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8. 新しい扉

「ふふ。へへ」

「おや坊っちゃんご機嫌ですね。何か良いことでも?」


おっと。知らぬ間に笑っていたようだ。気をつけねば。

僕は先日のディアンドラとのデートの様子を脳内で何度も再生する。


これって、僕的にはものすごく珍しいことで、自分でも驚いているんだ。

普段の僕は女性と一緒にいる時間は長くても女性のことを考えている時間は短い。

……改めて考えると最低すぎるな。


デート中、別のことを考えてることが多いんだよね、仕事のこととか。

女性のことを考えているのは口説いている間だけ。

そして自慢じゃないが、口説き落とすまでにかかる時間は短い。



が。


ディアンドラとの初めてのデートを再び振り返る。

「ふ…」

どうしてもニヤけてしまう。


ボックス席は暗くて姿はよく見えなかったけど、ディアンドラの笑い声が聞こえた。


(よかった…リラックスしてくれてるみたいだ)


あの時、僕は心から嬉しかった。

だってディアンドラの五箇条では「笑わない」も含まれているから。

あんな可愛らしい声で笑うんだな、ディアンドラ。


バーンホフと一緒の時の彼女を見てモヤモヤしていたんだけど。

気持ちが少し軽くなった。

まだまだバーンホフの域には程遠いけどね。

奴は完全に五箇条の対象外だから。


ディアンドラが義理で僕と一緒に出かけてくれたのは分かっているけど。

彼女にも楽しんで欲しかったんだ。


ディアンドラは男性といる時は常に気を張って、警戒している。

これまで彼女が受けてきた仕打ちを考えればそれも無理はない。


いつも気を張って警戒して……。

ディアンドラほどの女がだよ。おかしいだろ。


彼女はもっと毎日楽しく過ごすべきだ。

もっと幸せにならなきゃいけないんだ。

笑いたい時に笑い、食べたいものを食べ、好きな服を着て欲しい。


もしも何の心配事も憂いもなかったら。

ディアンドラ、君はどんな顔で笑うのだろう。


心の底から幸せな彼女の笑顔を見てみたい。


どうすれば彼女の笑顔が見られるか。

何だか最近そればかり考えている。


『ありがとう。でもやっぱりあなたは良い人だと思うわ』

あの日、別れ際に微笑んでくれた時、心臓がギュッとなった。


ディアンドラの破壊力ってそんじょそこらの令嬢とは次元が違うんだよ。

ああ……もう…あ、やばい…思い出しただけで苦しい。


思いっきり抱きしめて、キスをしたくてたまらなくなった。

我ながらよく耐えたよ。あの状況で。

スキンシップが一切ないデートなんて、間違いなく人生初だな。


無理矢理とかじゃなくてさ。

惚れた男とキスをする時、ディアンドラってどんな顔をするのかな。


僕は自分が恋愛経験豊富な方だと思って来た。

しかし……今まで僕がしてきた恋愛って一体なんだったんだ。

いや、今までして来たのは果たして恋愛だったのかどうか自信無くなってきたよ。


僕は聖人君子ではなく煩悩だらけの俗物だから、本音を言えばディアンドラに触れたい。

めちゃくちゃ触れたい…………ああ、あの唇…………柔らかそうだったな……。



「ロバート、聞いてるのか!」



ディアンドラのことを妄想していた僕は親父の声でハッと我に返った。


「あ、ああ。聞いてるよ。うちの積荷がまた盗賊に襲われたんだろ」


王都から北東に伸びるノルデステ街道はこの国の貿易の大動脈だ。

王都と隣国を結ぶこの街道はあらゆる商品や物資を運んでいる。



ところが近年、盗賊による被害が増加していた。

生活が苦しく、食べていくのに困った農民が田畑を捨て、都会に出るも職にありつけず盗賊となるからだ。


カルマン商会の積荷も幾度となく被害に遭っている。

非常に痛い損失だ。

腕の立つ護衛を雇って馬車に同乗させてみたりもしたが、盗賊の集団に襲われると数で敵わない。


「その後の話だ」やはり聞いていなかったのかと言わんばかりの表情で父が言った。

「ごめん親父。聞いてなかった」


「うちの馬車がラゴシュ卿の領地を通過する際、道路沿いに兵士を配備してくれるそうだ」

ほうほう。それは素晴らしいお話で……?



