4話:共闘。そして…
インパルスマンティスの撃退に成功した俺とロザリー。
ロザリーを迷宮の外へ連れ出す契約を結んだ俺は、早速彼女を外に連れ出すために行動を開始したのだが……
「ロザリー。君は出口までの道はわかるのか?」
「いいえ。私は産まれてからずっとここから出たことがないの。だから分からないわ。すごくドキドキね」
ロザリーの予想通りの返答に俺は肩を落とす。
つまりは俺たちは深層という未知の場所を事前情報なしで攻略しなければならないという事だ。
「しかもこの子を守りながらか。……安請け合いしすぎたな」
彼女に聞こえないよう、愚痴を呟く。
今のロザリーの格好は、ビビアンから預かっていたパーティ用のドレスを着てもらっている。
花柄の模様があしらっているドレスは、ロザリーに非常に似合っていた。
下半身は樹木で出来た足がハイヒールのような形になっている。
パッと見れば貴族の令嬢のような姿だ。
そのため、あまりダンジョン攻略に適した格好とは言えない。
彼女を守りながら脱出を目指すのは骨が折れそうだ。
「どんな敵が出るか分からないから絶対俺とはぐれるなよ」
そう言って、俺は彼女と手をつなぐべく、手を差し出す。
「? どうしてまた握手するの? もう人間さんとは仲良しでしょ」
「これははぐれない様ために手をつなぐんだ。握手にも色々用途があるんだ」
「そう。不思議ね。勉強になるわ」
ロザリーは俺の手を握り返す。
ひやりとした彼女の掌を感じながら、俺たちはゆっくりと落ちてきた洞窟から移動し始めた。
洞窟から出ると、すぐに石造りの通路に景色が変わった。
俺の知る1層の光景に近いが、壁や地面に謎の光が点っている。
それにより、明るさは確保できるのだが、ここが俺の知る1層とは別物なのだと実感する。
──どのランクの魔物が来るんだ? でも、例えランクAの魔物が来ようと、今の俺なら……
ちらりと、ロザリーの手を握る反対の手を見る。
その手に握られているのは、美しい白い木刀。
『世界樹の木刀』。おそらく、木刀というカテゴリーの武器で最強を誇る武器だ。
それは、俺が探し求めていた武器でもある。
不遇職呼ばれた俺のジョブ『木刀使い』。
木刀という貧弱の装備でないと、ステータスが向上せず。
さりとて、その上昇幅も極わずかという戦闘系ジョブの中でも類を見ない外れジョブ。
だが、俺はそんなジョブでもどうにか強くなれないかと試行錯誤を繰り返してきた。
自分の戦闘技術の向上訓練はもちろん。
あらゆる国。多種多様な材木。数多くの鍛冶師を活用し、何とか強い木刀が手に入らないかと頑張った。
結果的に、特定地域の木刀を装備するとステータスの上昇にある程度の傾向がでること。
特定の毒や属性魔法に耐性が出来ることを突き止めた。
だが、それも実際の戦闘においては役に立たない。
最終的にはセイファート……大国『ヤマト』の樹齢数百年の枝を加工した木刀に落ち着いた。
そして、今の俺の手にはあの世界樹を材料にした木刀がある。
初めて強力な装備をしたことにより、『○○使い』というジョブの真価を、俺をようやく味わうことが出来た。
今の俺は、もしかしたらあのルキウスに近しい実力があるのかもしれない。
そう思うと、何だかワクワクしてくる。
「俺もロザリーのこと悪く言えないな」
「どうしたの人間さん。私がなに?」
「いや。えっとこっちの話で──っ!」
不意に前方から気配を感じた俺は、ロザリーを庇うように前に出る。
世界樹の木刀を握ってから、より鮮明になった俺の知覚が敵の存在を感知する。
「人間さん?」
「前から魔物が来る。一先ず隠れよう」
ロザリーの手を引いて、物陰に息をひそめる。
「──あれは……っ!?」
数秒後、ドシン、ドシンと地ならしと共に現れた魔物の姿を見て、俺は驚愕する。
姿を現したのは、イノシシ型の魔物アサルトボア。
全身に金属の鎧を身にまとう、Aランクの魔物。
インパルスマンティスと同じく、第7層以上で確認される強力な魔物だ。
「なんであんな奴がいるんだ? もしかして、ここってかなりやばいところなんじゃ……」
