12. 噂の真相
ディアンドラの領地の土壌問題も解決し、僕の怪我もほぼ治った。
僕は百貨店の仕事の傍、例のビッグプロジェクト実現に向けて奔走している。
忙しいけど充実した毎日だ。
閣僚の賛同はほぼ得られたので、次は国王の承認を得られるよう頑張るぞ!
ディアンドラとの距離も少しずつ縮まっている気がする。
この前は一緒に食事に行った時二人でワインを頼んだ。
酔ってほんのり赤くなったディアンドラがあまりに色っぽくてムラムラしたけど、自分から『タイム』と叫んで己を律した。
『タイム』ってブレーキになるんだよな。
『タイム』だから我慢しなきゃって自分に言い聞かせて。
だって、ここで僕が狼になったら、ディアンドラはまた水を飲みながらつまみを食べる日々に逆戻りしてしまう。
美味しい食事を美味しいワインで食べることくらい叶えてあげたいじゃないか。
彼女の嬉しそうな顔を見られるだけで十分だ。
ところが
僕が日々こんなに「良い子」で頑張っているのに。
ちっともご褒美をもらえないばかりか、有り得ないほどひどい事が起こったーー
「アドニス・バーンホフがディアンドラ・ヴェリーニの家から朝帰り」
ショッキングなニュースが早朝から王都の貴族の間を駆け巡る。
頭を鈍器で殴られたような衝撃だ。
僕はショックのあまり一瞬息が止まりかけたが、すぐ気を取り直してこれはきっと何かの間違いだとかん……
「アドニスとディアンドラが一夜を過ごした」
「バーンホフはやはりディアンドラとデキていた」
「目撃者がいる」
「夜遅く酔ったバーンホフがディアンドラの家に入って行った」
……考えようとした矢先に、追い討ちをかけるように、続け様に幾人にも同じ話を聞かされ再起不能となった。
会う人会う人皆その話題で持ちきりだ。
青い顔をしてフラフラになった僕を見るに見かねて、番頭が僕に奥で休むよう勧めてくれる。
ショックのあまり頭が働いてくれない。
どう言うことだ? 嘘だろう?
以前宝石屋で会ったとき、あの二人の間にそう言う空気はなかったのに。
バーンホフは明らかにオフィーリア嬢に気があったはずだ。
酔ってうっかり手を出してしまったのか。
有り得るな。大いに有り得る。
酔ってディアンドラに手を出さないでいられる男なんて、この世にいるのだろうか。
僕だって自信ない。
ちっっっっきしょおおぉおお!!!!
僕がどれだけ我慢してディアンドラを大切にしていると思ってるんだ。
気が狂いそうなくらい抱きたいのを必死で我慢してるのに。
酔ってディアンドラの家を訪ねるのが許せない。
自分の家に帰れよ!
それが無理なら娼館にでも行けばいいのに。
彼女はバーンホフを友人だと思って信頼しているのに。
酔って豹変したヤツに迫られたら、どんなにか怖かっただろう。
彼女の信頼を裏切ったお前を絶対に許さないぞ。
死ね死ね死ね死ね。
いや待てよ、
もしディアンドラも合意の上だったら!?
バーンホフは無駄にスペックが高いからな。
正直、家柄と顔では負ける。
もしディアンドラもその気になってしまっていたのだとしたら。
…………………………。
だめだ。
それ、一番辛いわ。
ディアンドラ自身がバーンホフに恋をしてしまったら?
だとしたら僕にはどうすることも出来ない。
あの笑顔も泣き顔も甘えた仕草も。
全部他の男のものになると思うと耐えられない。
僕がまだ見たことも触れたこともない肌も…………。
仕事も彼女のために頑張っているのに。
もし彼女が他の男のものになってしまったら、僕は何を支えに生きていけばいいのか分からない。
もう商売やめて修道士にでもなろうかな。
「ーーおいロバート、君はどうする?」
「えっ?」
いきなり名前を呼ばれてハッと我に返る。
貴族の友人たち数名が店に来て立ち話をしていたようだ。
「バーンホフとディアンドラがデキてるかどうかの賭けだよ。どっちに賭ける?」
「みんなデキてるほうに賭けてるけどな」
「結婚となると難しいかもだけど。デキてるのは間違いないだろう」
みんな口々に言いたいことを言う。
「僕はーー」
「ええー!そんなに大金賭けて大丈夫かロバート」
希望。願望。神頼み。
僕はそうであったらいいなと思うほうに賭けるーー!
