7.1 吐露
「・・・だったらなんなんだよ」
山本拓也が唸る。
その切り返しが、イエスと同義になっているのに気づいているのだろうか。
私たちの方が目線が高いのに、頭を低く下げて飛びかかろうとする肉食獣に気圧される。
「いや、他意は全くなかったんですけど・・・すみません・・・」
「悠馬が言ったのか?」
「私個人の推測です、見当はずれだったら申し訳ないです」
くっきりとした二重の目の端がキッと吊り上がる。
言葉をまた一段階荒げて、山本拓也が言った。
「申し訳ないってさ・・・白々しい。
同性愛者なんて自分とは違う人種だと思ってんでしょ。だから病院は嫌なんだ」
地面に吐き捨てるような口ぶりに、私もむっときて言い返す。
「そう思われていると感じられるなら、こちらが至らないということなので申し訳ないです。
でも、ご病気に直接関係ないことを、医療者の立場からとやかく言うつもりは、少なくとも私には無いですね」
返事の代わりに舌打ちが返って来た。
車椅子のフットレストの上で、左足が貧乏ゆすりを始める。
「私たちのこと、そんなに信用できませんか」
「先生方みたいな普通にまともな人間には、俺らの気持ちなんかわかんないですよ。どうせ。」
山本拓也は、拗ねたような表情をしていた。
売り言葉に買い言葉がもっと続くかと思ったけれど、私が先に苦笑してしまう。
「まともな人間ねぇ・・・」
―――私たち医療者は、まともな人間に分類されるらしい。
そうか。そうだよな。命を預ける相手がまともじゃないと困るもんな。
「何笑ってるんだよ」
山本拓也が不満そうな声を漏らす中、真子がそっと私の方を見る。
真子はきっと、私の苦笑いの意味を解っている。
「いや、まともに見えてるならよかったですよ。本当に…」
両耳に刺さったピアスを、指でそっと撫でる。左に3個。右に5個。
仕事中は目立たない小さなスタッドを着けて、上からウルフヘアを被せて隠しているけれど、
そもそも何で隠さなければいけないのか、色々なもっともらしい理由に納得はしていない。
どうして私たちは、皆と違うってことを隠さなければならないのだろう。
隠そうとしていることの大概は、唐揚げが好きかオムライスが好きかくらいの小さな違いであって、
何故そんな些細な違いがこの世界では、むやみやたらと重々しく受け止められてしまうのだろう。
面と向かって否定されるわけじゃない。
でも全国民が唐揚げ定食を等しく愛しているのが当たり前の国で、
実はオムライス毎日食べるんですって言ったら、異星人を見るような目で見られるから言い出せないんでしょう。
本当にくだらない例えだけれど、貴方が苦しいのって、きっとそういうことなんでしょう。
「言いたいことがあるなら言えばいいじゃないすか?」
私たちを睨み付ける山本拓也の顔は、手負いの獣が苦しげに助けを求めているようにも見えた。
今にも泣き出しそうに潤んだ瞳が、やっぱり悠馬に似ているな、と少しだけ思った。
―――まともに見えちゃってるっていうのも、それでなかなかに生きづらいんですよ、おにいさん。
彼の耳にはきっと届かないであろう言葉を、私は喉の奥まで呑み込んだ。