5話:逆転
黒岩桐乃本人がいない中で六田が言い訳のように作った理由で応援団の練習を辞めさせようとしたが、すぐに山本は反撃した。
「私たちは、どのようになってるのか心配になってお見舞いに行きました。そして、大山から来た動画で黒岩桐乃はそれに感動して元気になってくれました。それが何がダメなのですか?彼女自身の心はもう、強くなってます。だからこれ以上桐乃さんの心と精神を壊さないでください!」
山本は涙ながらに六田へ頭を下げた。
高部と鶴居はその様子に驚いたのか、目を見開いて山本の行動に何も言わなかった。
「お前たちがしてるのは、後輩の大切な時間を意味の分からない演舞という害悪なものの為に費やして、さらに怪我までさせた。どう責任を取るつもりだ?ここに黒岩桐乃の母親もいる。今ここで認めるなら、今回のことは無かったことにしてやる。ただ認めないならお前たち3人と守山を退学処分にする」
人の根が腐れ切った六田の考えに迷う3人だった。
松葉杖の音が廊下に響いて引き戸が開く。六田は誰なのか分からずに空気の読めない一言を投げつけた。
「誰だ?ここは今使用中だ。ノックもせず勝手に入ってくるな!」
六田はそう言いながら引き戸の方を見ると黒岩桐乃がそこに立っていた。
一同はその姿に驚いた。骨折を治すのに最低2ヶ月かけるはずなのにわずか2週間でこの場に戻ってきたのだ。山本、鶴海、高部は泣きながら喜んだ。
「お帰り、桐乃さん!信じてたよ。君が復活することを心から願ってた。でもなぜここがわかったの?」
鶴海の疑問に同感したが、黒岩本人が話をしてくれた。
「ここへ着いたのは先ほどです。そして、泣き声と共に六田先生の声が聞こえたのでもしや?と思い来ました。まさかとは思いませんでしたが私の担任がこんな事をしてたなんて…」
担任の発表はそれぞれのクラスで判明するが、黒岩がいるクラスの担任が誰なのか判明しておらずだった。何故なら黒岩桐乃は病院で入院していたので、その事実は彼女と同じクラスメートから教えられる。
黒岩は同席していた母親とともに自身の考えと許しを得ようと決断を込めて誓った。
「お母さん、そして六田先生。今の私は骨折して動ける状態ではありません。ですが、このギブスもあと4週間で取れます。私の心と精神を鍛える場を作ってくれた、4人の先輩に感謝しています。もういじめられたくありません。だから、もうこれ以上私の居場所を奪わないで!特に六田先生にはがっかりしました。教育委員会の方にこの事はボイスレコーダーで廊下から取りましたので提出します」
準備のいい後輩だ、そう思ったのは間違いないだろう。山本が感心したのは黒岩自身の心が急激に成長して逞しくなった事だ。そして、着用してたズボンは怪我をしたあの時にあげた物を使っていた。
六田の作り話ということで失敗した職員側は女子応援団の団員から避けるようにして帰ることが多くなった。ボイスレコーダーは教育委員会へ提出した事によって六田のクビが決まった。
山本たちの練習も日に日に過酷さを増して、脹脛の違和感や筋肉痛も毎日当たり前のように続いた。黒岩が復帰する2週間前に黒岩を除く団員たちによる、練習の進行具合を見るべく一度通す事にした。守山、山本、鶴海、高部はメガホンを取って檄を飛ばす。
「そこ遅れてるよ!やる気あるのか?」
「何もたついてるの?あなたの代わりは沢山いるから!そんなしょうもない所で失敗するな!本番で失敗して演舞を台無しにするなら帰れ!」
守山と山本は後輩に罵声の雨を降らせた。高部と鶴居はじっと見てることしかできなかった。
団員は泣きながら痛くても我慢しながら練習に明け暮れる。擦り剥く足から出るその血は、運動場の至る所にその跡が残るほどで痛みと辛さを物語っている。
その2週間後、黒岩の復帰で練習速度もかなり上がり男子応援団と同じ最終段階にまで進むほどの速さだ。そして、団員が楽しみにしていたものが練習後に行われた。
「今日は、本番当日に着る服のサイズ合わせをしていきます。全員分あるとはいえどんな感じか気になるだろうからこのあと女子更衣室へ戻って実際に着て写真撮ろうか!」
守山の考えに団員は喜んで賛成した。
山本、守山、高部、鶴海はこれが最後の演舞のため感慨深い何かを感じてるのではないかと思われた。男子と違うのは袴であることで、裸足ではなく足袋を使用する。その男子は完全なるヤンキーな感じの特攻服で花道を飾る。
山本は最後だと分かっていても事実を受け止めきれなかった。
「やっぱりこの袴が1番かな!なんかこれで最後なのかなと思うときついことがなくなる分、何か悲しいな」
山本はともかく守山、鶴海、高部も同じ気持ちで特に団長の守山は試着した時点で涙した。
やがて、本番に使う袴のサイズ確認が終わった後、制服に着替えてそれぞれ帰路に着く。山本は1人また、いつものように練習を鏡の前で行った。
自分を叱りながら上手くできるまでしているので、なぜ自分だけ…という思いが込み上がることもよくある。黒岩桐乃がくれた一筋の光に全てを賭けようと山本は涙を流しながら考えた。
翌日、職員室を見ると演舞を中止にしようとした六田の机の上とその周りは何も無かった。