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5%の冷やした砂糖水  作者: 煙 うみ
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6.3 吐息

水曜日の9時半。


気もそぞろに回診を終え、朝のカルテを突貫工事で仕上げ、病棟を素早く抜け出して、真子と私は1階の外来ホールに集合した。



御崎十字総合病院の外来ホールは、ガラス扉のエントランスの正面、円形のホールの中央に受付があり、


ホールの外周にはカフェと会計窓口が並んでいるという一見不思議な構造をしている。


私たちの入職する10年くらい前に改築工事があったらしく、とある有名な建築家による設計だと聞いている。


初めて見学で訪れた朝、


わぁ、水族館みたいだ、


と思って胸がわくわく飛び跳ねたのを覚えている。



山本拓也の受診予定は、11時。


カルテのオーダーは消えていなかったから、死亡の連絡は先方の病院からは届いていない。


診察前にCTと採血の予約もあり、総合病院が混み合うことを知っているならば10時には来院するはず。


私たちは外来ホールの端の円の出口に並んでいるベンチの1つに陣取り、


ホールを出てそれぞれの専門外来へ向かう患者を端からスクリーニングすることにした。



身なりが整った、20代後半の、足が不自由な男性をイメージしているけれど、


先入観とは常に裏切られるために存在する。



「どうしよう・・・意外といるよね、若めのひと。今在宅ワークだから受診しやすいとか?」



「それあるかもねー。車椅子かな、松葉杖かな・・・整形外科外来の人たちと間違いそう~」



患者に気取られないように言葉を交わし、悟られないようにひとりひとりを盗み見る。



真子がしばらく黙ったかと思うと、iPhoneのLINEアプリを開いて堂々とメッセージのやり取りを始めていた。



覗くつもりはなかったが、ちらりと見えた画面の端に、鮮やかなショートカクテルのグラスが映っていた。



その事実にあまり驚きはせず、落胆もせず、


ただ真子には打ち明けられない種類の感情が、自分の中で少しだけ頭をもたげるのを感じた。



(・・・悠馬さんと、個人チャットしてるのか。)



年配の夫婦。子供連れの母親。大股で歩く中年男性、


スーツを着ている人、ジャージの人、作業服、


パンプス、スニーカー、クロックス。



通り過ぎていく患者たちが、大きな水槽の中を流れる小魚の群れのように一体化して見えて来た。



なんだか疲れているな、と思った。



病棟業務の合間に当直、当直が終わったら病棟業務、土日も朝から回診、


情緒はすり減っているし、感情は殺しているし、7時出勤で朝食も食べていないし、




あぁ、いま甘い冷たいものが飲みたい。


喉の渇きが癒せれば、心の乾きも、少しはましになるかもしれないし・・・



「星羅」



真子の澄んだ声がどこかから聞こえる。


微睡みながら、耳を撫でる水流を心地よく覚える。



「星羅!起きて!」



はっと目を覚ます。


仰向けで見上げた、光が飛び散る水面の残像が、まぶたの裏に焼きついていた。


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