってレジへと向かう。フォーク並びの列に素早く並び、会計を済ませた。緑色のビニール袋を手に持って、「お待たせ」と、こちらに戻ってくる。


「それじゃ行こっか」


「はい」


 二人は暖かい店内から冬空の下へと出た。

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