3話:契約
「──インパルスマンティス!? ルキウスの必殺技をくらって、まだ生きていたのか!?」
「キシャアアアアアア!」
インパルスマンティスは天井から地面に着地すると、俺たちに向かって咆哮する。
体長5メートル以上はある、巨大なカマキリ型の魔物──インパルスマンティス。
両腕にあるミスリル製の鎌でどんな敵をも一刀両断してしまう恐ろしい奴だ。
現在ムルタ連合国での攻略最先端……メインダンジョン第7層に出現するランクAの魔物。
そんな格上の魔物が、明らかに俺とロザリーに敵意をむき出しにしている。
見ると、その体の表面がいくつか炭化している。
ルキウスの放った一撃は、確実に奴にダメージを与えていたようだ。
だが、そのせいでルキウスの仲間であった俺を敵認定したのだろう。
「──はっ。仲間か。……あいつはそう思ってはくれてなかったようだけど」
脳裏に過るのは、ルキウスが俺に言った罵詈雑言の数々。
今まで、仲良くやってこれていたと思っていた。
しかし、それは表面的なモノに過ぎなかったのだろう。
人間は土壇場でその本性が出る。
好青年だと思っていたルキウスも、命の危機に直面すれば平気で人を傷つける。
──俺は、どうなんだ? この状況……この子を見捨てれば俺だけは助かる可能性はある。
インパルスマンティスは俺とロザリーの二人を標的としている。
ならば、枯れた世界樹に繋がり身動きがとれなさそうなロザリーを囮にすれば、少なくともこの場からは逃げることが可能だ。
「どうしたの? 人間さん?」
ちらりとロザリーを見る。
彼女は言った。守ってほしいと。
命の恩人でもあるロザリーを見捨てて、自分だけ助かる?
「……そんな選択肢。はじめから無い!」
俺は【収納】から木刀を取り出し、構える。
『木刀使い』のジョブスキルにより、ステータスが上昇する。
その上がり幅は雀の涙程度だが、無いよりはマシだ。
「ロザリー! あいつは俺が引き付ける! その隙に君だけでも逃げろ!」
【収納】から、彼女を逃がすために有効なアイテムを選択しつつ、俺は決死の覚悟でインパルスマンティスに突撃する。
「──人間さん、待って」
俺が駆けだした直後に、ロザリーは樹木の触手を伸ばし、俺の足首を掴んだ。
「ほげっ!?」
態勢を崩した俺は、ビターンっと顔面から地面に倒れる。
その弾みで、木刀が手からすっぽ抜けて宙を舞う。
木刀はクルクルと回転しながら、綺麗な軌道でインパルスマンティスに向かっていった。
「シャアっ」
インパルスマンティスは両腕の鎌をキラリと光らせ、目にも止まらぬ速さで振るった。
気が付くと俺の愛刀はみじん切りになっていた。
「せ、セイファートぉおおおおお!?」
密かに名付けていた、我が愛刀の名前を叫ぶ。
パラパラと霧散した木刀の欠片に、セイファートとの冒険の日々が映し出された……気がした。
「な、何するんだよ! 俺の愛刀が──」
「これ。忘れ物」
ロザリーに抗議するが、彼女はソレを遮るようにして白い木刀を差しだした。
「これはロザリアの形見。彼女が世界樹の枝を鍛えて作った武器。【世界樹の木刀】。人間さんにさっきあげたでしょ」
「世界樹の木刀? ま、まってくれ。そんなモノがこの世に存在するのか?」
神のごとき樹木『世界樹』。
天まで伸びる巨大な樹木にして、その内部には迷宮と呼ばれる異空間が広がっている。
人智を超えたこの世界の象徴とも言える世界樹は、ものすごく固い。
その表皮はオリハルコン製の武器でさえ、歯が立たない。
そんな世界樹を材質にして作られた木刀?
