表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/23

4. ディアンドラの五箇条

「ちょっと退屈だったから誘惑してみただけ。でもつまらない男ね。

恋人であるあなたのことを愛しているんですって。この私の誘いを断るなんて」


…………………なんだこれは。


客の対応を終え婦人服の売り場に戻ってきたら、とんでもない光景を目にした。

誰が誰の恋人だって?


しかもこのセリフ、先日のパーティーで聞いたものと全く同じじゃないか。

なんだっけ……そうニックとクロエ。


「何を騒いでいる。お客様の前でやめないか」


ツインテールの少女が振り向く。

「お兄様!」

「えっ!」ディアンドラが目を剥いた。


「お兄様、まさかこの女狐とお付き合いしているの!?」

「キャロライン、失礼なこと言うんじゃない」

「だって! 私の自慢のお兄様なんだから。付き合うならオフィーリアのような良い子じゃなきゃ嫌なの!」


キャロラインがディアンドラを憎々しげに睨む。

ディアンドラが可哀想じゃないか。

彼女は何もしていないのに。


「あなたのお兄様とは何もないわ。安心して。危ないところを助けて下さったの」

ディアンドラは妹の前で僕を立ててくれた。


それに引き換え……キャロライン。

お前は色々と子供っぽすぎる。


何もないと聞いてキャロラインは少しホッとしたようだ。

「お兄様は優しいの。すっごく素敵な紳士なんだから。手を出さないでよね!」

得意げに言う。


妹よ、許せ。君の兄は結構煩悩にまみれているぞ。

仕方ないだろ? 兄だって男なんだから。


「分かったわ。手を出さないと約束するわ」ディアンドラがにっこり笑って言った。

わーん! キャロラインの馬鹿! 約束されちゃったじゃないか!


僕は笑いかけてもらえないのに何あの笑顔。

ああ可愛い。

抱きたい抱きたい抱きたい…………。


キャロラインはディアンドラに対して終始失礼な態度だったが、僕の恋人でないと知って気が済んだのか去って行った。


「キャロラインが失礼なことを言ってすまなかった」

「いいえ。あなた良いお兄様なのね」


「なんであんなことを言った?」先程のセリフのことだ。

「なんのことかしら」


「君は誰のことも誘惑なんてしていない。一方的に言い寄られていただけなのに、なぜ自分が悪者になろうとする?」


「本当のこと話したって信じてもらえないもの」


釈然としなくてイライラした。

例のニックのことを持ち出そうとしたらーー


「兄さん!」

今度は弟のジョンがやってきた。


「さっき配達の注文がーー」

そしてディアンドラの姿に気づくと固まった。


「ディ……! 本物! な、なんでっ!」

真っ赤になって口籠もっている。有名だもんねディアンドラ。


「弟のジョンだ」

「あら、初めまして。ディアンドラ・ヴェリーニよ」


すうっと真顔になるディアンドラ。

キャロラインには笑顔だったのに。


「〜〜〜〜!」

僕と違ってシャイで女性に対して奥手な弟だ。

でも弟よ。兄はしっかり気づいたぞ。

お前がディアンドラの胸元をチラッと盗み見したことに。

安心したよ。お前ももう19歳だもんなぁ。


「に、兄さん、えっと、ランバルド伯爵夫人から配達依頼が来た。なぜか僕を名指しで。あの家、いつも兄さんが行ってたじゃないか。僕が行っても良いものなのか相談したくて」


「なるほど。うーん…………」


ランバルド伯爵夫人、えげつないな!

