5話:『木刀使い』の戦い
ダンジョン深層から脱出するため行動を開始した俺とロザリー。
意外にも戦えることが分かったロザリーと共に、強力な魔物を退けて順調に思えたのだが……
「『ヒヒイロカブト』。オリハルコンが大好きなこの深層の主。私の育ての親であるロザリアを死ぬ原因になった魔物」
俺が取り出した聖剣『デュランダル』に釣られて現れたのは、巨大なカブトムシ型の魔物だった。
「あの巨人を死なせる原因ってどういうことだ?」
「ある日突然あいつが私とロザリアの下に現れたの。そして、私を殺そうとした。それを庇ってロザリアが傷を負って、それが原因で死んだの」
ロザリーは淡々と過去の出来事を述べた。
だが、俺の勘違いかもしれないが、その表情は悲しみに耐えているように見えた。
「ヒヒイロカブトの角は文字通りヒヒイロカネで出来てる。気を付けてね」
「ヒヒイロカネって。伝説の金属じゃないか。それで出来た角って……」
オリハルコン。ヒヒイロカネ。
両方とも、ダンジョンの最上層でのみ採取できるとされる伝説の鉱石だ。
特にオリハルコンは神の鉱石とも言われ、聖剣の材料とされている。
ヒヒイロカネはそれに肩を並べるほどの鉱石。
それで構成された角となれば、あのカブトムシの角は伝説の武器と同等以上の威力を持つという事になる。
「ギチギチ」
ヒヒイロカブトはその巨体をゆっくりと動かしながら、俺たちを見下ろす。
あまりに余裕たっぷりの様子に、まるで俺たちを品定めしているかのようだ。
「強そうな魔物だけど、今の俺なら──」
勝てる。そう思った瞬間、全身に怖気を感じた。
「ギチ」
ヒヒイロカブトは予備動作無く、その角を振るった。
美しい巨大な角は、まるで重さを感じさせない速さでロザリーを捉える。
「ロザリー!」
ロザリーを狙った一撃を、俺は世界樹の木刀で受け止める、
だが、その一撃はあまりにも重い。
踏ん張りが利かなくなった俺は、後方に吹き飛ばされた。
「ガハっ!?」
「人間さん……っ! 【植燥】!」
ロザリーは俺を庇うように魔法を唱えた。
樹木が地面を突き破って現れ、ヒヒイロカブトを拘束する。
「ケホっ、ケホっ……なんつー力だ。でも、これで奴も終わりに……」
「いいえ。ダメみたい」
必殺のロザリーの魔法に捉えらたヒヒイロカブトを見て、俺は勝利を確信する。
だが、ロザリーの言葉と同時に……
「ギチチ」
ヒヒイロカブトが素早く角を振るう。
すると、ヒヒイロカブトを拘束する樹木がいともたやすく切り裂かれた。
「ロザリーの魔法が効かない!? こいつ……今までの相手とは格が違う」
今日になってからインパルスマンティス、アサルトボアとAランクと称される化け物たちと戦ってきた。
だが、そいつらと比べても、目の前のヒヒイロカブトは明らかに格が違う。
「Sランク……そういう魔物ってことか」
ダンジョンの最上層にのみ出現する、最強格の魔物にのみ許されたランク帯。
ヒヒイロカブトはそのランクに分類される魔物とみて間違いないだろう。
「ギチギチギチ」
必要以上に関節音を出しながら、ヒヒイロカブトは俺たち……いや、ロザリーを見つめている。
──あの魔物。ロザリーを狙っているのか? どうして……
理由は分からないが、ヒヒイロカブトはロザリーを標的にしているのは明白だ。
「ねえ、人間さん。契約、覚えている?」
ロザリーは何かを訴えてるように俺を見る。
「ああ。覚えてるよ。君を守るさ、絶対」
それに応えるように、俺はロザリーを庇うようにしてヒヒイロカブトの前に躍り出た。
「ギチチ」
そんな俺の姿を見たヒヒイロカブトはまるで嘲笑うかのように関節を鳴らした。
──そうは言ったモノの。俺、本当に勝てるのか? いっそ逃げることは……
「ギチ」
俺の弱気な態度を感じ取ったのか、ヒヒイロカブトが黄金の角を突き刺してくる。
音を置き去りにしたその速度に、俺はどうにか反応して迎撃する。
「~~っ……逃げる隙は与えないってことか」
さっきまで、俺は最強になったと思っていたのに、ヒヒイロカブトの攻撃を何とか捌くのが精一杯だ。
これでは、到底この魔物から逃げることは出来ない。
