The final eternal 2
シベリア鉄道。
食堂車で夕食をとるスーツ姿のジョージとアン。
「鉄道の旅はいいね。何より楽ちんだ。」
「あんたねぇ、狭い客車内で敵に襲われたらどうすんの?」
「逃げ場ないじゃん?」
オニオングラタンのパンにフォークを突き立てるジョージ。
「しょうがないだろ。船で行けば数カ月かかる。」
「自動車か馬車で行くには、この老いぼれの体が持たないんでね。」
不機嫌そうにステーキの肉片を口に運ぶアン。
通路を挟んだテーブルから声をかけるヴォルフ。
「でもロシアとニッポンの戦争が終わったとこでしょ?」
「そんな真っただ中、どうかしてるわ。」
「あの、スチュアート卿でいらっしゃいますか?」
返答するジョージと訝しげにヴォルフを見るアン。
「いかにも、そうですが。君は?」
「失礼しました。シックルグルーバーと申します。」
「ウィーンの美術アカデミーで建築学を学んでいます。」
ヴォルフに探りを入れるジョージ。
「なぜ、私のことを御存知です?」
「私の生まれる前の、インドや中国、エジプトでのご活躍は書物で存じております。」
ヴォルフの返答にドヤ顔のジョージに呆れるアン。
「地政学、軍事学にも興味があるものですから...」
「機会があれば、お話を伺いたいと思っておりました。」
「ほほう...」
探りを入れるジョージに無難に答えるヴォルフ。
「シックルグルーバーさんはどちらまで?」
「ハルビンで乗り換えて上海に行きます。」
「ほう、上海にはどのようなご用向きで?」
「夏季休暇を利用して、上海に引っ越した友人を訪ねようと思ってます。」
ジョージの返答にハテナなヴォルフ。
「スチュアート卿はどうなさるんですか?」
「私もね、古くからの友人を見舞うつもりです。」
「お見舞い?」
「ご友人はどこがお悪いのですか?」
「あー、強いて言えば『間が悪い』ですかな。」
「間?」
「ええ、『間』です。」
立ち去るヴォルフを見送るジョージとアン。
「上海でお会いしましたら、ぜひ続きをお聞かせください。」
「よろこんで。」
ヴォルフを目で追うジョージを鼻で笑うアン。
「善人ではないが、悪人でもない...」
「途轍もない善人か、極悪人、だな。」
「フン。」
ハルビンで東清鉄道哈大線に乗り換えるジョージ達。
線路図を前にうんざり気味の二人。
「奉天と天津で乗換か...」
「どんだけ乗り換えんのよっ!?」
気配を感じるアンを気に掛けるジョージ。
「ん...」
「どうした?」
辺りを目で探るアン。
「大勢喰らいついて来てるわ、アンタにね。」
英字新聞を読む会社員風の欧米人。
紙面。
「JoJo The Governor of NY」
「keeps large lead」
「In Presidential election」
「色男は辛いね?」
「ぬかせっ!」
上海駅。
両手にトランクを持ち、くたびれた様子の二人。
「ふう、やっと上海か...」
「宿は取ってんでしょうね?」
「ご心配なく。」
大和ホテルの前に馬車から降り立つジョージとアン。
「うおっ!?」
「どうだい、立派なもんだろ?」
「やっと湯船に浸かれるわ。」
「蛇でも行水は必要なのかい?」
「うっさいわっ!」
大和ホテルのロビーを受付カウンターに向かう二人。
ジョージに気付く、ソファに座っているカンジ。
「っ!」
ジョージに駆け寄るカンジ。
「ステュアート卿っ!」
「?」
興奮気味のカンジに引き気味のジョージ。
「ジョ、ジョージ・ステュアート卿、ですね?」
「い、いかにも、そうだが?」
非常識なカンジに苛立つアン。
「じ、自分を弟子にしてくださいっ!」
「ちっ!」
カンジを足蹴にするアンに狼狽えるジョージ。
「おととい来い、この野郎ッ!」
「うばっ!?」
「て、ええっ!?」
ひっくり返るカンジに啖呵を切るアン。
「なんだ、お前っ!?礼儀を知らないのかいっ!」
「あ、す、スンマセン...」
さらに吠えるアンに狼狽えるジョージとカンジ。
「そんでな、ジョージは弟子は取らないんだよっ!」
「ええ、そうなの?」
ロビーの応接セットでカンジの話を聞く二人。
「明石先生に上海に来ているステュアート卿を訪ねるようにと...」
「アカシ?モトジローかね?」
「はい。」
「奴はどこにいるんだ?」
「奉天に...」
「ま、そうだろうな。」
アンの問いに面倒臭そうに答えるジョージ。
「なに?その、アカシって?」
「まあ、我々にとって小賢しい存在ってやつさ。」
テンションの高いカンジを持て余し気味のジョージ。
「で、君は何なんだ?」
「白井莞爾と申します。陸軍幼年学校、いや軍事学を学んでいます。」
「学校はいいのかね?」
カンジの答えを受けて、茶化すアンにうんざり気味のジョージ。
「は、夏季休暇ですのでっ!」
「はは、アンタは夏休みの宿題なんだって。」
「うるさいよ。」
ジョージに問い詰められ、焦るカンジ。
「どうでもいいが、君の目的ははっきりしている。」
「私に張り付いて動向を探れって、モトジローに言われてるんだな?」
「え、いや、その...」
カンジに蹴りを入れるアン。
「あからさまにスパイだってヤツを、弟子に取るってやつがどこにいるんだよっ!?」
「ぐあっ!?」
アンを制するジョージ。
「まあ、カンジ君。スパイどうのは別として、弟子とかは考えられん。」
「お引き取り願いたい。」
ズボンのポケットを探るカンジ。
「あ、でも...」
「宿代が無いって言うんだろ?」
カンジの財布を手にするジョージ。
「え、あ、そう、あれ?」
「これのことかい?」
あっけにとられるカンジを尻目に財布の中身を改めるジョージ。
「え、なん...」
「ふん、確かに生煎饅頭くらいしか買えないな。」
財布をカンジに投げるジョージ。
「その度胸に免じて、その辺の安宿に泊めれるくらいは貸してやろう。」
「それからは日本領事館を頼りなさい。」
涙目でジョージを見つめるカンジ。
不意を突かれたジョージ。
「こ、これからですか...」
「!」
無表情に顔を見合わせるジョージとアンを目を潤ませて見つめるカンジ。
「...」
カンジに蹴りを入れるアンと不機嫌そうに答えるジョージ。
「どんだけ、図々しいんだよっ!」
「わかったカンジ君...」
蹴られた顔を抑えながら喜ぶカンジ。
「今日はここへ泊っていい。だがな...」
「ああ、有難うござ...」
ジョージに睨みつけられて、慄くカンジ。
「これ以上、私を不機嫌にさせるな。」
「君の身のためだ。」
「は、はひっ。」
用意された部屋に入り、ドアを閉めるカンジ。
「...」
部屋の片隅の机の前の椅子に座り、式札の束にメッセージを書き込むカンジ。
「...」
式札の紙ヒコーキを手に窓を開けるカンジ。
「...」
風に乗り窓辺を離れていく紙ヒコーキ。
「...」
ほくそ笑みながら、窓辺から紙ヒコーキを見送るカンジ。
「ふふ...」