うちのいたいけなジョンまでも毒牙にかけようって言うんだな。

まあ…………でも…………。


僕はにっこり微笑んで弟の肩に手を置いた。

「ああ、行っておいでジョン」


商家に生まれた以上は、そういつまでも内向的ではいられないからね。

行って男になっておいで。


ジョンが配達に出かけて行った後、ディアンドラが口を開いた。


「カルマン商会さん、配達もやっているのね。王都以外でも配達してくれるの?」

「一応ね。でも王都の外だと料金が発生する」

「鶏糞が大量に必要なんだけど……安く入手する方法はないかしら」


そう言えばこの前もダンスの時に言ってたな、馬糞、牛糞、鶏糞。


「ねえ、これから一緒に食事でもどう?奢るよ」

「お断りよ。男性が食事に誘うのは下心があるに決まってるもの」


すごい警戒心だ。よほど色々辛い目に遭って来たんだろうなぁ。


「まあ……。正直に言うと下心はある…けど」

もっと正直に言うと下心しかないんだけどね。


「でも僕は無理強いはしない主義だ。君が嫌だと言うことは絶対にしないから。一緒に食事に行こう?」


ディアンドラは少し考えて……チラリと手に持ったパラソルに目をやった。

パラソルを受け取っちゃったから断りづらいんだな。


「分かったわ。お酒ナシと言う条件を飲んでくれるのなら」

「いいよ。君に飲ませるようなことはしないよ」

「あなたが飲むのもダメよ」

「え?」

「私を酔わせて襲おうとする人もいたけど、自分が酔っ払ったふりをして触ってくる人もいたから」


うわぁ…気の毒すぎる。本当にろくな目に遭ってないんだな。

美人がこんなに苦労してるって初めて知ったよ。

てっきり人生イージーモードなんだと思ってた。


カルマン百貨店の数軒隣の気取らない店に二人で歩いて行った。

炭火で焼く肉が美味しい店だ。


店内に入った途端、男性客の視線が一斉にディアンドラに集まった。

それはもう……隣にいる僕にも感じられるくらい。


視線って本当に感じ取れるものなんだな。

まとわりついてくる感じが気持ち悪い。

いつもこんな感じなのか。これでは気が休まらないね。


なんだか可哀想だ。

良い子なのに。


有る事無い事言われて。

悪者にされて。

こんなにも可愛くて、色っぽくて、胸も大きいのに……ってごめん。


僕は鴨のローストにベリーのソースを添えたものを頼み、彼女は鳩にハーブバターライスを詰めてローストした料理を頼んだ。

前菜に貝のワイン蒸しを頼んで二人でシェアした。


「実家の領地は海が近いから、岩場でこういう貝がたくさん採れるの。ワインにとっても合って最高なの」


「この料理、ワイン欲しくない?」

「ダメよ! いつ襲われるかわからない状態で緊張しながら食事するくらいなら、水を飲む方がマシ」

はい、すみません。


でも確かにお酒を頼まなくて正解だったかも知れない。

物を食べているときのディアンドラの唇がセクシーで、ちょっとイケナイ妄想をしてしまった。


もし酔っ払っていたら……危なかった。色々と。

ごめんなさい。僕は最低な男です。


「笑わない、甘えない、優しくしない、泣かない、頼らない」

ディアンドラが切り出した。


「なんだい?それ」

「男性と接するときに心がけていることよ。私の生活の5箇条」

「笑うのもナシ!? 強烈だな」


「笑うと自分に気があると思われて迫られ、お断りすると私から誘ったくせにって言われるの」

「うわ」


「甘えない、頼らないは見返りを求められるから。泣かないは女の武器を使ったと責められるから」

「だからいつもつっけんどんなのか」

「ええ。性格がキツいと言われるだけなら実害はないもの」



ディアンドラ・ヴェリーニと一緒に食事をすることがあれば、自分はきっと食事中ずーーーっとエロいことばかり考えるだろうと思っていたんだけど。

予想に反して、そうはならなかった。


ディアンドラとの会話は意外にも楽しかったのだ。

なんて言うか……ちゃんと中身のある会話だったから。


普通貴族令嬢なんてドレスと宝石とケーキの話しかしないもんだろ?

『うふ美味しいです〜』

『ロバート様って優しいんですね』

『わぁ可愛い〜!夢みたいです〜』

こんな会話ばっかりだよ。つまらないったら。


ディアンドラの実家の領地では作物の収穫量が落ちて困っているんだって。

誰もどうしたら良いかわからないからディアンドラが一生懸命図書館で調べたり、知り合いに話を聞いたり、情報収集しているのだそうだ。


この国に、女子のための学校はない。

貴族の令嬢は家庭教師を雇って自宅で教育を受ける。

でも内容は文化教養中心で実学ではない。

ディアンドラは出来ることなら大学で農業を学びたかったと言っていた。


「ダンスや刺繍の技術でどうやって領民の生活を向上させろというの!?」

「婚約者になった男性たちは学ぶ機会を与えられているにもかかわらず、それを無駄にしているのが許せない」

「無能な男性に領地を任せることは出来ないわ」

ディアンドラは熱く語っていた。


昼間見たつっけんどんで無表情な彼女とはまた別の一面を見た気がした。

なるほど。それで婚約破棄を繰り返しているのか。


ディアンドラが婚約破棄の常習犯であることは貴族社会では有名だ。

その理由については『ベッドでディアンドラを満足させられなかったから』だとか、『ディアンドラに他にも男がいたから』だとか、下品な噂ばかりだったけど。


ちゃんと領地を治められる婚約者を探しているからなんだね。

自分のためじゃなくて、領民のため……か。


「それでね、土壌のサンプルを専門家に見てもらったら、リン酸が不足しているから作物の生育が悪いんだって言われたの」

ディアンドラがため息をついた。

「同じ作物ばかりを連続して作ると土が栄養不足になるんですって」


だから作る作物を変えてみたが、状況は改善しない。

仕方がないので不足しているリン酸を投入して凌いでいるが年々生産量が減っている。


「海の影響ということはないかな?」彼女の領地は海の近くだ。

「その可能性はあるけど、情報がないの」


この国で海に面しているのは彼女の実家の領地と南の軍港のみ。

軍港周辺は農業はやっていない。商業都市だから。


「うーん。誰に聞けばわかるかなぁ」

王立アカデミーにその方面の研究者はいたかな……?

僕は商業専攻だったしな。

ランバルド伯爵夫人あたりに聞いてみようか。


「…………。ロバート」ディアンドラが僕の顔を見た。

「ん?」

「話……真面目に聞いてくれてありがとう」

そう言って、はにかむように小さく微笑んだ。



………………!


うわぁ、ディアンドラ・ヴェリーニが僕に微笑みかけてくれたぞ。

か…かっわいい!!!!


「どう? 僕に抱かれる気になった?」耳元で囁く。


途端にすうっと真顔に戻るディアンドラ。

「最低ね。男って」


あ、しまった。

笑顔を見た嬉しさのあまりつい本音がポロリと。


可愛くて色っぽいディアンドラ。

僕は今猛烈に君を抱きたいーー。

ごめんよ、最低な男で。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ロバート兄様も惚れるディアンドラの微笑… 是非とも挿絵で!(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