…………………………と思ったのも束の間。
その夜に入った新たなニュースは再び僕を奈落の底へ突き落とした。
「アドニス・バーンホフが婚約者に婚約破棄を言い渡された」
…………詰んだ。
人生も。お金も。
◇◇◇◇◇◇◇
アドニス様と女狐が一夜を過ごした噂には私も驚いたわ。
前日にアドニス様の婚約者のオフィーリアとお茶を飲んだんだけど、アドニス様の様子がおかしいって悩んでいたの。
ディアンドラ、あの女狐め!
オフィーリアを泣かせた女狐を私は絶対に許さない。
でも今ひとつスッキリしないのよね。
ロバートお兄様が怪我したとき、大泣きしながらやってきた女狐の様子はどう見ても演技には見えなかった。
泣きすぎで鼻が真っ赤になってたし。
翌日もまた泣きながらやって来るし。
めちゃくちゃみっともなかった。
女狐、アンタそう言うキャラじゃないでしょう?
アンタとアドニス様の噂を聞いたお兄様の動揺っぷりったら!
番頭や店員たちもみんな心配していたわ。
今日は朝からずーっと一人でウジウジしていて使い物にならないの。
私は一人でウジウジしているのは性に合わない。
女狐の所に行って白黒はっきりさせてやろうじゃないかと考えた。
人当たりの良いロバート兄様と、大人しくて優しいジョン兄様。
対して末っ子の私は戦う女。
邪魔者はぶっ潰す主義よ。
もし女狐がオフィーリアかお兄様のどちらかの敵なら容赦はしない。
私は女狐のタウンハウスに赴きドアを叩く。
「まあキャロライン!」
女狐がドアを開けて驚く。
「どうしたの? 入って」
「話があるのーー」
女狐といざ全面対決!
1時間後ーー
紅茶で始まった私と女狐の果たし合い…もとい話し合いはいつしか酒盛りに変わっていた。
ディアンドラの故郷の話から貝類の話題になったのだ。
「オイル漬けにすると長期保存が出来るのよ」と彼女が言い、手作りの牡蠣のオイル漬けを味見させてくれた。
「何これワインに合いそう〜!」と私が言い、
「今日は女性同士だし……ワイン開けちゃおうかしら」と女狐が嬉しそうに言い、
あれよあれよと言う間に飲み会になってしまったのだった。
「じゃあ、アンタ本当にアドニス様となんでもないの?」
「あるわけないじゃない」女狐は笑い飛ばした。
「酒場で『オフィーリア』って連呼しながら酔い潰れてたので、うちのじいやが連れてきたのよ」
あれ。これはシロだわ。
ふーん
「じゃあうちのお兄様とはどうなってるのよ」
「ど、ど、どうと言われましても?」
ちょっと! 赤面してモジモジしてるわこの女。
わかりやすいわね。
こっちはクロか。
「あの〜。女性同士だから、私…楽な部屋着に着替えてきても構わないかしら?」
だいぶ出来上がって来た女狐が遠慮がちに言う。
「? 勝手にすれば?」
楽なワンピースに着替えて戻ってきたディアンドラを見て私はワインを吹き出しそうになった。
色気が凄まじいのだ。
部屋着の方がセクシーな人って初めて見たわ。
「普段は男性に言い寄られたり、誹謗中傷を浴びたり面倒だからなるべく体のラインが出ない服で隠してるんだけど、窮屈で」
「アンタの色気すごいわ。歩く凶器よ」
「ひどい! そんなこと言わないで。これまで散々な目に遭ってきたんだから」
ディアンドラの身の上話をひとしきり聞く。
ふうん。人は見かけによらないものね。
苦労してんのね。
「私、女の子のお友達とこんな風にお話しするの初めてよ。本当にありがとう」
ディアンドラは嬉しそうに私の手を握って、やがてシクシク泣き始めた。
酔うと泣くタイプのようだ。
て言うか、お酒弱いのね。
しかもさっきからジリジリと距離を縮めて来るのよこの女。
やだ、ペッタリくっついて来た。
「キャロラインって、優しいのね」
酔いで染まった頬を私の肩にくっつけ、トロリとした眼差しで見つめてくる。
手元が狂って、ポトリーー胸の谷間にちょっとお酒をこぼしてたわ。
ひいぃい! 怖い! アンタ色っぽすぎて怖い!
