1話:出会い
ムルタ連合国の『メインダンジョン』の第三層。
俺たち勇者パーティ『湖の乙女』は、背後から迫る魔物から逃げていた。
後ろを振り向けば、Aランクのカマキリ型魔物『インパルスマンティス』がすぐそこまで迫っている。
「ダメ! このままじゃ追いつかれる!」
パーティリーダーである女勇者『ビビアン』は悲鳴を上げる。
彼女の言葉に俺以外のメンバーである、魔法使い。賢者。そして『聖剣使い』も顔色が思わしくない。
「はあ、はあ……っ! どうして、こんなことに」
息を切らしながら置いていかれないように俺も必死に走る。
こんなことになるなんて、つい先ほどまで考えもしなかったというのに…
◆◇◆◇
この世界に存在する9つの世界樹。
その一つを中心に栄えているのがムルタ連合国。
俺──クルス・イーラシルは女勇者『ビビアン』が率いる勇者パーティの荷物持ち(ポーター)をしていた。
今日は、世界樹内部の『メインダンジョン』の第三層に来ていた。
目的はカマキリ型の魔物『ストライクマンティス』のドロップアイテムだった。
ストライクマンティスはレアタイプ……遭遇率が低い魔物だ。
約数時間の探索の末に俺たちはストライクマンティスを見つけ撃破に成功した。
目的だったドロップアイテムの手に入れ、帰還しようとした矢先にビビアンが……
『ねえ。これってもしかして隠し部屋なんじゃない!?』
彼女が指さした迷宮の壁には、確かに一部不自然な場所があった。
迷宮内には『隠し部屋』と呼ばれる場所がある。
そこは文字通り存在を隠されており、中にはレアアイテムが落ちているとされていた。
『折角だし、このまま行ってみましょうよ!』
ビビアンは笑顔でそう提案するが、俺は反対だった。
隠し部屋には確かにレアなアイテムがあるが、時々強力な魔物が出現することもあるのだ。
俺を含めて『魔法使い』のマーリンや『賢者』ウルベアも反対した。
しかし、『聖剣使い』のルキウスが……
『そうだね。もう少し成果が欲しいから僕は賛成だな。それに、何かあっても僕がみんなを守るよ!』
眩しい笑顔でそう言い切ったせいで、俺たちは隠し部屋に入ることになってしまった。
このパーティは『勇者』のジョブを持つ少女ビビアンを中心に結成されたパーティだ。
しかし、実際にパーティの中枢を担っているのは、ビビアンでは無い。
それはビビアンが恋する相手、ユニークジョブの『聖剣使い』ルキウス……彼がこのパーティの中心だった。
彼は金髪青目で容姿端麗正な青年だ。
個人的にはキザッたらしい言動が鼻につくが、うちの女性陣…特にビビアンの受けは良い。
生まれは由緒正しい貴族らしく、冒険者ギルドが推薦するほど優秀な人物だった。
ビビアンはルキウスを好いており、守ってあげると言われたせいか危機感ゼロな感じで隠し部屋に入っていく。
荷物持ち(ポーター)に過ぎない俺は祈る思いで、彼らと一緒に隠し部屋に入った。
だが、俺の祈りも虚しく隠し部屋に入った瞬間地面に魔法陣が出現した。
魔法陣から出現したのはストライクマンティスの上位種である『インパルスマンティス』。
本来ならば第七層以上に出現するAランクの魔物だ。
こちらは長時間の探索で体力・魔力共にギリギリだった。
応戦するか、撤回するか。間違った選択をすればパーティが全滅するという危機的な状況だ。
だが……
『あ、あ……』
肝心のリーダーであるビビアンは、強力な魔物の出現に放心してしまっていた。
どうすればいいのか分からず混乱する俺たちだったが……
『──ここは僕に任せろ! 僕と! この……聖剣【デュランダル】に!』
ルキウスは芝居が掛かった言動で、インパルスマンティスに切りかかっていく。
『○○使い』というのはジョブは戦闘系ジョブの中でも比較的珍しい。
ジョブの特徴としては、特定の武器を装備することでステータスが劇的に向上するという点だ。
ルキウスの場合は聖剣使いという名の通り、聖剣と関した武器を装備することで、勇者や聖騎士といった上位ジョブを上回るステータスを手にすることが出来る。
逆に欠点として、○○使い系のジョブは、装備品の条件を満たしていないとステータスが全く変化しないという事だ。
加えて、〇〇使い系のジョブは、習得できるジョブスキルの数が極端に少ない。
そのため、例えば戦闘中武器を失うことがあればただの役立たずになり下がる。
『──っ! こいつ、思った以上に強い……う、うわっ!?』
