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5. 前が開きすぎのドレスとルビーの指輪

「それじゃあロバート。ご馳走様でした」

「送っていくよ」

「結構よ。馬車は密室。男性と一緒に乗るより一人の方が安全だわ」


キッパリと断って、私は一人馬車に乗って自宅に帰った。

街中のタウンハウスなので、昼間だったら歩いて帰れる距離だけど。


タウンハウスは地方に住む貴族が王都に滞在する時のためのセカンドハウス。

完全独立型の建物ではなく、入り口は別だけど、隣家とくっついている造りだ。

庭はなく、通りに面している。


3年前、生まれ育った領地を離れここにやって来た。

今は小さい頃から我が家に仕えてくれたばあやとその旦那さんとの3人で暮らしている。

ばあやは家事全般。じいやは従者の仕事全般と御者も兼ねている。


目的は婿探し。

うちは貧乏なので財産目当てのお見合いの話は来ない。

だから頑張って都会で見染められて、婿を連れて帰るしかないのだ。


自宅に帰り、ようやく肩の力を抜く。

「お帰りなさいませ、お嬢様」ばあやが出迎えてくれる。

「ただいま。ばあや、夜は先に休んでいてと言ったでしょ。歳なんだから無理しないで」


自室で着替えを終えたところにばあやがハーブティーを淹れて来てくれた。

「ありがとう。ばあやのお茶大好きよ」

「お疲れの様子ですね」

「うん。ちょっと疲れちゃった」


ばあやに身を寄せて甘えてみた。

頭を撫でて、癒やしてもらう。


だって。外ではずっと強い女を演じているんだもの。

ずっとガチガチに武装しているような状態で疲れる。


都会って危険がいっぱいだ。

早く婿を見つけてさっさと領地に帰りたい。

もう嫌だこんな所。


ふと、今日もらった水色のパラソルが目に留まる。


「ふふ」


広げてくるくる回してみる。フリルが揺れる。

「可愛〜い〜〜!!」


このパラソルを見せられた瞬間、本当はすごく興奮していた。

だってあまりにも私の好みドストライクだったから。

精一杯ポーカーフェイスを気取りながら、心の中ではキャーキャー言ってたの。


プロのセールスマンってすごいんだなって思った。

人の心を読んで、気に入りそうな商品をさっと薦めるんだもの。


「ロバート・カルマン…か」


食事の時ロバート・カルマンは約束通りお酒も飲まず、私が嫌がることもしなかった。

その上、彼はとても聞き上手だった。


男性と一緒だといつもは自慢話ばかり聞かされるのだけど、今日は私ばかり喋ってしまった。

ちょっとはしたなかったかしら。


でも農業についてまともに聞いてくれる人が珍しくて、嬉しさのあまりつい熱く語ってしまったのだ。

うちの領地では年に3回作物を植えているが、ロバートはそのうち1期を放牧にして土地を休ませたらどうかという案まで出してくれた。


今日はナイジェルに襲われかけたり、嫌なこともあったけど、ロバートが話を聞いてくれたおかげで心がちょっぴり軽くなった。


だから、胸元をいやらしい目でチラチラ見ていたことくらいは大目に見よう。




◇◇◇◇◇◇◇





「お嬢様、プレゼントが届いてますよ」

ある日ばあやが大きな箱を抱えてやってきた。


先日私を裏路地に引き摺り込んで乱暴しようとしたナイジェル・レヴィからのお詫びの品だった。

開けるとシルクのドレスが入っていた。


ドレスを取り出して体に当ててみて、私はドン引きした。

「何これ」


そのドレスは高級で手触りの良いシルクで出来ていた。

が。胸元がおへそ近くまで大きく開いている。

これでは胸が丸見えになるではないか。

私のこと娼婦か何かだと思っているのだろうか。

怒りで手が震えた。


ビリビリにして捨ててやりたい衝動に駆られたが、グッと堪えた。

冷静にならねば。

こんなものを受け取ってしまったら、後々面倒なことになりそうだ。


私はペンと紙を取り、

『別の方への贈り物が間違って届けられたようなのでお返しします』と書き、

「じいや。これをレヴィ侯爵家に返して来てくれる?」

突き返すことにした。


レヴィ家は財務長官を務めている名門だ。

外務長官のバーンホフ家とライバル関係にある。


バーンホフ家の跡取り息子のアドニスは見目麗しく、あらゆる方面で優秀さを発揮しているのに対し、レヴィ家のナイジェルはこれと言って秀でたものがない。


「アドニスと比べられるのも気の毒といえば気の毒だけど」


もしかすると、私にやたらと絡んでくるのは私がアドニスと親しいからなのかしら。




◇◇◇◇◇◇◇



インクを切らしたので、カルマン百貨店に行く。


「ーーなんですってよ、ロバート・カルマンって」

文具売り場で商品を物色していたら、買い物客の会話の中にロバートの名前が聞こえた。

思わず耳をそばだててしまう。


「狙った女性は5秒で落とす…でしょ。私も聞いたわ」

「指使いと舌使いがすごいんですって」

「キャッ!やだ。体験した令嬢がもうメロメロで、なんでも言う事聞いちゃうってやつね」

「そうそう、だから百貨店の売り上げに貢献しているらしいわ」

「それ、ランバルド伯爵夫人もお茶会で言ってらしたわ」

「伯爵夫人の実体験なら信憑性あるわね」



「〜〜〜〜〜!!」

昼間の百貨店に相応しくない下品な話の内容に思わず赤面する。


そ、そんな人だったのか、ロバート。


確かにそうなのかも知れない。

耳元で囁かれる甘くて低い声。

優しそうに微笑んでいながらもどこか艶っぽい眼差し。

惹かれる令嬢が多いのも頷ける。


危ない危ない。

なるべく関わらないようにしよう。


