41話:燃え尽きた勇者
練習を様子見してきた前宮だったが、山本には見せていない辛い表情になる。時に吐き気を催したり、ご飯を食べなかったりと症状は悪くなる一方だ。
(こりゃそろそろやばいかな…。せめてまゆっちの横にいてやらないと、あいつのことだから無理をして体を壊してしまう。バレないようにやり繰りしないといけないな)
女子の練習を見たり男子の練習を見たりとして、その勢いと演舞に対する思いを肌で感じながら様子を見る。
体育祭まで7日となった時、前宮の悪足掻きもここに尽きてしまった。問題が起きたのは女子男子演舞による最後の合わせに撮影をしようとした時、前宮は車椅子に座ってるのにも関わらずフラフラとしていた。
「それじゃビデオ回して!最初は男子応援団で始めて良いよ」
「おう!俺らの成長この目に焼き付けておけよ。本番になって泣くのは無しだぜ」
大山の一言と共に、三脚の倒れる音と車椅子ごと倒れた姿を大山は見た。
「おい!どうした。疲れて倒れたのか…?」
「涼太君どうしたの?返事して!涼太君!」
大山と山本が声をかけるものも、返事は来なかった。山本が手首を握るとすぐに気づく。
「やばい…心臓が止まってる…。前から痛がってたのよね…すぐに心肺蘇生を開始する。大山は救急車、なみは時間を測って、あとのみんなは個人練習を」
前宮は倒れて心肺停止の状態に陥った。山本は彼のワイシャツを破り、心臓マッサージを開始する。
守山はその横にAEDの準備をした。
「何で無理するのよ!バカ!戻ってきてよ…。まだ色々とやりたい事あるんだから、私に夢と希望与えてくれたのにここでお別れなんて嫌だ!死なないで!」
「まゆっち、電気ショックいつでも良いよ!一回離れて!」
守山は電気ショックを行うが脈は触れず、すぐにチャージと心臓マッサージが再開された。山本は汗と涙でぐちゃぐちゃだった。
救急車のサイレンが近づいたともに、山本はより一層力を込める。
「すいません、患者様の容態見ますね。心臓マッサージを行って頂きありがとうございます。ここからは救急隊がしますので安心して下さい」
遠のく救急車と意識朦朧としている山本は疲れて膝から崩れ落ちた。
「無理しすぎだって言っておきながらそんな涼太君も…無理しないでよ…。私のために全力で尽くさなくたって良いのに…」
「今は回復を待とう。多分夜日高度医療センターだと思うから片山さんに聞いてみよう」
崩れ泣く山本に寄り添う守山はただ介抱することしかできなかった。2時間後、一本の電話がくる。
「もしもし、山本さんですか?片山です。前宮君のことで話をするべきことがありますがお時間大丈夫ですか?」
「覚悟なら出来てます。お願いします」
「分かりました。容態なのですが、三尖弁閉鎖不全症と共に心筋症を起こしてしまったようです。どうにか持たせましたが体力を見る限り今夜が峠になるのかなと…」
山本のメンタルは壊れた。峠という言葉にもう前宮は助からないということを悟った。
守山を連れて病院へ向かうと人工心肺に繋がれた前宮がそこにいる。
「遅くなってごめんね…。私がもうちょっと早く気づけばよかった。もし戻れるのなら、何の問題もない1年目の時に戻りたい」
「まゆっち…」
山本の言葉に守山も言葉を失う。
前宮の眠るベッドの横にある机にはペアルックのネックレスと1枚の紙が置いてあった。紙には山本へ向けた内容が書かれていた手紙だった。
「なみ…少し2人きりになってもいい?」
「うん、良いよ」
守山はそのまま黙って部屋を退出する。
山本は手紙の内容を読んだ。読む度に涙が止まらなくなった。
"まゆっちへ"
この手紙を読んでるってことは、もう僕の命は終わる寸前か死しかない状態だと思う。胸の痛みを隠してごめんね。リハビリへ行く際に心臓血管外科へ診療してた。でも、手遅れでした。バレないようにと思ってまゆっちの横にいようとやり繰りしてた。君との出会いって何だろうか…。僕の家族が壊れて精神崩壊した時に助言をくれた時だろうか、もう思い出すにしても分かりませんね。色々ありすぎて疲れちゃった。特に六田や一嶋などをぶん殴った時とかもすごく気持ちよかった。守山さんとかもそうだし、守れたのが1番だよ。君からの告白やデートも楽しかった。僕にとっては忘れられない宝物だよ。本当は最後まで見届けたかったけど、僕は限界みたいだ。森田遼さんのいる天国へ行ってゆっくり休むよ。もちろん、まゆっちの演舞を天国から見届けるよ。最後まで守れなくてごめんね。もし、このネックレスを持っててくれるなら僕の形見だと思って持ってて欲しい。ずっと守り続けるよ。長くなったけど僕の分まで生きて欲しい。最後まで突っ走れ!
"前宮涼太より"
大粒の涙を流した山本。しかし、何かを感じたのか眠っている前宮の右手を握って誓った。
「涼太君。君の思い、伝わったよ。絶対成功させるから!支えてくれてありがとう。そして最後まで見れず、ごめんなさい。私、いや、私たちのために命をかけて守ってくれた応援団は絶対に絶つことなく続けるから。でも自分が情けない…気づいてあげられなくてごめんね」
シーツが濡れるほどの涙を流した時、右手の握り返しがあった。すぐに顔を上げると、目が半開きの前宮がいた。その涙を拭うかのように山本の目を触って声が出ない中、口で伝えた。
"あ・り・が・と・う"
その言葉を残して前宮は安らかな顔でそのまま天国へ旅立った。