ルキウスはやや苦戦しながらもインパルスマンティスの鎌を弾いていた。
しかし、何度かの攻防の末、ルキウスの聖剣『デュランダル』が弾かれた。
宙を舞うデュランダルはそのまま、隠し部屋の暗がりに飛んでいってしまう。
聖剣を握ったルキウスのステータスは、単身でAランクの魔物と渡り合えるほど高い。
しかし、聖剣を失ってしまった聖剣使いはジョブとしての恩恵を受けられなくなり、ただの無能と化してしまう。
『て、撤退~! 撤退だ~!』
ルキウスはステータスが下がっていると思わせない程の素早さで、一人逃げしていく。
『ま、待ってくださいルキウス様~っ!?』
それに続き、我に返ったビビアンや、マーリン、ウルベアが逃げ出していく。
『お、おい! 聖剣を置いていくのか!?』
その時、咄嗟に俺はどこかに落ちていった聖剣『デュランダル』を探すために駆けだしていた。
なにせ、俺もルキウスと同じ系統のジョブだ。
武器を失ったときの不安は嫌になるほどわかる。
それに、聖剣を手に数多の魔物を切り伏せていったルキウスが、まさか我先に逃げ出すとは思っていなかったのだ。
『くそっ! 本当に武器を置いて逃げていきやがった! ──あった!』
思いのほか近くに落ちていたデュランダルを見つけ、俺も急いで隠し部屋から逃げようとする。
だが、インパルスマンティスは隠し部屋から脱出したルキウスから、まだ部屋の中にいる俺に狙いを定める。
『一撃だけでもやり過ごせれば……っ!』
俺は空間魔法『収納』に仕舞っていた、逃走用の煙幕球を取り出し地面に投げる。
これは俺の私物ではなく、パーティで使うためのアイテムなのだが、この際仕方がない。
煙があたりに充満し、インパルスマンティスは俺を見失ったのかあたりをキョロキョロとする。
そして、今度は『収納』から俺の武器──『木刀』を取り出し、装備する。
木刀を握った瞬間、俺のステータスが僅かにだが上昇する。
そう、俺もルキウスと同じ系統のジョブを持っていた。
ただ、俺の場合は『木刀使い』。
ルキウスと比べて、適性武器を装備してもステータスの上昇量は極わずかという、あまりにも貧弱な不遇ジョブというやつだが。
『奴が俺を見失っている隙に──』
煙幕に身を隠しながら、出口に向かって走る。
しかし、さすがはAランクの魔物というべきか、インパルスマンティスは俺の位置を予測して鎌を振り下ろしてきた。
『──聖剣ガード!』
咄嗟に拾ったデュランダルでガードをする。
当てずっぽうに鎌を振られたのが功を奏したのか、貧弱な俺のステータスでも攻撃を防ぐことに成功した。
そして、運よく部屋から脱出できた俺は遠方に見えるルキウスたちを追いかける。
しかし、インパルスマンティスは獲物を見逃すほど甘い相手ではない。
こうして、俺たちとインパルスマンティスの追いかけっこが始まったのだ。
◇◆◇◆
今までの顛末を思い出しながら今の状況はどうするべきか頭を悩ませる。
魔物との追いかけっこもそろそろ限界が近い。
インパルスマンティスは移動速度が並み程度らしく、何とか逃げ続けられている。
だが、俺たち魔物の体力には大きな差がある。
元々体力的にぎりぎりだったせいもあり、もう俺たちに逃亡劇を続ける気力は残されていなかった。
「──あ! みんな、もうすぐ階段だよ!」
ビビアンが明るい声で前方を呼び指す。
彼女の指先には、橋が見える。
その先には、下層に渡るための階段がある。
魔物は基本的に階層を跨ぐことができない。
──逃げきれる。
重い足に活を入れて、ラストスパートを駆ける。
そして、先頭を走っていたルキウスが橋を掛け抜け、続けてビビアン、マーリン、ウルベアが橋を渡りきる。
あとは俺だけだ。
そう思って橋を渡ろうとした矢先……
「ビビアン! 君の聖剣をかしてくれ!」
「え? どうして──」
「いいから! 早く!」
ルキウスは焦った様子で、ビビアンから聖剣『エクスカリバー』を手渡すよう催促していた。
そのやり取りに嫌な予感がした俺は、橋を渡る速度を速める。
直後、耳をつんざく音が聞こえた。
振り向くと、背中から羽を展開したインパルスマンティスが俺を飛び越えてルキウスたちの方へと向かっていた。
「──さっさと寄こせ、このブス!」
「る、ルキウス? きゃあっ!?」
ルキウスは強引にビビアンから聖剣を奪い取る。
聖剣を握った瞬間、ルキウスの闘気が正面から降り掛かってきた。
