2話:ロザリー
ルキウスの攻撃に巻き込まれた俺は、意識を失い迷宮の底へと落ちていった。
そのまま死んだと思った俺だったが、どうやら目の前の少女に助けられたらしい。
いや、少女ではない。
たしかに上半身は緑髪の可愛らしい人間の少女そのものだ。
しかし、上半身から生える下半身は、樹木そのものだった。
『ドリアード』。珍しい人型の魔物だ。
上半身は人間。
下半身は植物といった外見をしており、樹の精霊なんても呼ばれている。
だが、彼らは魔物。つまり人間に対しての敵対者だ。
そんな存在が俺を助けた?
……言葉を喋っていることから、この魔物には知性がある。
なにか思惑があるのか?
「──これは世界樹の蜜。飲めば多少の傷はよくなる。飲んで」
ドリアード……いや、『ロザリー』は蜜を乗せた葉っぱを渡してきた。
蜜から香る甘い香りに、ごくりと喉がなる。
だが、もしかしたら毒かもしれない。
そう思って、俺が受け取らないでいると……
「毒は入ってないわ。この蜜は後ろの樹から採れたものだから」
ロザリーが後ろを見る。
つられて俺も彼女の視線の先にある、巨大な樹木を見た。
「これも……世界樹、なのか?」
「ええ。正確には世界樹の若木。本来は、この大地には二つの世界樹が育つはずだった。でも、片方は枯れて呑み込まれの。残った養分を吸って生まれたのが、私」
世界樹とは、この世界に9本しか存在しない神のごとき樹木だ。
俺たち人間は、世界樹の内部に広がるダンジョンの攻略することによって、生きる糧を手にしている。
世界樹の内部に広がるダンジョンの深部に、世界樹があるという事実に違和感を覚えるが、それ以上に神のごとき存在である世界樹が『枯れる』という事実がすごく奇妙だ。
「じゃあ、これ。飲んで」
ロザリーは再び蜜をすすめてくる。
言動から害意は感じないし傷も痛む。
俺を意を決して、蜜を受け取ると口の中に流し込んだ。
口の中に甘みが広がる。
少し、ドロドロとしていて呑み込みづらい。
肺に入らないように慎重に、蜜を喉に通していく。
そして、蜜をすべて飲み干すと……
「──すごい。痛みが消えた」
先ほどまで全身で感じていた痛みがスーッと引いていく。
立ち上がり、軽く体を動かしみる。
痛みもなく、どこか動かしづらいところもない。
すっかり全快となってしまった。
「ありがとう。おかげて元気なったよ。えっと……ロザリー」
「そう。よかったわ」
「~~っ!? と、ところでここは一体どこなんだ!?」
お礼を言うと、ロザリーは微笑んだ。
その姿は可愛らしくて、あまり女性経験がない俺は少し気恥ずかしかくなってしまう。
ソレをさとらないように、ワザとらしく周囲を見渡す。
俺が落ちた場所は、かなり広い洞窟のような場所だった。
俺が落ちてきたと思われる穴が天井に空いている。
洞窟内には、ヒカリゴケやダンジョンホタルといった光源になる存在が多数いた。
更に、ロザリーと繋がっている枯れた巨木自体も淡く光っている。
そのため、洞窟型の迷宮だというのにやけに明るい。
だが、今まで見たことのないダンジョンの光景だ。
ここは一体どの階層なんだ?
「ここは世界樹のダンジョン第一層の更に下、深層と呼ばれる場所よ」
「深層? 聞いたことないけど……」
「私もロザリアから聞いたことがあるだけ。実際どういった場所かは説明できないわ」
「ロザリア? 君以外にもドリアードがいるのか?」
「いいえ。ロザリアは私の育ての親。ほら、あそこよ」
ロザリーは下半身が繋がっている枯れた巨木の根元を指さす。
「──っ! あ、あれは……巨人!?」
枯れた巨木の根元には、巨大な人型が鎮座していた。
ボロボロのローブを頭から被り、ローブから覗く手足にはさび付いた鎖が垣間見えた。
俺は咄嗟に、臨戦態勢を取った。
「あれはロザリア。私が寄生しているこの世界樹の育手。……安心して。もう死んでいるわ」
そう言われて、俺はロザリアと呼ばれた巨人にゆっくりと近づく。
そして、巨人がすでに事切れていることを理解した。
「巨人……おとぎ話でしか見たことのない生き物だ。……この人が君の親、なのか?」
「そう。ロザリーという名前も彼女が付けてくれたの」
彼女……名前からしてこの巨人は女性なのか。
ローブから見える手足はよく見ると、腐った樹木を連想させる状態だ。
巨人の身体は、俺たち人間と違い樹木で出来ていると聞いたことがある。
この腐り具合から、亡くなってかなり時間が経過しているのが予想できた。
「……何しているの?」
「え? ……あ」
俺は自然と巨人の亡骸に合掌をしていた。
俺が生まれた故郷では、腐ってしまった木々に対して黙祷を捧げる文化が根付いていた。
どうやら、自然とその習慣が出てしまったらしい。
「──ロザリアに祈ってくれたの? 優しいのね、人間さんは」
「……まあ、故郷の変な習慣でね。あと、名乗ってなかったな。俺はクルス。クルス・イーラシルだ」
「そう。よろしくね、人間さん」
「あ、あはは。うん。よろしくロザリー」
名乗ったのに、変わらず人間さんと呼ぶロザリーに少し戸惑う。
だが、彼女は命の恩人だ。
これまでのやり取りから、彼女は敵ではないのは明らかだ
俺は失礼のないように、握手を求めて手を差し出した。
「……? なにするの?」
「えっと、これは握手だよ。君と握手をしようと思って」
「握手って、何?」
「あー……仲良くなるためのおまじない……かな?」
俺の説明を聞いて、ロザリーは自身の手と俺の手を交互に見る。
「そう。なら、握手……するわ」
そう言って、思いのほか力強くロザリーは俺の手を握りかえしてきた。
少し冷たい感じはするが、故郷の妹と同じすべすべとした少女の手だった。
「じゃあ、これで人間さんと私は仲良しね?」
「うん? まあ、そうなるけど……」
「なら、人間さん。早速だけど、私のお願いを聞いてくれるからしら?」
そういうと、ロザリーは下半身の樹木を一本、触手のようにして、巨人へと伸ばした。
そして、巨人のローブの中にするりと樹木を滑り込ませると、何かを掴んで戻ってくる。
彼女が掴んでいるそれは、枯れた世界樹と同じ色をした美しい白い木刀だった。
「──これをあげるわ。だから……」
白い木刀をどういうわけか、俺に差し出してくる。
直後、洞窟内に耳をつんざくような音が響き渡る。
見ると、俺が落ちてきたと思われる天井の穴から、何かが這い出てくるのが見えた。
「ロザリアの代わりに、私を守って。──そして、私に外を見せて」
ロザリーがそう言い終わるのと同時に、その影の正体が視認できた。
「インパルスマンティス……! 生きていたのか!?」
俺が奴の名を呼ぶのと同時に、インパルスマンティスは両手腕の鎌をかき鳴らしながら、咆哮をあげた。
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