同性の私でも妙な気分になるもの。
だいたい、手元が狂ってお酒をこぼしても私だったら胸じゃなくて膝にかかるわ。
アンタの胸、もうほとんどテーブルよ、テーブル!
「…………一言アドバイスさせてもらうけど、アンタ男の人とお酒飲まない方がいいわよ」
「大丈夫。それは気をつけてるから。お酒飲まない、密室で二人きりにならない、馬車に乗らない、劇場ボックス席は避ける、プレゼントは受け取らない、笑いかけない、体の接触は避ける、食事は奢ってもらわない。男を見たら敵と思え! ふふふ」
「…………す、すごい。徹底してるのね」
「……でも…ね。ロバートは例外…‥なの。ふへへ」
そう言うとディアンドラは頬を染めてふにゃりと笑った。
彼女が兄のことを好きなのは分かった。
けど実際の所、どの程度の関係なのだろう。
「ねぇ‥イエスかノーで答えて欲しいんだけど」
探りを入れる。
「兄とは恋人同士なの?」
ディアンドラはふっと真顔になり、悲しそうに眉を落として言った。
「……ノー」
目にじわっと涙が浮かんでる。
「だって私もロバートも跡取りだから。私は婿を取らなくてはいけないの」
「でも養子を取るって噂聞いたわよ、アンタの家」
「いいえ。私はそれに反対しているの。大事な領地を何処の馬の骨ともわからない人には任せられないから」
そう言ってディアンドラはグラスのワインを一気飲みした。
やけ酒だろうか。
数分後、さらに酔いが回ったディアンドラは私に抱きつき、泣きながら
「ロバート……好き」
とうわごとのように繰り返した。
完全に酔っ払っている。
な、何なのかしらこの状況は。
帰るに帰れなくなってしまった私は、仕方なく女狐の頭をよしよしと撫でてやったのだった。
結局ディアンドラの家で朝まで飲み明かし、二人とも椅子で寝てしまった。
目が覚めた私は、私に抱きついたまま眠っているディアンドラをひっぺがして、起こさないようにそーっと彼女の家を後にした。
歩いて、近くにあるカルマン百貨店に向かう。
まだ開店前の店内は真っ暗だ。
灯りをつけ……「きゃっ!」
灯りをつけたら、虚な目をして椅子に腰掛けている兄がいた。
「ロ、ロバートお兄様……」
「やあ、キャロライン早いんだね」
そう爽やかに言った兄の顔は、目の下にひどいクマが出来ていた。
これは寝てないな、と思った。
ディアンドラの気持ちを知ってしまった私はそれを兄に伝えるべきか迷ったが、やめた。
私が首を突っ込むことではない。静観することにする。
それにーー。
想い合っていても二人は結婚は出来ないから。
二人の未来を考えると胸が痛んだ。
そしてその日の午後ーー
丸一日王都を騒がせた『アドニス朝帰り事件』は無事決着を見ることとなる。
アドニス様とオフィーリアが手と手を取り合って仲良く買い物にやって来たからだ。
こじれていた二人の関係も修正され、晴れて両想いになったらしい。
人目も憚らずイチャイチャのラブラブだった。
「俺の愛するフィアンセにプレゼントを贈ろうと思ってね」
アドニス様は上機嫌だ。
両想いになった記念日のプレゼントだそうだ。
気前よくカルマン百貨店で買い物をして行った。
さすがは侯爵家。毎度あり〜。
そんな二人を見た兄は涙を流して喜んだ。
「バーンホフ卿、オフィーリア嬢、ご婚約本当に本当に本当におめでとう。どうぞ末長くお幸せに」
見る見る元気になった兄は、花束を引っ掴むと、どこかへ走って行った。
行き先は……見当ついてるけどね。
『婚約破棄23回の冷血貴公子は田舎のポンコツ令嬢にふりまわされる』の第15話を別視点から見たらこんなことになっていたという…。




