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君のオレンジなんか救けなきゃ良かった  作者: 綾沢 深乃
「第4章 何気なくを人工的にやる人」

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「第4章 何気なくを人工的にやる人」(4-2)

(4-2)


 結局、入ったのは三人で何回も入った事のあるラーメン屋だった。知ってるラーメンの匂いが澄人の鼻をくすぐる。流石にその時は胃が反応して未練作りを忘れた。三人は店内を見回して空いているテーブル席に座る。


 立て掛けられたメニューを手に取り、陽気な顔でページを捲る佐川。隣にいる前野は横からメニューを覗き込む。そして対面に一人座る澄人は相変わらず携帯電話を触っていた。


 澄人の頭上から声が聞こえてくる。


「俺は今日、味噌チャーシューにしようっと。前野は?」


「俺はいつものでいいや。塩ラーメン」


「了解。それで……」


 頭上から聞こえる声が聞こえなくなった。その事にも澄人は気付かない。彼が頭を上げたのは、二人の声が聞こえなくなってから、数秒してからだった。


 真顔でこちらに視線を向ける二人に澄人は気まずくなり、初めて携帯電話をポケットにしまう。


「あっ、二人はもう決まった……?」


「とっくに決まってる。あとはお前だけ」


 冷静な声色で前野が攻めてくる。


「マジか、ゴメンゴメン。えっと何にしようかな」


 慌てて立て掛けられていたメニューを手に取る。二人が怒っているのは、火を見るよりも明らかで澄人は非常にいたたまれなくなる。


「えっと、前野は何にした?」


「さあ? 注文する時に分かるだろ。被りとかは気にしなくて良いから」


 ラーメン屋で食べる料理が被るなんて澄人は全く考えていない。そしてその事を前野本人も分かっている。分かった上で聞いているのだ。


「じゃあ、俺は醤油ラーメンの卵乗せ。あ、佐川も決まってる?」


 前野と同様にずっと黙っている佐川に話を向ける。普段、よく話す彼が黙ってると、とても怖い。彼は少しの沈黙の後、右手を澄人に出した。


「澄人、携帯貸して。この後、俺らと別れるまで携帯禁止」


「それはちょっと……」


 この空気で携帯電話を触る気は澄人にはない。それとは別に常に持ち歩いている携帯電話が離れる事に不自由さを感じる。その為、反射的に断ってしまう。


 言ってしまった事に後悔している間も佐川は手を引っ込めない。


「いいから。貸せ、別に中を見ようとは思ってないから」


「分かった」


 佐川に圧される形で澄人は携帯電話を手渡す。


 佐川は受け取った携帯電話を当たり前のようにブレザーのポケットにしまった。そして、テーブルに両肘を付けて、手のひらを交差させる。


「俺ちょっと怒ってるから」


「ゴメン」


「きっと澄人の事だから、必死で色々やってるのは分かる。だけどさ、友達と放課後にラーメン食べるって言うのにさっきからの態度はおかしくない? そんなに携帯電話に夢中なら、最初から来なきゃ良かったじゃん」


「それは……」


 肯定すると、それがイコール帰りたい事に直結する。それが分かっているから、澄人は上手く口が動かなかった。


「まぁ、待て。佐川、取り敢えず先に注文」


「ん? ああ確かに」


 前野に言われて、優先順位を再定義した佐川は手を上げて店員を呼ぶ。お冷やを三つ持ってきた女性店員に佐川が三人のラーメンを注文する。店員が置いたお冷やを佐川が手に取り、口を付けた。


「えっと……、どこまで話したっけ?」


「俺達とラーメンを食べずに帰ればいいって話をしているところまで」


 佐川の質問に淡々と答える前野。


「そこだ。えっとさ、俺達だって馬鹿じゃないんだよ。さっきの交差点とかで澄人が逃げれるチャンスは何回か作ってやった訳だ」


「えっ?」


 つい、数分前の光景が頭に浮かぶ。あの時、澄人は二人の足元しか見ておらず、顔までは見ていなかった。そう、見ていない。あの時の二人の表情を。


 結局、自分しか見えていなかった。二人の気遣いも何も見えていなかった。


「ゴメン……」


「分かってくれたのならいいよ。俺も前野も本気で怒ってるわけじゃないから。それに和倉さん絡みなんだろ?」


「ああ。そう」


「それだけ澄人が真剣だってのは伝わったから。苦戦してるようだし。俺達で手伝える事がするよ。なあ?」


 そう言って佐川が隣の前野に同意を求めると彼はコクンと頷いて同意する。


 自分は一人ではない。それがとても嬉しかった。


「ありがとう。本当にどうしようもない時は助けてもらうかも知れない」


「おう。じゃあまあ、今はラーメンを食べる事に集中するか」


 佐川が笑ってポケットにしまった澄人の携帯電話を取り、返してきた。それを受け取った澄人は、ポケットにしまう。


 それからラーメンを食べ終えるまで、久しぶりに澄人は、彩乃の未練作りを忘れて、つい数ヶ月前に戻ったかのようにラーメンを食べたのだった。

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