「大丈夫、人間さん?」
「あ、ああ。心配するな。こんな奴、さっきみたく瞬殺さ」
「そう……」
強がりを言ってみるが、ロザリーは不安そうだ。
そりゃそうだ、俺だってこいつに勝てるビジョンが思い浮かばない。
だが、俺たちが生き残るためにはこの魔物に勝つしかない。
ならば……
「先手必勝だ!」
攻撃は最大の防御。
そんな格言を信じて、俺の方から攻撃を仕掛けた。
「ギチ!」
巨体を誇る魔物と戦う際は、まずは足元を狙う。
そのセオリーに準じて、俺は前足を潰そうと木刀を振るった。
だが、ヒヒイロカブトは器用に角を振るって、俺の攻撃を弾いてみせた。
「こいつ……っ! なら、これはどうだ!」
正面からの攻撃がダメならばと、側面に素早く回って再び木刀を振るう。
「ギチチ!」
しかし、ヒヒイロカブトは巨体に不釣り合いな素早い立ち回りで俺の攻撃を再び弾く。
──こいつ……なんて足さばきだ。本当に魔物なのか?
俺はステータスを活かした大立ち回りで、次々にヒヒイロカブトに攻撃を加え続ける。
だが、ヒヒイロカブトはそれらを最小限の動きで全て捌いて見せた。
「──考えを改めないとだな。こいつは……達人だ」
そう、この魔物の戦い方に技術がある。
角の振り方。足さばき。間合いの取り方。
その動きは魔物と戦っているというより、人間と戦っているかのようだ。
Sランク(推定)の魔物ってのは、こういうのを言うのか。
「でも戦えないわけじゃない。ステータスは足りてるハズなんだ。つまり足りないのは……」
俺の戦闘技術、それが釣り合っていない。
それは何とも笑える話だ。
馬鹿にされてきた日々の中、俺が活躍できないのはステータスが貧弱だからと思っていた。
だから、剣術を必死に練習していつか剣士として戦えるようになることを夢見てきた。
だというのに、その努力の日々は、目の前の魔物には全く通用しない。
「こんな虫程度が身に付く技術も俺は無いってことか。……はは、ルキウス。確かに俺は無能だったよ」
脳裏に鮮明に焼き付く、ルキウスの言葉。
その罵倒は理不尽なモノだと先ほどまで思っていたが、どうやら正しかったらしい。
「ギチチ!」
俺が攻撃の手を緩めると、今度は自分の番だとばかりにヒヒイロカブトが攻めてくる。
突き。薙ぎ払い。叩きつけ。
無駄のない、美しいとも思える攻撃の数々を俺は必死になって防ぎ続ける。
「ギチギチギチ!」
「んのぉ……調子に……」
逃げることも許されず、俺はその場に釘付けとなって、練習木人さながらの状態だ。
既に木刀を握る腕は痺れて感覚が無い。
何時木刀がすっぽ抜けるのか気が気でない。
木刀が弾かれれば、俺のステータスはがた落ちになり、瞬く間にミンチにされるだろう。
「やっぱ……俺には無理、なのか?」
「ギチチ!」
ヒヒイロカブトの攻撃を支えきれず、俺は膝をついてしまう。
その姿を見て、愉快そうに関節を鳴らすヒヒイロカブトは更に攻撃の手を激しくした。
──くそ、ここまでなのか……
短い夢だったな。
そう思い、木刀を握る力を緩めようとしたとき……
「ダメ! 人間さん、あきらめちゃダメ!」
ロザリーの激励が飛んでくる。
ちらりとロザリーを見ると、彼女は真っすぐと俺を見ていた。
「ロザリアの鍛えた木刀を信じて!」
──そうだ、俺が諦めたらあの子も。
「こな……くそぉ!」
「ギチ!?」
足を踏ん張り、俺はヒヒイロカブトの振りに合わせて木刀を振るった。
俺の決死の一撃にヒヒイロカブトはその巨体を僅かに退かせる。
「はあ、はあ、はあ……ありがとう、ロザリー。おかげで元気が出たよ」
「諦めちゃだめ。人間さんならアイツにも勝てるから」
「ああ。分かってる。頑張ってあいつを倒して見せるから安心して──」
「違うわ。よく見て。本当に人間さんは勝てるのよ、アイツに」
「……? それってどういう意味……」
ロザリーの断言する口調に、違和感を覚えた俺は改めてヒヒイロカブトを見た。
「ギチギチギチ!」
思いがけない反撃に、相当気分を害したらしいヒヒイロカブトは忙しなく関節を鳴らす。
威嚇のためなのか、無意味に振り回される角を目で追っていると、あることに気が付く。
