11話:病み期
演舞開催が確定した事に喜んだ両応援団はいつものように早朝練習と放課後練習、休日返上の全体練習と熱を帯びていた。
大山の怪我も完治してその間指揮を取った三國に感謝した。
「俺が怪我して休んでた間すまないな…見た感じ良い練習をしていたみたいだな」
三國がドヤ顔を取ると、大山は調子に乗るなと言わんばかりに頭を叩く。
「何で叩くんですか!大山先輩が休んでた間に指揮を取ったからドヤ顔になるくらい良いじゃないですか!」
男子応援団は明るく、いつもよりも生き生きとしていた。しかし、女子応援団は戦場だ。練習ができなかった1週間が致命的だったらしく、1人1人の演舞の差が開いていた。守山たちは1人1人の動きを見ているわけではないので、怒ったり間違えたりする場面が当たり前になっている。
特に山本は、自分が失敗したらダメだという思いが強すぎてフラフラしていた。
演舞の練習は日が強い時間に行うので男子応援団は制服であるのに対し、女子は日焼け防止で長袖長ズボンという悪条件だ。
「そこまた間違えてるよ!暑いからという理由で失敗なんかしてんじゃねぇよ!」
守山はずっと暑い中ブチギレている。高部たちは動きに間違えた人を連れてすぐに補正した。鶴海も大声で怒る。
「そんなところで時間使いたくないよ!もうここで辞めて演舞中止を申し入れるか?」
まさに今ここで天国と地獄が両方実現してしまっていた。山本も黒岩を中心に、1人1人の動きを指揮しては学ばない団員に怒ったり自分の動きに合わせるよう指示したりとてんてこ舞い。
「いや、何でいつもそこで間違えるの。失敗したら全部水の泡だよ?痛いのは誰でもそうだよ!それくらい我慢しろ、弱音を吐くな!」
山本は、過去の情けない自分に向けて団員に暴言を吐きまくる。
ついに鉄拳制裁までしようとしたところを守山が止めにかかる。
「まゆっち!あんたバカなの?確かにうちらが経験してきた練習は、鬼のように地獄で足の皮や筋肉を痛めてでも泣きながら練習したけどまゆっちがしてることって先輩はそんな事してないよ?まゆっち1人が背負ってるわけじゃないからね!怒りたいのは分かるけど手を出したら流石に私も鶴海も高部も怒るよ」
共に練習してきた守山から始めてこの演舞内で山本は怒られた。山本は言い返すどころか、言いつけを守る事なく団員の足が擦れて血が出るまで練習と補正を行った。
練習後、山本は1人で心が病んでいた。それは、守山から怒られた事に対して何故あの時自分は後輩団員に向けて鉄拳制裁をしようとしたのか、自分でもそれはよく分からなかった。
「なみに怒られたけど何故かとても怖かった。1人で背負ってるわけじゃないって言っても私たちの演舞は一度きりだから絶対に失敗は許されないはず。私の考えおかしいのかな…」
ずっと悩んでいた。
家に帰宅してお風呂に入り、いつものように自主練習をした後前宮に連絡した。その内容は演舞のことだ。
「前宮君がもし男子応援団入っててさ、教える側だったらどうやって教えてるかな…?今日ね、団員の足から血が出るくらいに失敗が無くなるまで鉄拳制裁も含めて練習させたんだけどもなみから怒られちゃった…」
山本は前宮に相談した。前宮から返信が来たのはその5分後だ。
「病んでるんじゃないかな?山本さんの身も心も…。今まで演舞に対してどう考えてた?自己満足するためにやってきたの?それとも、自身の心の成長を促すためにしてきたの?流石に失敗したらダメだって言っても人間はどこかで失敗する生き物だよ。山本さんが女子団員に求めているクオリティが高すぎるんだと思う。そのせいで山本さんの心も辛くなってるんじゃないかな」
返答に困った。あまりにも図星であることに。返答するのが辛くなったのか気づけば前宮に電話をしていた。
「ん…もしもしどうした?チャットじゃ送れないほど心がつらくなってたんか?泣きながらでも良いから話してごらん。怒らずにちゃんと聞いてどうするか一緒に考えよう」
前宮の優しさに引き込まれて山本は今までのことを話した。