体制が崩れ、落ちそうになった俺は橋にしがみつく。
そして、ルキウスの方を見ると、聖剣『エクスカリバー』の刀身から、光があふれだしていた。
その構えは聖剣使いの最強技を発動するためのモノだ。
「──おい、まさか……」
ルキウスが何をしようとしているのか察した俺は、それを止めるべく声をあげる。
「待ってくれルキウス! それじゃあ俺まで巻き込まれる!」
「うるさい! このままじゃ全滅だ! なら、無能を一人犠牲にして生き延びた方がいいに決まっているだろうが!」
「なっ……」
ルキウスの言葉に声を失ってしまう。
確かに俺は荷物持ちしか出来ない不遇ジョブ持ちだ。
それでも、これまで一緒に苦楽を共にしてきた仲間だと思っていたのに。
「お、俺はお前たちのこと……仲間だと。ルキウス、俺はお前のこと──」
「──はっ。僕は君のこと嫌いだったよ。無能のクルス。『ディバイン・セイバー』!」
ルキウスの俺を見る、侮蔑のこもった視線。
ルキウスが呪文を唱えると、聖剣『エクスカリバー』の刀身から、光属性の魔力が洪水のように溢れだした。
光はインパルスマンティスを呑み込み、その余波は俺にまで及んでくる。
既に戻る時間もない。
橋は千切れ、突然の浮遊感が俺を襲う。
空中に投げ出された俺はそのまま光の洪水に呑み込まれた。
◇◆◇◆
俺──クルス・イーラシルは生産職しかいない、ド田舎の農家に生まれた。
ジョブによって生き方を強制されるこの世界で、生産職のうち農家のジョブを授けられた人間は悲惨だ。
何せ、地面の下には世界樹の根が血管のように張り巡らされており、まともに作物なんて育たない。
辛うじて、農家のジョブスキルを使えば生産は可能だが、収穫は極わずか。
今では、迷宮内で採れる農作物が主流となっており、農家の暮らしは貧しさを極めていた。
そんな故郷において、俺は幸運にも戦闘系のジョブを授かることが出来た。
だが、それは史上最悪の不遇職と呼ばれる『木刀使い』。
木刀という入手が簡単な装備をするだけで良いというメリットを帳消しするほどに、欠点……つまりは、ステータスの上昇幅が低い。
そのため、殆ど無職と言っても差し支えない俺だったが、貧しい家族のため、そして俺の夢のために冒険者になる道を選んだ。
だが、現実は過酷で辛いことばかりだった。
戦闘では役立たずと罵られ。
同世代の冒険者たちが着実に力をつけていく中、一人雑用係としてこき使われる日々。
それでも努力は怠らず、せめて荷物持ち(ポーター)として活躍できるように、独学で魔法も学んだ。
そして、俺と同系統のジョブで最高峰かつ憧れだったルキウスと同じパーティに入ることが出来た。
だが、結局俺の努力は無意味だった。
最後は見捨てられ、憧れの相手に引導を渡された。
──ああ、くやしい。
せめて、俺にも…
あの聖剣のような……強い木刀があれば──
──みんな、約束を果たせなくてごめん。
「――きて。──え、起きて。いい加減、起きて」
綺麗な声に呼ばれて、俺はハッと目を覚ます。
見ると、少女が俺のことを見下ろしていた。
──俺、生きている?
その事実に驚き、飛び起きる。
「痛っ……!」
瞬間、全身に鈍い痛みがはしる。
「無理はダメ。あんな高いところから落ちんたんだもの。まだ、寝た方がいい」
少女は淡々と、ひどく無感情な言葉づかいで声を掛けてきた。
俺は少女の言葉に素直にうなずき、横になる。
「君が助けてくれたのか? 君は一体……っ!?」
改めて少女の方を振り向いた瞬間、言葉を失った。
「き、君は……」
綺麗な少女だった。
薄緑の髪に、整った顔立ち。
深紅の瞳に、色白の肌でまるで人形と見間違えるほどに美しい。
だが、その上半身は何も身に着けておらず、未成熟な少女の身体があらわれになっている。
だが、驚く場所はもっと別にある。
少女の下半身。
そこには、本来あるハズの足は無く、代わりに樹木が生えていた。
上半身から生えた樹木はまるで血管のように蠢き、少女の背後にある真っ白な樹木に繋がっている。
その異様な姿に、俺は見覚えがあった。
まさか、この子は人間じゃなくて……
「はじめまして。私はドリアードの『ロザリー』。よろしく。落ちてきた人間さん」
少女──ドリアードのロザリーはそう言って、微笑んだ。
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