「人間さん、どうして隠れるの? 早くあいつを倒して先に進みましょうよ」
「いやいやいや。あんな強そうなやつと戦うメリットがない。ここは身を隠して──ってロザリー!?」
ロザリーは物凄い力で俺を引っ張ると、物陰から出てしまう。
「プギャアアア!」
アサルトボアは俺たちを見つけると、咆哮を上げる。
びりびりと大気が震える。
多分、こいつはインパルスマンティスよりも強い。
「ロザリー何てこと……ああ、くそ! こうなったら仕方がない。ロザリーは下がって……」
「【植操】」
ロザリーは手をアサルトボアに向かって手をかざし、呪文を唱えた。
すると、ダンジョンの地面から樹木が飛び出てきてアサルトボアに絡みついた。
「プギャアアアア!?」
樹木は万力のように、アサルトボアの身体を拘束する。
骨が軋むような音と共に、徐々に締め付けが強くなり、そして……
ゴキ。
嫌な音と共に、アサルトボアの胴体がくの字に曲がる。
アサルトボアは地面に倒れると、そのまま粒子となって消え去ってしまった。
ちなみにドロップ品は無しだった。
「さあ。行きましょう人間さん」
「………いやいやいや。ロザリー、君って戦えたのか!? てかさっきのは一体なんだ!?」
「何って。あれは魔法よ。人間さんだって使えるでしょう?」
すまし顔でそう言い切るロザリーに俺は絶句する。
魔法は俺たち人間や亜人にのみ許された術だと思っていた。
それをモンスターである彼女がさも当たり前のように使えた。
それに彼女の唱えた呪文は聞いたことのないものだった。
おそらく、何かしらの属性での基礎魔法という事はわかる。
しかし、Aランクのアサルトボアをこうも一方的に屠れる程強力な魔法をだ。
「でも魔法はとても疲れるからあまり使いたくないわ」
「そう……なのか」
「ええ。だからあまり私をあてにはしないでね」
言い終わると、ロザリーはカツカツと歩き出していく。
まだ俺とロザリーは手をつないでいるので、自然と俺が引っ張られる形になった。
そのせいで、色々質問したかった内容が飛んで行ってしまった。
再び歩き始めてしばらく経つが、先ほどのように強力な魔物とエンカウントが無い。
もしかしたら、この深層という場所は魔物の出演率が全体的に低い代わりに強力な個体が出てくる場所なのかもしれない。
少し余裕が出たからか、俺はロザリーの魔法について考える。
魔法という技術は、魔力を消費して起こす技術全般を指す。
魔力があれば使えるため、ジョブに関係なく習得できる。
物を収納できる魔法【収納】も俺が冒険者になってから使えるようになったモノだ。
【収納】は空間属性の魔法だ。
空間属性は最近確立された魔法体系で、【収納】の他にも、ダンジョンからの脱出やセーフティエリアの確保など、ダンジョン探索に有効な魔法が幾つもある。
魔法属性には、メジャーな火属性、水属性、風属性、地属性、雷属性といった5大属性。
他に、神聖な光属性、最近研究が開始された血属性など多岐にわたる。
俺も魔法を学ぶときは、そういった知識を貪欲に吸収したモノだ。
だが、俺が知る限り樹木を操る魔法は存在しなかった。
ドリアードのみが使える魔法なのだろうか?
それとも、ロザリーが特別なのだろうか?
謎が尽きない。
「──ねえ、人間さん。どうやらこの先に広い空間があるみたいよ」
「ん? ああ、そうみたいだな」
ロザリーに声を掛けられ、一旦思考を切り替える。
見ると、通路の先には広い空間が待ち受けていた。
「ロザリー、用心してくれ。こういう場所には大抵……先客がいるものなんだ」
その空間は闘技場を連想させる造りだった。
そして、中央には3体のアサルトボアが待ち受けていた。
「Aランクの魔物が3体か。ロザリー。さっきの魔法で最大何体まで掛けられるんだ?」
「あれはとても疲れるの。1体が限界だわ」
そうすると、俺は2体のアサルトボアを倒す必要があるわけか。
さっき敵対した時、アサルトボアはインパルスマンティスより僅かばかり強いのが分かった。
だが、インパルスマンティスを圧倒した今の俺ならば……やれるか?
