47話:トゥルードリーム(前編)
泣いても笑っても最後。体育祭の朝を迎える。
いつもなら体操服や軽装に着替えるのだが、朝から一味違うことをしていた。
「これが最後だから行く前にシャワー浴びようかな。彼に向けて最高の演舞を天国へ届けたいしさ」
身を清める意味を込めて体を洗った。
お守りのネックレスも身につけて最後の舞台となる運動ドームへと向かう。既に、守山たちが到着して演舞に使う袴などを受け取っていた。
「おはよう!最後の演舞頑張ろうね。袴も来たみたいだけど、今さっき来たの?」
「まゆっちおはよう!袴は全部三武が燃やしたらしくて、昨日その話を先輩にしたら送ってくれたの。終わったら違う形にはなるけど感謝しないとね」
2人が話しているうちにドームのドアが開く。
完全貸切で山本にとって最後の体育祭が始まる。開会式の宣誓には大山と守山が立つ。校長は、まさかの鮭谷だった。
「宣誓!私たちは最後まで全力を持って競い合い、悔いを残す事なく楽しむことを誓います」
「そしてこの体育祭が出来る幸せを噛み締めながら、最後まで怪我なく走り抜けることを誓います」
2人の誓いは嘘偽りのないものだ。その後は準備体操をして体をほぐし、最初の競技に挑む。
ネックレスを付けている山本は一旦置いて徒競走の準備をした。一緒に走る人は鶴海と守山だ。招集場所へ走り、走る順番に並ぶとその2人も駆け込み乗車の如く滑り込みで間に合った。
「危なかった。袴の準備や太鼓の準備とかしてて忘れかけてた」
「なみもそんなことあるんだね。鶴海さんも一緒にしてたの?」
「いや、私は単純に寝てた」
寝起き徒競走になる鶴海に対して2人は笑った。しかし、鶴海は山本の足を見て心配する。
「まゆっちは、昨日太もも内出血してたみたいだけど大丈夫なの?見た感じ湿布とかでどうにかカバーしてるみたいだけど…」
「私は大丈夫。演舞まで持ち堪えればあとは問題ないよ」
最初に参加する徒競走は男女別々に行うもので、距離は100メートルだ。余興感覚で大山の走る姿を見ながら準備をする。
「団長速いなぁ。撃たれたとは思えないくらいの元気にただ笑いだけしか出てこない」
「それな。流石すぎて草しか生えない」
「私の彼氏だから仕方ない」
一緒に走る3人はそれぞれ大山に対して吐露する。着々と進み、3人の順番がきた。この徒競走は7人1組で走るため、思った以上に大混戦となる。
入賞できるのは上位3人のみで、大山は1位を取って後続の結果を待っていた。
「位置について。よーい…」
スターターのピストル音で山本たち3人にとって最後の徒競走がスタートした。懸命に走る山本は、一生懸命走りながらも笑顔でグラウンドを周る。それは鶴海も守山も一緒だ。残り10メートルとなった時、鶴海と山本が先頭集団から一気に走り抜ける。
ゴールテープを割ったのは山本、鶴海で同着のように見えた。写真判定のアナウンスが入る。
「ただいまの結果について写真判定へ移ります。暫くお待ちください」
息を整える山本と鶴海、守山はお互い抱き合って喜び合う。
3位以内に守山は入賞できずだったのでそのまま団席へ戻る。写真判定の結果が出た。
「写真判定により1位は山本、2位は鶴海となります。3位以内に入った生徒は駆け足で団席に戻ってください」
山本は、喜びすぎてクラスメートと一緒に狂喜乱舞となる。
共に走った鶴海も山本とハイタッチをしたあと自分の席へ戻った。
「さてネックレスを付けて演舞の準備をしなきゃ…ふふっ、大丈夫だよ。私は今すごく楽しいよ」
誰かに話しかけるようにして独り言を呟いた後、袴の用意と部活動リレーの確認をするべく再び召集場へと向かう。
そこには意外なゲストが居座っていた。
「桐乃ちゃん!!」
「先輩。今回最後の演舞に参加できずごめんなさい…。火傷がひどく、両腕の皮膚が死んじゃいました」
黒岩の腕は包帯で巻かれており、動かすだけでも痛みが生じる。
安静にしていても傷口から膿が滲んでいたので、その時受けた傷の悲惨さを物語っていた。
「大丈夫だよ、代打で私の親友が入るよ。同じポジションってのも奇跡だったから安心して見てほしい」
「山本先輩…今日はすごくかっこいいです」
生き生きとした顔立ちに山本はニッコリ笑う。
部活動リレーに山本は卓球部として走った。勿論バトンもラケットであるとその場で知り、あたふたせざるを得なかった。午前の部が滞りなく終わると昼食の時間を迎える。この時に演舞を行う人たちは準備の為、それぞれの服に着替える。
「すごく怖いな…。今までの練習よりもこの緊張がとても怖い」
1人緊張と戦う山本は、ネックレスを胸に押さえながら深呼吸をする。そんな山本の肩を叩いて緊張をほぐそうとした、1人の女性が現れた。
「そんな緊張したら成功できる演舞も失敗するでしょうが」
「白石先輩!?」
OBとして白石蘭が姿を現したのだ。
他にも守山の姉、紗耶香と小山夏菜子までと豪華なゲストが本番前の円陣に参加する。
「君の彼氏が書いたと思われる紹介文は放送部に読ませるから心配しないでね。そのネックレスは…なるほど。守ってくれるよ。君の彼氏が全てを成功に導いてくれる、自分を信じて舞って来い!」
山本のつけているネックレスを見ながら白石と紗耶香は言う。袴と足袋のボタンを留めるたびに、涙を拭きながら守山七海含む女子応援団24人が集結する。
OBを含めれば27人と大賑わいだ。
「それじゃ七海、最後のミーティングを始めようか。守ってくれた人のために届けてやろう」
紗耶香の一言に、七海は軽い足取りで円陣の中心へ向かう。
「みんな!今日までよく頑張った。本当に偉いよ。時に存続の危機となり、時に離脱もありと大変だったけど面構えが本当に良いよ。栗原さんも今回は緊急であるとはいえ、流石レジェンドって感じだよ。最後までやってきた事を出し尽くして良い思い出にしよう。絶対成功するぞ!」
この一言に団員は"オー!"と右足を同じタイミングで踏み出した。
山本は始まる前につけているネックレスを押さえて心の中にて呟く。
(見ててね。涼太君)
最後の演舞が開演する。