4. 文学美少女で学ぶ椅子とチェアリング
長く続く自粛期間の中で、私は新しい趣味をみつけた。
チェアリング、というものだ。
今週末も、キャンプ用品の軽量なチェアと、買ったばかりの新刊の小説、水筒に入れた麦茶だけを持って、一人で近所の川沿いの公園へ向かっている。
友人がいないわけではない。
だけど、人と一緒に過ごすことは、あまり得意じゃない。人と積極的に関わりたいとも思ったこともなかった。
あの人に出会うまでは。
元々私の趣味は、小説でもエッセイでもなんでもいい、とにかく文芸作品を読み漁ることだった。
活字中毒と言うほどではないけれど、本の中に広がる、誰かが考え、文章に起こした美しい世界は、いつも私の心に栄養を与えてくれる。
最近ではその趣味が高じ、自分でも細々と執筆活動をはじめ、ちょっとむずがゆいけれど、なろう界では期待の大型新人とも呼ばれるようになった。
ご挨拶が遅れました。
視力が低く、野暮ったいメガネをかけているけれど、整った顔立ち。もしコンタクトに代えればみんながハッとするほどの文学美少女。
それが私、くもくもです。
公園についた私は、慣れた手順でチェアを組み立てた。
木陰の特等席にチェアを置き、ゆったりと腰かけて、水筒のお茶で喉を潤す。
公園に入って二つ目の小さい木のそばが、最近の私の特等席だ。
夏が終わり、涼しさを感じるようになった屋外で、例えば読書をしたりして、のんびりと時間を過ごす。
必要な道具は椅子だけ。
ガチガチのキャンプに比べて準備も少なく、人と触れあう必要も全くないので、今のご時世にもぴったりで、キャンプの入門的なアウトドアでもある。
ただ自然の中で椅子に座り、ゆったりと、思い思いに、好きなだけ好きなように過ごす。
それがチェアリングだ。
自粛期間が始まってしばらくしたころ、学校にすら行けない日々が続く中、人と触れあわずに散歩をする程度なら、特に流行り病の感染リスクは高くないので問題なし、という情報が流れた。
元々インドア派の私にとって、自粛生活はさほどつらいものではなかったけれど、運動不足による体重の増加に不安を感じたので、適度な運動のために、ふらっとこの公園まで散歩に来たのだ。
そこで出会ったのが、あの人と、チェアリングだった。
私が散歩でこの公園を訪れるたびに、あの人はいつも3つめの大きめな木のそばで、不思議な形の椅子に座って、のんびりと空を眺めていた。
何もしていないのに、どこか幸せそうなその姿が妙に心に残って、色々と調べてみたら、それがチェアリングという、最近流行りだした緩いアウトドアだと知ったのだ。
この自粛期間で、みんながどこか窮屈な気持ちで暮らしている中で、人に迷惑がかからない、新しい楽しみ方を見つけるということ。
その人は、制約の多い環境の中でも、幸せに居きる術を身につけている、本当の意味での自由を知っている人なのだと、私は驚きながらも、その人に尊敬に近い感情を抱くようになった。
そしてその人の使っていたようなチェアを通販サイトで入手するまでに、それほど長い時間はかからなかった。
チェアリングだけでなく、アウトドア用のチェアは当然キャンプでも使用できるし、元々そちらが本来の用途だ。
ここではこのアウトドア用チェア、つまり携帯可能な椅子の種類について紹介する。
パターン① ハイチェア
座面が高めの椅子のこと。通販サイトで売られているアウトドア用チェアの大半がこれ。
一般的な感覚で使える高さの椅子であり、座りやすく、テーブルなどとも相性がいい。最も無難なタイプの椅子と言える。
屋外使用を前提としたものが多く売られているが、座り心地の良さや、見た目のかわいさなどから、自宅で使う人もまれにいるらしい。
パターン② ローチェア
座面が低く、地面に足を投げ出して座れるチェア。あぐらをかいて座ったりできる。
いわゆる昔ながらの座椅子に近い存在。
地面の近くに座り込むので、自然をより近くに感じられる、といって好む人が多い。
