7.2 吐露
「あぁぁっ待って」
緊張を破る素っ頓狂な声があがった。
一触即発の状態にあった私と山本拓也は、一旦武装を解き、声の主である真子の方を振り返る。
真子はiPhoneを握りしめて、えへっと力なく笑った。
誤魔化す気力もなさそうなその表情から、何かまずいことが起きたのがすぐにわかった。
「待って、やばい・・・」
「真子、どしたの」
「・・・悠馬さん、これから駆けつけるって。もう今、タクシーでうちの病院向かってるって…」
「はぁ?」
「えぇ?」
プライバシーは二の次だ。
私は真子のiPhoneをひったくる。
「え?!なんで?真子、今日私たちが会うこと言った?!」
「言ってないよぅ…
あ、でも、朝、個人LINEで、山本さんの顔写真送ってって言っちゃった。
私、そしたら確信持てると思って。顔見たらわかるから確実かなと思って・・・
で、思いついたの昨日の夜だったから・・・
今日の9時までにお願いしますって言ってしまった・・・」
やばさというものは定量化できない。多分。
でも、この状況は、さっきの話の流れからして、まず間違いなく、とてもものすごく、やばい。
「『拓也が居るかもしれないんですね?僕も御崎十字に向かいます。着く頃にまた連絡します』・・・」
悠馬から2分前に届いたLINEメッセージを読み上げる。
私と山本拓也は、揃って間抜けに口をぽかんと開けてしまった。
いや、私でもやるかもしれない。立場が逆だったら。
顔写真1枚から確実に標的を割り出せる自信があったなら。
だから真子は、あのとき正面から山本拓也を見なければいけなかった。
なんにせよ今、言わざるを得ない、真子、君は、
「・・・いったい何やってんの?」
「ごめん、やばい何も考えてなかった。・・・いやほんとごめん!
悠馬さんのことだから、今日9時までって言われたら察して来ちゃうよね。
バーテンダーだから朝仕事ないもんね、うわぁ、やってしまった・・・」
うわぁ、間違いない、こいつは白坂真子だ。世界一隠し事ができない奴だった。忘れてた。
あまりのことに私は頭を抱える。
山本拓也は長い長い息を吐いた。
心底呆れた顔をした彼に、舌打ちされる。
「万が一、あいつが俺のストーカーとかだったらどうするんだよ?あんたらほんと考えなしだな。迷惑」
乱暴な言い方だけれど、今度こそは言い返す言葉がない。
確かに、こんな考えなしの私たちは探偵にはなれなそうだ。
「どうする・・・?こう言ってるなら、会わずにうまく言って帰ってもらう・・・?」
さっきの勢いはどこかへ消え、真子は目に見えてしゅんとしていた。
頭ごなしに怒れず、私も大きな大きな溜息をつく。
「いや、もう無理でしょ。悠馬さんわかっちゃってるよ。このまま会ってもらえば…」
「だから会わないって言ってるだろ!!」
「・・・まだわかんない」
絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。
「どうして会わないのか・・・説明、してください」
手負いの獣が、今にも噛みつきそうな形相で、私のことを再び睨みつけた。
私は怯みながらも、真っ直ぐに彼の瞳を見つめ返した。