「ロザリー。1体は頼めるか?」
「ええ。いいわよ」
「ありがとう。ならロザリーは奴らの1体を魔法で倒してくれ。残り2体は俺が……やる!」
気合十分に、俺はアサルトボア達に向かって走る。
「プギャアァアア!」
俺を視認したアサルトボア達は咆哮し、俺をひき殺そうと助走をつける。
「【植操】」
ロザリーが魔法を唱えると、並び立つ3体のアサルトボアのうち、真ん中の個体が拘束された。
アサルトボア達は魔法の奇襲に驚いた様子をみせる。
「まずは……お前だ!」
俺はうろたえている右端のアサルトボアに狙いをつける。
世界樹の木刀を装備して向上したステータスを活かして、俺は地面を蹴った。
瞬間、俺は引き絞られた弓矢のごとく、一直線にアサルトボアに接近する。
「プギャ?」
「まずは一つ!」
いきなり眼前に現れた俺に呆ける様子のアサルトボア。
俺は奴を覆う頭部の鎧ごと、思いっきり木刀を振り下ろす。
「プギ──」
アサルトボアは短い悲鳴を最後に、ただの肉塊になってしまう。
「我ながらすごい威力だな、やっぱ。ていうか若干振り回されている感が……」
まだ慣れない自分の力に、違和感が拭えない。
だが、今は戦闘中だ。
思考を切り替え、残りのアサルトボア達を見据える。
2体のアサルトボアのうち、1体はロザリーの魔法で拘束されている。
だが、先ほどと違い、アサルトボアを拘束する力が弱いように見える。
「ロザリー! 大丈夫なのか!?」
「頑張っている……でも、もう少し時間かかる」
ロザリーは辛いのか、少し顔を歪めている。
そして、もう片方のアサルトボアは仲間を救うべく、術者であるロザリーに向かって突進していった。
「させるか!」
俺は【収納】から魔物の気を引き付けるアイテム、【臭い玉】を取り出す。
そして、突進しているアサルトボアに向かって投擲した。
「プギャアア!?」
臭い玉が直撃したアサルトボアは激昂し、ターゲットを俺に切り替える。
俺に向かって突進してくるアサルトボアを眼前に捉え、木刀を構える。
「はあぁあ!」
今までのただステータスに任せての攻撃じゃない。
剣士として、努力してきた俺の全てを乗せた俺の一撃。
きちんとした剣技をアサルトボアに放つ。
「──これが、今の俺の力……」
アサルトボアの肉体は、真っ二つに切り裂かれた。
同時に、ロザリーの魔法によって拘束されたアサルトボアの身体がくの字に曲がった。
そして、3体のアサルトボアの死体は粒子となり、その場にはドロップ品である『アサルトボアの牙』が残されていた。
「勝てた……やった。やったぞ、ロザリー!」
「ふう。お疲れ様、人間さん」
全身で喜びを表す俺とは対照的に、ロザリーは一仕事終えた雰囲気だ。
だが、高揚した俺はそのままロザリーを抱きかかえてその場でぴょんぴょんと跳ねる。
「ちょ、ちょっと人間さん? どうしたの?」
「だって! だってさあ! 俺……俺ようやく……これでみんなに認められるかと思うとさ」
世界樹の木刀のおかげで、俺の実力は確かなものとなった。
それは、今まで無能と蔑まれた日々とようやくオサラバ出来るという事でもある。
困惑するロザリーをよそに、俺は喜びに身を任せてはしゃぎまわった。
「────落ち着いた?」
「はい……」
多分数分くらいはしゃいだ俺は、ロザリーの前で正座していた。
あまり感情表現が少ないロザリーだが、今の俺を見る彼女の顔は少し呆れが混じっているように見えた。
「えっと、ごめん。振り回したりして」
「びっくりしたけど、大丈夫。昔、ロザリアにもそうやって遊んでもらった事もあったし」
そう言って、ロザリーは懐かしそうに遠くを見る。
「えっと……そうだ! ドロップ品を拾わないと」
俺は放置されていたアサルトボアのドロップ品を拾いあげ、【収納】の中に入れる。
「そういえば人間さん。その黒いモヤモヤは何なの? 拾ったモノが消えている。不思議ね」
「ああ。これは【収納】っていう空間魔法だよ。異空間の中にこうしてモノを収納できる便利な魔法でね。こうして、色んなものが──」
【収納】に興味を示したロザリーに、俺は嬉々として魔法の説明を実演して見せた。
この【収納】は俺が覚えられた唯一の魔法だ。
戦闘職として、どうにか活躍できなかと試行錯誤している中でせめて荷物持ちとして冒険者を続けられるように身に着けたモノだった。
【収納】から、色んなモノを出してロザリーに見せてみる。
パーティの荷物持ちだった俺は、パーティとして使用する道具や、メンバーから預かっている私物が数多くある。
どれもが、ロザリーには珍しいのか、興味津々な様子でアイテムを見ている。
「──それで、これが……」
そして俺はインパルスマンティスに弾かれた後、拾ったままの聖剣『デュランダル』をロザリーに見せようとすると……
「……っ!? これって……」
「ああ、すごいだろ。これは正真正銘の聖剣で──」
「ダメ! それを仕舞って! はやく!」
「え? 何を言って……」
急に焦りだすロザリーに俺は訳も分からず呆ける。
直後、ドゴォンと闘技場の空間に轟音が鳴り響いた。
「ギチギチギチ」
壁を壊しながら現れた影は、関節が軋む音を鳴らしながら、ゆっくりと砂埃から姿を現す。
「なんだ、こいつは」
それは巨大なカブトムシ型の魔物だった。
俺たちを見下ろすほどの巨体をゆすりながら、その角を俺たちに向ける。
その角は太陽のように赤身を帯びた金色を呈していた。
「あれは『ヒヒイロカブト』。この深層の主よ。オリハルコンが好物なの」
「オリハルコンって、まさか聖剣の……」
聖剣の材料は希少金属のオリハルコンが使われている。
まさか、それを嗅ぎ付けてこいつが?
「気を付けてね。この魔物はロザリアに致命傷を与えた魔物だから」
「それって、こいつは君の……」
「来るわ」
ロザリーの育ての親にして、この木刀の制作者。
女巨人ロザリアの仇であると思われる魔物『ヒヒイロカブト』が背中の翼を広げ、俺たちに向かって威嚇した。
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