一つ一つを話すたびに嗚咽を交える数が増えて最終的には声を荒げて泣いた。
「ねぇ前宮…私どうすれば良い?反対派の職員辞めたからとは言ってもトラウマはあるしさ、女子の後輩に対してどんな顔して教えれば良いのさ!もう自分が嫌いすぎて死にたいよ…」
「ごめん、流石に怒るけど山本が本当に死んだら僕も死ぬよ?僕はずっと山本のこと守りたいって言ったからさ、そこで君が自殺したら僕の努力なんだったのか分からなくなる。だから自殺したら本気で僕も自殺する。それだけは忘れないで!そして、トラウマがキツいってのは誰でもある。女の子として触られたくないところを鷲掴みされたり、しかもそれが高齢のジジイだったんだと思うと辛かっただろう…。心の傷はそう簡単に癒えないかもしれないが、そんなジジイに向けて私は私なりのやり方があるんだって証明してやるのが1番だと僕は思うよ。団員の前では、歴戦の勇者だと思ってやってみろ!みんな厳しい中練習してるわけだから、それは今までやってきた人だって分かってるはず。少し僕、用事があるから明日教室で話そう。ゆっくり寝て練習が終わった後、僕から来るから」
前宮がそう言い残すと山本は号泣した。前宮の優しさと厳しさが両方きたものも、その通りだと感じていた。
そして山本は号泣しながら練習をしていて気づかないうちに足の傷口がぱっくりと割れる。
「痛いよ…どうしてこんなに痛いのさ、前宮…あいつ一体何を考えてるの?」
山本は不審に思いながらも傷口に絆創膏を貼って眠った。痛む傷口と自分の不甲斐なさに胸を押し付けながら自分に言い聞かせる。
「大丈夫だよ…私ならこの状況打破できる。私なら大丈夫…前宮君のことを信じよう。前宮君なら私のこの壊れた心を打開して強くしてくれるはずだから」
翌日、早朝練習が終わった後山本は制服に着替えて教室へ入る。ホームルームが終わり、1時間目開始前に前宮は山本の前にクッキーの入った袋を渡した。
「これ、昨日僕の母親が新しくオーブンを買ったらしくてその性能を見たいからとクッキー焼いたんだ。山本の心が少しでも癒えたら良いのだけど…。チョコレートと抹茶の味だが美味しくなかったら捨てて大丈夫だから」
笑顔の前宮はそのまま席に向かって授業の準備をしながら彼の友人と談笑した。
受け取ったクッキーには文字が書いてあった。並べて見るとこう書いてあった。
"がんばれ!真由!"
8枚入ってあったクッキーには1枚1枚丁寧に書かれていた。すぐに分かった山本は泣き崩れる。1時間目の授業が終わった後、何故か心がキュンとした。彼の姿を見て見方が変わったようだ。
練習前に1枚ずつ食べて心の中でありがとうと言っていつもの練習場へ走る。あまりにも明るい山本だったので、流石のテンションに守山はいつも通りに接した。
「今日はなんか明るいね!なんか良いことあったんじゃな〜い?」
「そんな彼氏いるんじゃないかみたいな目で見るのやめてよね!」
怒号のない練習に団員は困惑したが、先輩方の明るさを見て何故かホッとしていた。特に嘉藤は山本の姿を見て、自分たちもそうなる時が来るのだろうか?と謎の勘違いをしていた。
練習が終わり、帰宅しようと駅に向かう途中前宮が1人で帰ってるところを見かけた。
「前宮君!クッキーありがとうね。とても美味しかったよ!もうまゆは大丈夫だから心配かけてごめんね…そしてありがとう!頑張るから私たちの演舞、見ててよね!」
「山本さんが元気になって良かった!また食べたいって思ったら言ってくれ!いつでも美味しいの作るからさ」
心の闇は祓われて、まさに雲一つない晴天が山本の心は明るくなっていった。
そんな中、また男子の方では疑惑の声があがろうとしてその情報が事実なのか書類整理をしている2人の先生がいた。
「これを突きつければ演舞は…確実に演舞の披露は無くなりますね」
「まずはあの応援団団長に理解するようにしないとダメだ!お前はまだまだ新人だからちゃんとそこは順番よくしろ」
山本の心は晴れていても今度は男子の方に魔の手が潜んでいる事に気づかない様子だった。