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6. 商才

驚いたーー。


宝石店でアドニス・バーンホフに出くわした。


バーンホフとディアンドラはデキているという噂をよく耳にしていた。

美男美女だし、お似合いだから仕方ないのかなとも思っていたのだが。


実際に二人が会話をする様子を目の当たりにして、僕は心底驚いた。

何にかって?

バーンホフのディアンドラを見る「目」にだ。


なんというか、あれは全くもって男が女を見る目ではない。

どちらかと言うと弟妹を見るような? 男友達を見るような目?


バーンホフ。君は男としておかしいと思う。


ついでに言うと君が気に入っているあのオフィーリア嬢もちょっと変だ。

妹のキャロラインに頼まれて一緒に一度会ったことがある。


帰り際に手にキスしたことを責められたけど、実はキスだけじゃないんだ。

あの時掌をこっそり撫でたんだよ。

出来る限りエロい感じで。

バーンホフにバレたら殺されるな、僕。


でもオフィーリア嬢は全く気づきもしなかったんだ。

自信失くすよ、全く。

鈍すぎやしないか、彼女。


ディアンドラがバーンホフを見る目も姉が弟を見るような目で安心した。

だって僕はディアンドラを狙ってるから。

バーンホフのようなスペックの高い男がライバルでなくてホッとした。




…………………………はずなんだけど。



なんかモヤモヤする。


バーンホフと話しているときのディアンドラは完全に「素」だった。

あんな柔らかい表情、僕には決して見せてくれない。




いいな。



僕にもあんなふうにリラックスして接してくれないかな。


でもそうすると男として意識してもらうのは無理なんだろうな。

なんかジレンマだ。



バーンホフが去った後、ディアンドラは指輪を売るための交渉を始めた。

相当お金に困っているようだ。可哀想に。

助けてあげたいけど、彼女は受け取らないだろう。


でも指輪を見つめるディアンドラの顔が悲しそうで、なんだかいたたまれなくなった。

本当は売りたくない指輪なのかも知れない。


指輪を売ったお金を受け取り店を出る。


「いつまでついて来る気?」ディアンドラが迷惑そうに言う。


「今から食事でも行かないか?」

「結構よ。まだ3時だし」


男性から食事に誘われるなんて彼女にとっては迷惑でしかないことは分かっている。

だけど何かしてあげたくて。

何も出来ない自分がもどかしくて。


しつこく彼女につきまとっていた所、前方から慌ててこちらにやってくる男に気づいた。


「坊っちゃん! ここにいたんですね」うちの店員だ。

「どうした?」

「店舗でトラブルです。今番頭さんが対応してますが至急坊っちゃんにお越し願いたいと」


ディアンドラとの会話をこのまま終わらせたくなくて手首を掴んだ。

「君もちょっと来てよ」

「なんで! ちょっと離して。私は帰るわ」

半ば強引に彼女を店に連れて行く。



◇◇◇◇◇◇◇



外国人のお客さんが番頭と揉めていた。

「あ、坊っちゃん」番頭がホッとしたように僕を見た。


「どうした」

「金額が違うと言われまして。再計算して問題はないはずなのですが」


「お客様、お待たせして申し訳ありません。金額につきましてはこの明細通りで間違いないはずなのですが……」

なんとかカタコトの外国語で返答する。


しかし客は不愉快そうな表情で何かを訴えてくる。

店員の対応か? 商品に不備があったのか? わからない。


「その言葉は……ネバンドリア国の方でしょうか?」

突然ディアンドラが発言した。


「ディアンドラ?」


ディアンドラが僕に言う

「ネバンドリアの人かどうか聞いてください」


「そうらしいが」なんだ?何が起こっている?