「! そうか……そうだったな」
たしかに奴の角は伝説の武器に相当する業物だ。
それを振るうヒヒイロカブトも虫型の魔物のくせに、生意気にも技術がある。
だが、俺の持っている武器もまた『世界樹の木刀』。
伝説の武器でさえ霞む材質で出来ている武器だ。
──それに、俺はまだ『木刀使い』の本領を発揮していない。
「来い。我が愛刀『オロチ』、『ソンブレロ』」
気分をあげるべく、俺はカッコつけながら【収納】から2本の木刀を取り出し、地面に指す。
二つとも、パッと見て同じ見た目の木刀だ。
だが、実際は全く別物だ。
『オロチ』は極寒の大地にそびえたつ巨木の枝で作られた木刀。
『ソンブレロ』は精霊の森で育った霊樹の枝から作られた木刀。
「ギチ?」
今更貧弱な木刀を取り出した俺に対し、ヒヒイロカブトは戸惑いの反応を見せる。
「ああ。お前の見立て通り、こいつらはしょせん木刀だ。お前の角なんて到底受けきれない。だけどな……」
俺は『オロチ』を引き抜き、装備する。
「今の俺は……さっきより少しばかり強いぞ!」
『オロチ』と『世界樹の木刀』の2刀流。
その姿を以て、俺は大見得を切って見せる。
「ギチ!」
ヒヒイロカブトが突きを放つ。
俺は右手に持つ『世界樹の木刀』で受け止める。
しかし、ヒヒイロカブトは角を巧みに木刀に絡めて、俺は投げ飛ばそうとした。
しかし……
「ギ、ギチチ!?
「ち、力比べか? ……な、なら……オロチを握った俺の方が少しばかり……得意だ!」
俺は強引に奴の付き飛ばしを阻止し、逆にヒヒイロカブトを投げ返した。
「次は……『ソンブレロ』!」
俺はオロチとソンブレロを持ち帰る。
瞬間、俊敏のステータスが僅かに向上する。
素早さが向上した俺は、瞬時にひっくり返ったヒヒイロカブトに迫る。
「ギチチ!!」
急いで体勢を整えたヒヒイロカブトは角で俺の攻撃を切り返す。
──今度は俺の番だ。
受け身に回ったヒヒイロカブトに対して、俺は攻撃速度が僅かに上昇した状態で連撃を加える。
「ギチギチ!」
攻撃の勢いを削がせようと、ヒヒイロカブトは渾身の力で角を薙ぎ払う。
だが、俺はそれに合わせてソンブレロからオロチに木刀を持ち帰る。
すると、俊敏が下がる代わりに、筋力が僅かに上昇する
「ぜぇえい!」
俺はヒヒイロカブトの攻撃を力づくで防ぎ、攻撃の手番を死守する。
「ギギギ?」
「不思議だよなぁ! これが! 今まで日の目を見なかった! 『木刀使い』の! 本当の戦い方だ!」
そう、『木刀使い』は装備する木刀の材質によって特定のステータスを上昇することが出来る。
これを利用して、敵に応じて自身のステータスを変化させる。
それが、『木刀使い』の奥義……と勝手に思っている。
だが、そもそもの上昇幅が小さいので、そんな工夫をするよりも、均一にステータスが上昇する今は亡き愛刀セイファートを装備した方がマシだった。
だが、世界樹の木刀により劇的に向上したステータスを更に上昇させると、その差は御覧の通りだ。
欠点は2刀流をしなければいけないということだが、それを補って余りある成果を出している。
「ギチギチギチ!」
未だ食い下がる俺に対して、ヒヒイロカブトは明らかに苛立っている。
その攻撃は段々と苛烈を極めており、闘技場の空間内に黄金の角と世界樹の木刀の剣戟音が鳴り止まぬことがない。
「そろそろ……俺の……勝ちだ!」
「ギチ!?」
俺の勝利宣言に、ヒヒイロカブトは訝しげな反応を示した。
それと同時に、パキパキとひび割れる音が響く。
「ギ、ギギギ!?」
「そうだ虫野郎! 俺の狙いは……お前の角だ!」
ヒヒイロカブトの黄金の角に皹が入る。
そう、いかに奴の角が伝説の鉱石と同等の硬さを持とうが関係ない。
なにせ、この木刀の材質である世界樹は、例えオリハルコンの武器でさえ傷一つ付けることが叶わないのだから。
「これで……ラスト!」
俺はヒヒイロカブトの突きに合わせて、世界樹の木刀を突き出す。
両者の得物が激突し、不快な金属音が鳴り響く。
そして、ヒヒイロカブトの角に皹が無数に入るのと同時に……
バキン!
