6.5 吐息
「悠馬さんとは、この病院でお会いしました」
話しても差し支えないラインを探りながら、持っている情報を取捨選択する。
この2人の距離感。親しさ。悠馬が抱えている精神的な不安定さを知って離れてゆく人なのか、それとも歩み寄り支えることができる存在なのか。
今までの手がかりから察するに、この人たちはーーー
「山本さんが事故で亡くなったかもしれないと、共通の知人から伺っていたそうです。
それをきっかけに心にダメージを負ってしまったようで、
・・・睡眠薬とワインを大量に飲んでしまい、当院に救急車で運ばれました。
その際に救急外来で対応させていただいたのが私です。」
山本拓也の表情は、黒いウレタン素材のマスクに半分隠れていたが、私の説明に対して少しだけ動揺の色を見せた気がした。
束の間、彼は俯いて私から視線を逸らす。
「それだけ?」
「・・・すみません、それだけです。後日偶然お会いしまして、そのときに、このネックレスを山本さんに渡してくださいとーーー」
「受け取れない」
彼が発した言葉の温度の低さに、これ以上立ち入らせまいという頑とした拒絶を感じた。
私より先に、真子が驚きの声を漏らす。
「・・・え?」
「だから、受け取れないって言ってるんですよ」
山本拓也は、今にも舌打ちしそうな勢いで、いらいらと車椅子の車輪を回し始めた。
一刻も早くこの場を立ち去りたい、という雰囲気を醸し出している。
真子とふたりでバリケートを築きながら、
夜道で行く手を塞いでくる居酒屋のキャッチ店員を思い出し、だんだん滑稽な気分になってきた。
―――だから、二次会のお店は間に合ってますって。
ーーー急いでるんで。
そう言われてるみたいな、この、迷惑がられて、人としても見られていない感じ。
一人前に白衣を着ていても、中身の私たちにはそれに見合う威厳は備わっていないから、強い視線を向けられるとすぐに萎縮してしまう。
「事故に遭ったときに決めたんです。もう昔の友達とは縁を切るって。
今までと同じ関係性は続けられそうにないし・・・負担になるくらいだったらもういいやと思って。
俺、スポーツマンだったし、フットワークの軽さが自慢みたいな奴で…仕事も営業職で…
もう全部ダメっぽいんで、こんな状態の自分を見られるくらいなら死んだ方がましですよ。」
彼の語り口。
どこか拭えない違和感を解消しようと、言葉を選びながら問いかける。
「・・・山本さんが事故で亡くなったと悠馬さんに伝えてくれたのはおふたりの共通の友人で、
つまりその友達とは連絡を取ってらっしゃったんですよね。
どうして悠馬さんとは会わないことにしたんですか?嘘をついてまで・・・」
山本拓也の顔のマスクから出ている部分が、血が上ったようにさっと赤くなる。
「悠馬が俺にとってどんな存在かも知らないのに、好き勝手言わないでくれます?」
「・・・パートナー・・・ですよね?」
私の直感が理性の先回りをして、勝手に答えを言ってしまった。
山本拓也が、固まった。
外来のざわめきを、遠くに感じた。
パンドラの匣が、軋みながら開く音がした。