需要が少ないのか、なぜかハイチェアより高価な場合が多い。部品は少ないくせに。
パターン③ そもそも椅子を使わない
マットやレジャーシートなどを使い、直接地面に座りこむ。
キャンプでは、地べたスタイルと呼ばれ、チェアがいらないので荷物が減り、無骨なキャンプが楽しめる、ということで意外と愛好家が多いスタイル。
ただしこのパターンではチェアリングとは言わない。チェアがないので、ただのピクニックにしか見えない。
が、チェアリングの楽しみの本質は、屋外でのんびり過ごす、という部分であり、椅子が無くても同じような時間の過ごし方は可能。
そして各種アウトドア用チェアは、だいたい次のように分類される。
① ワンタッチ式折り畳みチェア
運動会やらスポーツ鑑賞やらでよく大人が座っているのを見かける、折り畳み式のチェア。
袋から取り出し、広げるだけで椅子が完成する。
需要が多いせいか安価な商品も多く、千円くらいでもまともなチェアが手に入る。ホームセンターでもよく売られているのを見かける。
折り畳んだ状態でもそれなりに大きく、重量もかなりあるのが欠点。
② 組み立て式軽量チェア
アウトドア用途では最近最も人気のタイプ。
骨組みを組み立て、座面になるシートを取り付けて椅子にする。
ワンタッチ式より組み立ては面倒だが、慣れれば1分で組み立て可能。
無駄なパーツが無く、とにかく軽量。
独特の、お尻や腰が包み込まれるような座り心地でファンも多いが、腰が悪い人には厳しいらしい。
最安値で二千円くらいから購入可能。
③ ロッキングチェア
揺り椅子。座面だけが動く揺りかごみたいなタイプや、椅子全体が動くものがある。
ゆらゆら幸せに使えるが、その機能の分は必然的に重量があり、高価。
当然だが安定性はないので、椅子に座ったまま活動するのには向かない。
ゆらゆらが気持ちいいので魅力はあるけれど、キャンプ場で使っている人は比較的少ない印象。
④ 木製フレームおしゃれチェアなど
おしゃれ。キャンプ場で映える。
ただし重くて座り心地も今一つで、高価なものが多い。
木製以外にも、もちろん色々なアウトドア用チェアが売られているが、性能やコスパの面ではたいてい他のタイプに劣る。
家族キャンパーには、ベンチみたいな形で、二人一緒に座れるチェアを使っている人たちもいるようだ。
以上。
私はチェアリングでは、組み立て式軽量タイプのハイチェアを使っている。
大抵のチェアリングの愛好家もたぶん、同じようなものを使用している人が多いと思う。
アウトドア用のチェアは、高価なものでは一万円を軽く越えてくるが、最近のキャンプブームのおかげで、通販サイトなら海外製の安くて性能も充分な商品が多く売られている。
まずは安いものを購入し、キャンプの入門、そしてこの新しい生活様式での楽しみとして、チェアリングをはじめてみることは非常にオススメだ。
ぼんやりとチェアに腰かけ、小説を読みふけっていると、いつの間にかあの人が、今日もいつもの木陰に座っていた。
私がこのスペースに、この向きで座るのは、チェアリングの間、あの人が私の視界に入ってくれることがなんだか嬉しいからだ。
小説を読んでいても、時々顔を上げては、あの人がいることにどこか安心して、癒されている。
まだ言葉も交わしたことがない、顔も近くでは見たことすらない、あの人。
私にとっては、チェアリングの師匠のようでもあり、憧れている相手でもある。
どんな人かも全然わからない、あの人。
こんな気持ちを恋だなんて言っていたら、危なっかしいにもほどがあるけど。
この自粛生活が全て終わって、気軽に他人に声をかけることが許されるような生活が戻ってきたなら、私は勇気を出して、あの人に挨拶くらいはしてみたいと思っている。
そのときに、あの人がまだ、この公園のいつもの場所にいてくれたなら。
あの人はどんな声で、どんな表情で、私に出会ってくれるのだろう。