8.3 露空
真子にばんっと背中を叩かれた。
表情がきらきらと興奮している。拙論にご満足いただけたらしい。
「星羅すごいー!探偵みたい!でも察してたんなら言ってよ!」
「いや、全部妄想の域を出てないんだって。
まぁ真実だとしたら、悠馬さんちょっと匂わせすぎでは?とは思ったけど・・・」
相手との絆をちらつかせることで自分を保ってたんだろうな、と思う。
それほどまでに不安で仕方なかったのだろう。
「いやまあそのパートまでは良かったんだけどさ、その先よ問題は・・・」
溜息が際限なく出てくる。
コーヒーを持っていない方の手で顔を覆ってうめく。
「どうしてあんな捲し立てちゃったんだろう・・・勝手にやってろとか
・・・今思うとほんとめちゃめちゃなだし私情が全開・・・死にたい・・・」
「いや、あれは悪いことなにも言ってないじゃない。
言ったことも全部、星羅にとっての正義には、反してなかったでしょ?」
「そうだけど、そんなものに従って動いてよかったのかな。医療者として。」
「そんなもんだよ。みんな職業倫理とか偉そうにいうけど、結局各々好きなように動いてるんだよ。」
「まぁ・・・そうなのかなぁ」
研修医1年目、数年後の自分たちが今の会話を聞いたら青くて恥ずかしくて、もう一度死にたくなるかもしれない。
「そういうもんかなぁ」
それでも、真子だけはこうしてありのままの私を肯定してくれるから、明日も地に足をつけて立っていられる。
「私は星羅のそーゆう自分曲げないとこ好きよ!かっこいい」
「そうかなぁ」
にっこりと真子が笑う。
全ての色を濁らせ霞ませる曇り空の下。
顔色がくすんでもおかしくないのに、私の親友は今日も最高に可愛い。
「・・・そうだといいなぁ・・・。」
共通の正義なんて幻だし、今は欲しくない。
「それに、まだ短期アウトカムしか出てないけど、あの2人にとっては正解だったんじゃない?」
真子がiPhoneの画面を私に見せてきた。
昨日の夜に投稿されたInstagramのストーリー画面だった。
アカウント名は@yamamototakuya。写真に映っているのは悠馬さんがカクテルをサーブしながらカメラ目線で笑っている姿と、
「『いろいろ落ち着いて、久しぶりに行きつけのバーに来ました。
いつものカクテル今日もおいしいありがとう』だって~」
写真に添えられたコメントを、真子が読み上げる。
その白々しさに怒りが湧いてきて、私は反射的に口走っていた。
「てめぇふざけんなよ、山本拓也」