「消費税ではないでしょうか? ネバンドリアには消費税がありません」

「あっ…………!」


この国は嗜好品に対しては25%もの消費税がかけられる。

この客はそれを知らず、間違って多く請求されたと勘違いしたのだった。


慌てて、消費税について説明する。

誤解は解けたものの……興醒めした気分はなかなか元に戻らないようだ。


見たところ身なりもよく、購入した金額も大きい。

気分を損ねられるよりは値引きをしたほうがいいだろうか。


「おい、消費税分を値引きして差し上げたまえ」番頭に指示する。


「ダメ! そんなことではお客様の機嫌は直らない」ディアンドラが割って入った。

「な……」


「毛皮の小物をおまけにつけてあげることは可能ですか?」

小声で耳打ちしてきた。


「ストールなら可能だ」頭の中で素早くコストを計算する。


「ミンクとテンの小物を持ってきてください。そしてお客様にそれをサービスすると伝えてください」

ディアンドラの言う通りにするよう店員に合図する。


そしてストールを目にした途端、仏頂面だった客が反応を示した。


ディアンドラがおもむろに着ているケープを脱いだ。

美しい肩とデコルテが露わになる。


そして僕のほうを振り向き

「着こなし方をご提案してあげて下さい」

そう言うとミンクのストールを自ら羽織った。


あっ。そうか。

「おい、ありったけの毛皮と大きいブローチを持って来い」

店員にコーディネート用の小物を持って来させる。


そこからはちょっとしたファッションショー状態になった。

ディアンドラを見本に、客に小物の着こなし方を見せる。

ミンクのストールを斜めに巻いたり、ブローチで止めたり、

オフショルダー風に着せてみたり、腰に巻いて前で止めたり。


ディアンドラの華やかな美しさと毛皮の相性は抜群だった。

実際に身につけた感じがわかると、客の購買意欲がそそられる。

客の女性は先ほどまでとは打って変わって目を輝かせて見入っていた。


サービスでつけた小ぶりのファーもお気に召したらしい。

そして追加で大量の毛皮製品を定価で購入して満面の笑みで帰って行った。

「是非また寄らせてもらいます」との言葉を残して。



すごいなディアンドラ。

客の機嫌を直した上に、結果としてさらに多くの商品を売って、リピーターまで獲得した。


「あ、あの部外者なのに余計なことしてごめんなさい」

客が帰った後、ディアンドラが決まり悪そうに言う。


「とんでもないことでございます!」番頭が恐縮して頭を下げる。

「そうですよ! 私たち感動しました!」店員たちがディアンドラを取り囲んでいる。


「なぜ値引きはダメだと思ったんだ?」僕は疑問をディアンドラにぶつけた。


「裕福そうだったから。金額の問題じゃないと思ったの」


確かに。富裕層にとって買い物は娯楽だ。

気分良く買い物してもらわないとリピーターにはならない。


「じゃあ、なぜ彼らが毛皮に反応するとわかった?」

「ネバンドリアではミンクやテンは生息していないから貴重品なの。この国では畑を荒らす害獣扱いなのにね」

ディアンドラの実家の領地でもよくテンに畑を荒らされるそうだ。


「君は優秀なんだな。貴族じゃなかったらうちの店で働いて欲しいくらいだ」

ゆくゆくは海外へも販路を広げたいと思っている。

彼らのニーズを知ることは大切だ。


「……良かった。女のくせに口出しして怒られるかと思った」

ちょっと照れた表情が可愛いな、ディアンドラ。


「怒るわけないだろ!  役立つアイディアは採用するに決まってる」


「婚約者探しなんてやめて君が領主になったほうがいいんじゃないか」

消費税のこともよく知ってたなと感心する。


「できるものならそうしたいけど。女性は爵位を継げないから」

ディアンドラが寂しそうに目を伏せる。


貴族社会は保守的だ。

女性は男性の付属品だという考え方が根強く残っている。


うちはもともと商人だから、もう少し合理的なんだ。

優秀な人材を眠らせておくのはもったいない。


「貴族社会って理不尽だな。頭が固いっていうか、考えが古臭いっていうか」

「珍しく意見が合うわね」


ディアンドラが正面から僕の顔を見据えた。

ちゃんと意志を持った強い目だ。

美しい女性だなと改めて思った。



そして見つめ合う僕たちを番頭や店員たちがニヤニヤしながら眺めていた。


「ディアンドラ、お礼にこれから食事に行かないか」

「お断りします!」


僕の誘いはにべもなく断られてしまった。

店員たちの引き止めも虚しく、ディアンドラはさっさと帰ってしまった。


「坊っちゃんって案外モテないんですね」番頭が同情するような目で言う。


「そっ、そんなことないぞ! そのうち絶対に彼女を僕のものにして見せる」


「頑張ってくださいまし。カルマン商会の女主人にぴったりの人材です」

番頭は上機嫌だ。


ああそうか……ディアンドラを僕の伴侶にと期待しているのか。

僕はいずれこの商売を継ぐ身だものな。


「…………彼女は」

なんだろうこの後ろめたさ。

「僕と結婚は出来ないよ。一人っ子で、家を継がなくてはいけないそうだから」


途端に番頭の表情が抜け落ちた。

分かりやすく落胆している。

「そうでございますか」



結婚出来ないのにディアンドラを追いかけてる自分ってなんなんだろう。

ただ性的に魅力的だから……?

自分の欲望を満たすためだけに追いかけてる……って最低だな。


自分が酷く汚い人間に思えてきた。

ナイジェル・レヴィとやっていることは変わらないじゃないか。


彼女はあんなに一生懸命生きてるのに。

あんなに良い子を弄んで傷つけてはいけない、わかってるんだよ。


分かってるんだけどーー。


ごめんねディアンドラ。

それでも僕は君が欲しい。


ああ本当に僕は最低な男だ。




◇◇◇◇◇◇◇




財務長官であるレヴィ侯爵の豪奢な屋敷の一室。

ナイジェル・レヴィは肩で息をしながら立ち尽くしていた。


床には先ほど彼が暴れてひっくり返したテーブルや割れた花瓶、破れた本などが散乱している。


手にはディアンドラから送り返されたドレスを握っていた。

ナイジェルが自ら選び、プレゼントしたシルクのドレスだ。


「俺のプレゼントは受け取れないって言うのか。ちくしょう!」


椅子を蹴飛ばす。サイドテーブルに当たり、乗っていたランプが落ちて割れる。


「ディアンドラ・ヴェリーニ……君は全くひどい女だよ」


そう呟くとナイジェルは暗い笑い声を上げたーー。






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[一言] きゃー!助けて!ロバート! 出来る女の人は素晴らしい。
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