「はやくして。でないと──」
ロザリーの言葉を遮るように、もはや聞きなれた耳をつんざく音がする。
急いで振り返ると、インパルスマンティスが既に俺たちの頭上を陣取っていた。
「──私たち、死ぬわ」
羽を閉じたインパルスマンティスは鎌を振り上げながら、一直線に俺たちへと落ちてくる。
回避を考えるが、この距離では逃げ切れない。
それに、世界樹に繋がれてその場から素早く動けないロザリーを置き去りにもできない。
──迎撃するしかない。
そのためには武器が必要だ。
ルキウスの聖剣のように。
俺のジョブ『木刀使い』の力を十二分に発揮する強い武器が……
「ロザリー! ありがたく使わせてもらうぞ! ──っ!?」
俺はロザリーから世界樹の木刀を急いで受け取る。
そして、世界樹の木刀を装備した瞬間──力が漲るのを感じた。
「すごい! これなら!」
世界樹の木刀を握った瞬間、自信のステータスが激的に上昇したのが分かる。
全身から力がみなぎる。靄が晴れたかのように、思考がクリアだ。
「シャアァアア!」
インパルスマンティスは俺の脳天めがけて鎌を振り下ろす。
今までの俺ならば、とうてい反応できないスピードだ。
だが……
「おそい!」
鎌の最小限の動きで避ける。
そして、地を蹴った俺は意趣返しにとインパルスマンティスの頭部めがけて木刀を振るった。
洞窟内に、轟音が響く。
「…………マジ?」
俺の一撃はインパルスマンティスの上半身を消し飛ばしていた。
加えて、俺の振るった一撃は途轍もない衝撃波を産み、巨大なクレーターとなっていた。
「これ、俺がやったのか?」
まるで高位の魔法を撃った跡のようだ。
それを自分がやったなんて、にわかには信じられなかった。
下半身だけとなったインパルスマンティスは地面に崩れ落ち光の粒子となって消えていく。
その場にはインパルスマンティスのドロップ品である『ミスリル』が転がっていた。
「すごい。一撃で強そうな魔物を倒しちゃった。人間さん、アナタって強いのね」
ロザリーがパチパチと俺のことを称賛する。
「いや、俺が強いんじゃない。たまたま……うん。本当に運命的な組み合わせが起きた奇跡なんだ」
俺が強い。そんな今まで聞いたことない言葉に少しばかり恥ずかしくなった俺は、心なし早口で自分の強さの理由を説明した。
俺が『木刀使い』というユニークジョブであること。
世界樹の木刀という伝説的な装備のおかげで、ステータスが激的に向上したこと。
「──だからその……魔物を倒せたのは、この木刀のおかげなんだ。決して、俺が強いってわけじゃなくて……」
「でも『木刀使い』ってそういうジョブなんでしょ? なら、ジョブや武器の強さはアナタの強さなんじゃない?」
「あー……うん。まあ、そうとも言えるけど。うーん……」
ふと俺は、以前ルキウスが強いという話題になった時の彼の表情を思い出した。
それは誇らしげでもあり、また少し申し訳なさがあった不思議な表情だった。
その時は何とも思わなかったが……
「なるほど。あいつもこういう気持ちだったのかな」
「あいつって?」
「え? ああ、まあ……ちょっとね。それよりもだ」
ルキウスのことを考えると、どうも上手く思考が回らなくなる。
だから、これ以上ロザリーに追及される前に強引に話題を変える。
「ロザリー、君は言ったよな。この木刀を渡すとき、外に連れ出してくれって」
「ええ。言ったわ。私、夢があるの」
ロザリーがそう切り出すのと同時に、枯れた世界樹が光り出す。
そして、ロザリーの下半身の樹木たちが脈動すると、ブチっと下半身の樹木が切れた。
「よいしょっと」
ロザリーは下半身の樹木をコンパクトにまとめると、樹木を2本足にして立ち上がった。
「ロザリアが言ってたわ。この洞窟の外には、お日様や、青い空、どこまでも広がる大地があるって。だから私、決めていたの。いつか、外に出る。そして──」
ロザリーは樹木をヒールのように伸ばしながら、カツカツと地面を鳴らし、俺に近づいてくる。
彼女は俺の手を取って……
「枯れた世界樹(この子)の代わりに、大きな樹になってみせるって。ねえ、人間さん。私を連れってくれない? 私がスクスクと育つことが出来る、素敵な場所へ」
「………っ」
その姿に、どうして胸が高鳴った。
ドキドキと鼓動が早まった俺は気恥ずかしさからロザリーから顔を背けてしまう。
「ねえどうして顔を背けるの? 駄目なの?」
「い、いやそういうわけじゃなくて……そうだ、服! まずは服を着てくれ!」
そう、ロザリーの上半身は未だ裸のままだ。
この高鳴りはそのせいだと思った俺は、【収納】からビビアンから預かっている予備の服を取り出し、ロザリーに投げた。
「これを着たら外に連れてってくれるの?」
「ああ! 連れてく! 連れてくるから早く服を着てくれ!」
正直、勢いに任せてとんでもないことを言っている自覚があった。
彼女は魔物。つまり、人類の敵対者で倒さないといけない存在だ。
この深層と呼ばれる場所から、生きて帰れる保証もない。
仮に生きて外に出れたとしても、おそらくルキウス達と何かしらのトラブルが発生するのは明白だ。
だが、それでも。俺は彼女に外を見せてあげたいと思ってしまった。
「──ありがとう。ロザリアの形見をあげるから、私を外に連れていく。これは契約。絶対に忘れないでね」
そうして、不遇な木刀使いとドリアードは契約を結んだ。
それが、これから世界にどんな影響を及ぼすのか。おそらく誰にも分からないだろう。
「ねえ。これの着方が分からないわ。代わりに着させて」
少なくとも、こんな地獄のような気恥ずかさは今後も起こることはないだろう。
そう願いながら、俺は懇切丁寧に服の着方をレクチャーし始めた。
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