「条件はお前とラゴシュの令嬢との婚姻だ」




ラゴシュ家は代々軍人の家柄だった。

親を早くに亡くし、4兄弟で身を寄せ合って生きて来た。

そのうちの長男が武功をあげてわずか16歳にして騎士の称号と領地を与えられた。

もともと荒地だった場所で、先住民も少なく、現在の領民はほぼ全員軍の部下たちだ。


その後、下の弟や妹も次々と騎士の称号を賜る。

長男以外は王都の騎士団に属している。


妹想いの兄であるラゴシュ卿が、妹の嫁ぎ先としてカルマン家を強く望んでいるのだった。


ラゴシュ領は盗賊多発地域だ。

この辺りを通る荷馬車は輸出入向けの高価な品物を積んでいることが多いためだ。

他の農村地域のようにせっかく襲った荷馬車の積荷が干し草だけだった、なんてことはないのだ。


隣国との国境に接しているこの領地は、面積の割に人口が少ない。

領民の基本収入は戦争の褒賞であるため、これといった産業がない。

つまりは盗賊にとって掠奪がしやすい環境が整っていたのだった。


また、兵士を目指す流民が集まってくる地域でもあった。

ラゴシュ領のベテラン兵は指導者としても優秀だ。

戦争になると募兵を行い、ド素人を短期間で鍛え上げて一人前の兵士にしてくれる。

流民は荷馬車を襲って糊口を凌ぎつつ兵士になるチャンスを待っていたのだった。


ラゴシュ領には筋肉はたくさんあったが金はなかった。

金だけはあるカルマン商会とはいい組み合わせなのかもしれない。

婚姻を結ぶことにより、積荷の安全は保障するから援助よろしくね、ってことだ。


現実的で合理的ないい案だ。うん。


でも。


結婚か……僕は……。




考えろロバート。

欲しいものを全て手に入れるため、頭を使え。





………………あ。



ひらめいちゃったかも。

もしかして不可能を可能にしちゃうんじゃないか、僕。


「親父、あのさーー」



僕の話を聞いた親父は呆れ顔で言った。

「夢物語だな」


そして肉食動物のように目を光らせ、ニヤリと口角を上げた。

「でも実現出来ればすごいことになる」


親父は根っからの商人だ。

常に新しいビジネスを開拓することに生き甲斐を感じるタイプだ。

男爵に叙せられた時も「これで貴族相手に商売がしやすくなる」と喜んでいたくらいだ。


カルマン家には貴族にありがちな古臭い因習も固定観念もない。

そして今、僕たちは新たなビッグビジネスへの扉を開けようとしていた。



◇◇◇◇◇◇◇


「マダム、今日もお美しい……」

僕は得意の爽やかスマイルを浮かべ侯爵夫人の手に口付ける。


例の新規ビジネス計画の具体的な数字を算出した後、僕と父は根回しを始めた。

連日パーティーに繰り出しお目当ての貴族に話を持ちかける。

父は政府高官や貴族院議員に。

僕は彼らの妻や娘にだ。


このプロジェクトが実現したらどんな素晴らしいことが待っているのかを話して聞かせる。

「ねえ、ロバート。そんな話より二人でもっといいことしましょうよ」


そんな話とはなんだ! 冗談じゃない。

なんのために僕がここに来たと思ってるんだ。


マダムが僕に身体を寄せて来た。両腕で首に抱きつかれる。

勘弁してくれ。



……何だろう。

色仕掛けの商売…いつもやって来たことなのに。

いや、むしろ楽しんでやっていたくらいだったのに。

気が進まない。


触りたくない。

触られたくない。

僕が触れたいのは…………………。



「……!」

マダムの肩越しにディアンドラの姿を発見した。


目が合ってしまった。絶妙すぎるタイミングだ。

よりにもよってこんな姿を見られてしまうとは。


ディアンドラは蔑むような目で僕を見ると、ツンと横を向いた。

がーん! 先日のデートのいい雰囲気が嘘のようだ。


「え、ちょ…これは、違うんだ!」


仕方がないんだ。これも仕事なんだよ〜!

そんなことを心の中で叫んでも聞こえるはずもなく。


すると、一人の男がディアンドラに近づいて行くのが見えた。

あ、話しかけてる。誰だあいつ。

(あ…………!)


その男がディアンドラの手を掴む。


(おい触るな! さ・わ・る・な!)


その瞬間、反射的に身体が動いた。


僕は猛ダッシュでそいつのところに行き、男の手をディアンドラの手から引き剥がしたのだった。


「ロバート!?」

「ディアンドラに触るな」

走ったから息が苦しい。


僕に手首を掴まれた男はポカンとしている。

「は? 何? 僕は彼女をダンスに誘っただけなんだけど」


「あ……えっと……」

僕は何をしているんだろう。


僕が答えに詰まっていたら、その男は舌打ちして去って行った。

去って行く際に男がチラリとディアンドラの胸元を見たのを僕は見逃さなかった。


見るな!

汚い目でディアンドラを汚すな!


なぜかものすごく不愉快な気分になる。

ディアンドラをここから連れ出さなくてはいけない気がした。


僕は彼女の手首を掴んでずんずん歩き出した。


「ちょ……ロバートどうしたの」

ディアンドラが戸惑っている。

無理もない。僕自身戸惑っている。


途中、キャロラインとすれ違った。


「キャロライン、それ貸せ」

そう言うと僕は強引にキャロラインのショールを奪いとる。


「きゃっ! お、お兄様!?」キャロラインは目を見開く「……と女狐!?」


人のいないバルコニーに出ると、僕は素早くショールをディアンドラの胸元に巻いた。

よし、これで胸元が隠れたぞ。


「一体何のつもり?」

ディアンドラは怪訝そうな顔をしている。


「何って……男性に胸元をジロジロ見られたら嫌だろ?」

「あなただって……以前ものすごくジロジロ見てたくせに」


ぐ…………。返す言葉もございません。


「ごめん、勝手なことして」


そうだよ。自分の恋人でもないのに。

本当に勝手だな僕は。


自分がわからない。

だってもともと『あわよくば僕も』って思ってたはずだろ。

他の男のことなんてどうでも良かったのに。


でもさっき……どうしても我慢出来なかった。

君が他の男に触れられるのも、見られるのも嫌だと思ったんだ。

君が汚される気がして。


「……私を守ろうとしてくれたんでしょ。あ、ありがとう」

ディアンドラが少し照れたようにいう。


「違うよ。僕はそんな立派な人間じゃない」


ディアンドラ、僕を信用するな。

あれは君のためと言うより自分のエゴだ。

僕が君に対して抱いている妄想を知ったらきっと軽蔑すると思うよ。


僕は自分の気持ちを持て余していたため、キャロラインがこの様子をこっそり見ていたことに気づかなかった。


(お兄様と女狐が!? 嘘でしょーー)






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― 新着の感想 ―
[一言] キャロライン…そのまさかだよ!(笑) ま、まだ完全には攻略して無いが…
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