田舎から王都に出てきて驚いたことの一つに、性に対しての奔放さがある。

結婚の際に女性に純潔を求める風習はまだ残っているものの、「最後の一線を越えない限りはセーフ」という暗黙のルールを耳にしたときは衝撃のあまりのけぞった。


既婚者に至ってはもうなんでも有りのようだ。

爛れている。都会は怖い。


何が理不尽って、そんな人たちに私がその方面で『相当な手練』だと思われていること。

全くなんの経験もないと言うのに。


インクを買って店を出たらロバート・カルマンが追いかけて来た。

「ディアンドラ! 来てたなら声をかけてくれればいいのに〜」


「ど、どうして私がいたことに気づいたの?」

「番頭が教えてくれたんだ」


なるべく関わらないようにしようと思った途端会ってしまうとは。

「この間はどうも。じゃ、私は用があるので。さようなら」

そそくさと道を曲がる。


ロバートはしつこくついて来る。

「ねえねえどこに行くの? 買い物なら付き合うよ」

「宝石を売りに行くだけだから。ついて来ないで」


宝石店に宝石を売りに行く……買いに行く時と違って、ちょっと悲しい。

先日購入した肥料の支払期限がもうすぐなのに、お金を工面出来なかった。

だから泣く泣く祖母の形見の指輪を売ることに決めた。


「避けなくてもいいだろ。ねえ」

「あなたの噂を聞いたわ。狙った女性は5秒で落とすんですってね」

「ははは」

「令嬢たちがあなたのテクニックでメロメロだとか」

「君も試してみるかい? 気に入らなかった場合はカルマン商会、返品も受け付けてるよ」

「結構よ!」


街で一番古い宝石店の扉を開ける。

ロバートもついて来て扉をさっと押さえてくれる。無駄に紳士だ。


店内に入るとキラキラと輝く、やたらと明度の高いーー


ーー先客がいた。


「アドニス!」

「やあ、ディアンドラ」


外務長官の一人息子、美形のアドニス・バーンホフだ。


「ディアンドラ、君も宝石を買いに来たのかい?」

「いいえ、私は売りに来たの」


アドニス・バーンホフは私のことを嫌らしい目で見ない貴重な男性だ。

おそらく彼は私の首から下を見たことすらないんじゃないだろうか。

警戒しなくていいのでホッととする。


「貴方が宝石を買いに来るなんて珍しいわね」

見るとテーブルいっぱいにサファイアの石が並んでいる。

「恋人へのプレゼント?」


するとアドニスはみるみる赤くなって口籠もった。

「ちっ、違う! これはただ、あのポンコツが火事の時怪我して、それで……俺にも責任があるから……」


何を言っているのか全く分からないけど。

要は好きな女の子に贈るので照れていると理解していいのかしら。


「では指輪が出来上がったら屋敷まで届けてくれ」

アドニスは誇らしげに店の主人に注文する。

ものすごく大きいサファイアの石を指輪に加工してもらうようだ。


「その石、貴方の瞳の色にそっくりだわ」

「そ、そうかな?」

途端に上機嫌になるアドニス。赤い顔をしてニヤニヤしている。

なんだか可愛らしくて笑ってしまった。


ところが、私の後ろに立っていたロバートに気がついた途端、アドニスの顔が険しくなった。


「貴様ーーもしやロバート・カルマンか!?」

「あら、ロバートと面識あったの?」


「君の妹はアデライン嬢だろう? 間違いないな?」

「妹は…キャロラインと言うんだが。僕が何か?」

ロバートが口を開いた。


「貴様だけは絶対に許さん!」

アドニスがいきなり敵意丸出しの宣戦布告をした。


二人は一体どう言う関係なのかと不思議に思い、ロバートを見ると彼も頭を捻っていた。


「貴様がオフィーリアに贈ったネックレス! 絶対につけさせないから! そのうちうちの犬にでもくれてやるからな!」

「……ああ、その件か」


なるほど。ロバートがアドニスの好きな子にちょっかいを出したのね。

女たらしだとは聞いていたけど。


「ロバート、あなた最低ね」

「大したことはしてない。キャロラインに頼まれたんだ」

言い訳するロバート。

「そうなんだよディアンドラ! こいつオフィーリアの手にキスしたらしいんだ」

「……はい、それは認めます」ロバート、あっさり白状する。


アドニスはロバートに向かってしばらくギャンギャン吠えていたが、やがて帰って行った。


「やっぱり……貴方もオフィーリアちゃんのような子がタイプなの?」


一度ガーデンパーティーで見かけたことがある。

小さくて守ってあげたくなるような可愛い子だった。


ふわふわのドレスを纏って、私のように憎まれ口を利くこともない。

素直でいつもニコニコしていてみんなに愛される女の子だった。


アドニスが好きな子なら、私ともお友達になってくれるかしらと期待したけど。

私の姿を見た時の彼女の強張った顔を見て諦めた。


私はどうして誰からも受け入れてもらえないんだろう。


「それはどういう意味かな?」

ロバートが何かを期待するような眼差しで尋ねる。

「僕がオフィーリアちゃんにコナかけたのが気になるのか、それともバーンホフが彼女に気があるのが嫌なのか」


「どっちでもないわ。ただ彼女が私の憧れのタイプってことだけよ」


私は持参した祖母の形見のルビーの指輪を取り出し、お店の人に査定をお願いした。

ほぼ予想通りの金額を提示される。


(お祖母様ごめんなさい……)

この指輪を手放すのは悲しいけれど仕方がない。


物は手放しても思い出が自分の中にあればいい。


そう自分に言い聞かせて私は指輪を売った。






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