黄金の角は真っ二つに折れた。
「ギギギギギギ!?」
自慢の角を折られたヒヒイロカブトはその場で駄々っ子のようにのたうち回る。
「ロザリー! 今だ!」
「うん。【植燥】!」
俺の言葉に、すかさずロザリーは魔法を唱えた。
地面を突き破った樹木は、幾重にもヒヒイロカブトに巻き付き、耳をつんざくほどの異音を立てて締め上げる。
「ギ、ギギ、ギギギギギギ」
「そう。これが敵討ちなのね。……ごめんなさい、死んで」
ロザリーは手を掲げると、その場で握りつぶす動作を取る。
それに連動するように、樹木の拘束は強くなり、ヒヒイロカカブトの身体が圧し潰された。
樹木が消えると、無残な姿のヒヒイロカブトが地面に投げされる。
そして、その姿は光の粒子となって消えていった。
悲しいことに、ドロップ品は落とさなかった。
「……勝った。倒したんだ、俺たち」
「うん。私、仇を取ったのね」
「ああ……そう、だな」
「人間さん、大丈夫?」
緊張が解けた俺はその場に倒れこむ。
ギリギリの死闘を繰り広げたせいで、肉体的・精神的にもう限界だった。
上から俺を覗き込むロザリーと目が合う。
相変わらず表情が読めないが、心なしか嬉しそうだ。
「君のお母さんの武器すごかったよ。おかげさまで勝てた」
「お母さん? そう。ロザリアは私のお母さんだったのね。……ありがとう。人間さんのおかげでお母さんの仇が取れたわ」
そして、ロザリーは微笑んだ。
この笑顔を見ただけでも、頑張った甲斐があったと思えた俺だった。
◆◇◆◇
「──これが出口なの?」
あの死闘のあと、俺たちは闘技場の空間から移動した。
すると、すぐにダンジョンの階層を跨ぐ装置である昇降床を見つけた。
「ああ。これに乗ると、床が勝手に動くんだ。多分、これに乗れば一層に登れると思う」
「じゃあ。私、本当に外が出られるのね」
「ああ。……まあ、外に出てからも大変だと思うけどね」
彼女がドリアード……つまりは魔物だという事実。
加えて、生きて帰ったこれた俺をルキウス達はどう反応するのだろうか?
何となく、平穏に終わることは無いという予感があった。
「ほら、ロザリー。不安だろうから、手を」
俺はなかなか昇降床に乗ろうとしないロザリーに手を差し出す。
「今度はどうして握手をするの?」
そう疑問に思いつつも、ロザリーは俺の手を自然と取った。
「今度の握手は勇気が出るおまじないだよ。不安な時、こうして手を繋ぐんだ」
「そう。不思議なのね」
俺たちが乗ると、昇降床は淡い光を発しながら上へと昇っていく。
そうして俺たちは、深層からの脱出に成功したのだった。
面白い!続きが気になる!
そう思って頂けましたら是非ともブックマーク、評価、感想をお願い致します。
作者の励みになります。
よろしくお願いいたします。