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君のオレンジなんか救けなきゃ良かった  作者: 綾沢 深乃
「第3章 お試しプラン」

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「第3章 お試しプラン」(3)

(3)


 飛行機はやはり新幹線よりも圧倒的に速く、二人は羽田空港へと到着した。行きの空港とは遥かにスケールが違いそこに立っているだけで、ちょっとした非日常を澄人は感じていた。はやる気持ちを抑えて事前に調べたモノレールへ乗り目的地へと向かう。


 何度かの乗り換えを経て地上に出た時、目の前にあったのは巨大なタワーだった。思わず見上げてしまう澄人と彩乃。どれだけ見上げても全貌が把握出来ない巨大さに圧倒される。


 二人して見上げていたが、やがて見上げたままの彩乃が口を開く。


「それで? どこから行くの?」


「えーと。あっ、あっちから展望台への入口があるみたい」


 観光客向けに書かれている大きな案内板を指差す澄人。彼の指の方向を見た彩乃は「行きましょう」とスタスタと進んで行った。


「ああ」


 澄人が用意したお試しの未練作りは日本一のタワーからの景色だった。


 それまで調べた『死ぬまでにやりたい事』はやはり海外旅行を挙げる人が多かった。未知の景色を実際にこの目で見たいからという理由だったが、し死ぬまでにやりたい事に外国に行くというのが多かった。


 流石にお試しの時点で外国にはいけないが(彩乃は行けると言いそうだ)それなら国内で一番大きいタワーからの景色を見れればいいと選択したのである。


 展望タワーの下はショッピングエリアになっている。土曜日だからなのか、大勢の人がいる中を抜けて地下鉄のように長いエスカレーターに乗り、チケットカウンターがある階へ上がった。


「えー。面倒」


 エスカレーターを降りた途端、目に映る光景に彩乃は口をへの字にして文句を垂れる。チケットカウンターまでは大勢の人が蛇のようにして並んでいた。列の進み具合からしても到達するまでに最低二十分はかかりそうだ。


「わざわざ飛行機にまで乗ったんだから、ココは並ぶしかない」


「分かってるから」


 下手に刺激したら帰りそうな彩乃の様子を見ながら、澄人は列の最後尾へと向かう。並ぶとすぐに人が後ろに並び始めた。


 家族連れやカップルが主に並んでいる客層だった。中には五人程の学生の集団が並んでいた。前後と違い特別会話をする事なく、二人は流れに合わせて足を動かす。


澄人が携帯電話を弄りながら足を進ませて列を動かしていると、前方にチケットカウンターが見えてきた。ようやくココまで来た事に安堵する。


 フォーク並びの前方に来た二人は、空いたチケットカウンターに呼ばれて、そこへ足を向ける。


「高校生二枚」


 それまで澄人と同じく携帯電話を弄っていた彩乃が自身の財布を出しながら、そう言った。天望デッキと更に上がる天望回廊の両方のチケット代を彩乃が支払い、一セットを澄人に無言で手渡す。


「ありがとう」


「はいはい」


 澄人の礼をまるで気に留めず、肩掛けカバンに財布をしまう彩乃。彼女にとっては、今回に費用は全て自分が出すと最初から言っているので、彼の言葉など、大して深く考えていないのだろう。その証拠に彼はちゃんと飛行機の搭乗券を発行した際にも礼を言ったが、同様の態度で返されている。


 買ったチケットを持ち、二人は天望デッキへと繋がるエレベーターへ乗る。他の観光客や家族連れと並び彼らの話し声が薄暗いエレベーター内に響く。


 定員になりエレベーターのドアが閉まった。普段乗るエレベーターとは違い一気に上がる為、気圧のせいで耳が鳴る。乗った時は真っ暗だったエレベーターからの景色が一気に明るくなっていく。地下鉄から上がって来た時と似ているが違うのは、上から見ていると言う事だった。


 エレベーター内にあるモニター案内を聞いている内に天望デッキへと到着した。開くドアに押し出されるように二人はフロアへ降りる。


 正面に見えたのは吸い込まれるような青空だった。雲一つなく透き通ったどこまでも続く青空。エレベーターから上がってきた多くの人々が窓の向こうに見える景色に感動していた。案内板に書かれている富士山や遊園地、遠くに見える海に夢中になっている。特に子供は窓ガラスに両手を貼り付けて目をキラキラとさせていた。


 二人も一番近くの窓から見える景色を眺める事にした。普段、地上を歩いている時は気付かない広大な視界に澄人は圧倒される。ひとしきりそれを体感してから、隣にいる彩乃を一瞥した。彼女はあまり視線を動かす事なく、遠くをじっと見つめていた。澄人は視線を彼女に向けず感想を漏らす。


「やっぱり日本一高いタワーだと景色が凄いな」


 澄人の感想にも彩乃は反応を見せない。二人の距離からして聞こえない訳ないが、それでも念の為、今度は彼女の顔を向いて話しかける。


「それで? 感想は?」


「別に……、想像していた通り」


 彩乃の反応はとても淡白だった。予想外の彼女の反応にココまで連れてきてしまった事に焦り始める澄人。


「いやっ、でも実際に見ると凄い景色じゃないか。ほらっ、街があんなに小さく見えるし。人だって米粒みたいに小さい」


「この街に住んでる訳じゃないから、小さい建物を見てもそこまで何も思わない。人だって別に知り合いじゃないんだし。それにこんな高い所来たんだから、小さく見えるのは当たり前じゃない」


 彩乃の酷く冷めた心境は彼の心をどんどん焦らせていく。それが顔に出ていたのか、彼女はふっと笑った。


「ごめん、ちょっと意地悪言った。確かに縁もゆかりもない場所だし知らない人だけど、こうして遥か上から見てると、現実感が無くなって不思議な気持ちになるね。この気持ちを味わえただけでも今日は収穫があった」


 彩乃は澄人の方に体を向けて頭を下げる。


「今日はありがとう」


「しゅ、収穫があったのなら、何より」


 彩乃の素直な感想を初めて聞いた澄人は、口どもりながらもそう返す。


「うん。じゃあこのまま回ろうか。チケットも買ったしラウンジだけじゃなくて天望回廊も行こう?」


「ああ、ここよりもっと高い景色が見えるから」


 二人はそのまま天望デッキを回る事にした。最初はどうなるかと思ったが実際に来てみると、彩乃は満足してくれたみたいで売店にも興味を持っていた。ご当地のキーホルダーを手に取るその姿は、教室で静かにしている彼女でも、ましてや放課後に屋上から飛び降りようとする彼女とも違っていた。


 地元を離れて東京に行くのは澄人にとって大冒険。ましてや、一緒に行くのが友人でもないクラスメイトであれば尚更だ。


 その不安が全て彩乃の笑顔で解消された。同時に体から力が抜けて自然と肩が軽くなる。


 張っていた気が抜けた事で澄人は天望回廊に上がるエレベーター内で小さく息を吐く。


 それは隣にいる彩乃には聞こえていないようだった。

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