青春の数、恋の数、感情の数
一応の前編としてこちらもあります↓
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あたし、えりは昨日同級生の田中君に告白された。
けれど、あたしの親友のあゆも同じ日に同じ人に告白されていた。
あいつ、絶対に許さない。あゆとあたしをばかにしやがって。
絶対に、許さない! 絶対にだ!
「えり、どうしたの? 凄く怖い顔してるよ?」
「あっ、ごめんごめん。で、なんの話だっけ? 田中君をボコるんだっけ?」
「え?」
「え? ……あ、いや、ごめん、間違えた」
無意識に心の声が飛び出てしまった。
「話戻すけど、あゆは本当に田中君のこと気になってたの?」
「うん……。落ち着いてて優しそうだから、なんとなく、だけど……」
「そっか。好きではないんだよね?」
「自分でもよくわかんない……」
あゆは考え込むように机に突っ伏した。
あたしと違って、あゆはきちんと考えているのだ。付き合った後のこと、告白を断った後のこと、それぞれ想像して答えを出そうとしている。
ならばあたしはあゆの手助けをしなければならない。
田中君の本心を聞き出してあゆに伝える。それがあたしの課せられた使命だ。
あたしが彼をボコるのはその後でもいいだろう。
「あゆ、放課後まで返事はしないでおいて」
「え、う、うん」
「田中君の本気度を確かめてくる!」
「え!?」
あたしは席を立ち、彼の方へ歩みを進める。後ろであゆが何か言っていたが、耳にとめず進んだ。
――キーンコーンカーンコーン。
と、一時間目のチャイムがなったのであたしは引き返した。
***
お昼休みになり、あたしは再び田中君の席へ向かった。
彼は既に前の席の女子と話していた。名前はさき、だっただろうか。
朝も彼女と話していた。まさか彼女も告白されたなんてことはないと思いたい。
「田中君、ちょっといいかな?」
「ん? ああ、えりか」
彼はあたしの方を向くと、何か納得したような顔をした。
「ごめん、さきちゃん、また後で」
「あ、うん」
彼はさきに断ってから席を立った。そのままあたしは教室の外へと導かれた。
先程まで話していた彼女を一瞥すると、寂しそうな表情をしていた。
「田中先輩!」
「ん?」
教室を出るとすぐ、彼は下級生の女子に呼び止められた。
「かよちゃん、どうかした?」
「あ、あの、一緒にご飯食べませんか?」
「ああ、わかった。また後でそっち行くよ」
「は、はい!」
かよ、という下級生は笑顔で返事をして、機嫌良さそうに去っていった。
なんなのだろうか、これは。
まさか、ね。
「あの子、誰?」
まるで浮気を疑う彼女みたいな声が無意識に出ていた。
「図書委員の後輩」
「ふーん」
「さ、えり、あっちで話そうか」
あたしは彼に促されるまま、学校の屋上に向かった。
「――ここなら邪魔されないかな」
屋上に着くと、彼はそう言ってあたしと向かい合った。
「で、何それ?」
田中君は顔の前に腕を差し出し、防御の構えをしていた。
「ん? いや殴られるのかなと思ってさ」
「へぇ~、よくわかってんじゃん」
あたしは腕を回し、戦闘準備と威嚇を開始した。
「お手柔らかにお願いします」
「ふざけんな! ……と言いたいところだけど」
「え?」
「そんなことをしに来たわけじゃない」
「あれ? そうなの?」
彼は心底意外そうな顔をしていた。
「あゆに告白した件について話に来たの」
「あゆちゃんのこと? なんでえりが?」
「……さっきから気になってたんだけど、なんであたしだけ呼び捨て?」
「ちゃん付けされるの嫌いだよな?」
「まあそうだけど」
最初から決めつけられるのはなんかムカつく。
「ほら」
「やっぱ殴っていい?」
「えりちゃんごめんなさい」
「変わり身早っ!」
あたしは呆れて、はぁ、とため息をついた。
「呼び捨てでいいよ、もう」
「わかったよ、えり」
彼は、最初から分かっていたよ、と顔で語っていた。やはり後でボコろう。
「で、あゆのことだけど……君は本当に好きなの?」
「ん? 当たり前だよ」
「あ、あたしにも最初告白したのに?」
あたしが少し照れながらそう言うと、彼は真剣な眼差しをこちらに向けてきた。
「えりのことも本気で好きだから」
「だ、だからって、すぐ相手変えるのはおかしくない!?」
「高校生活を充実させるためなんだ! この限られた時間を生きていくには仕方ないことなんだ!」
彼は力強く主張した。
「それに二股はしてない! えりに断られてからあゆちゃんに告白した!」
「で、でも……」
「俺は先延ばしにして後悔したくないんだ!」
「だからって……」
「俺は本気で好きな人にしか告白しない!!」
彼のその言葉は屋上に響き渡った。
普段の彼からは想像できないほど鬼気迫るものだった。
あたしはもう何も言い返せなかった。
言葉だけならどう考えても無茶苦茶な説明だ。
それなのに、あたしは説得されてしまった。
あたしは彼の熱にやられてしまったのだ。
昨日からあたしは彼にやられっぱなしだ。
「えり、好きだよ」
「なっ!?」
「だけど俺は立ち止まれないんだ」
彼は今にも泣きだしそうな、悲しみに満ちた表情をしていた。
「3人のことはもう振り返らない。今はあゆちゃんだけを見る」
「は?」
「じゃあな、えり」
「ちょ、ちょっと待て!」
あたしは彼の肩を掴み、引き留める。
「3人ってどゆこと?」
「え? さきちゃんとかよちゃんとえりのことだけど?」
「もしかして全員に告白したの?」
「ああ、そうだけど?」
「いつ?」
「昨日」
「全員?」
「そうだよ」
「歯を食いしばれ」
やっぱり田中君は最低だ。
***
「えり、田中君と何かあったの?」
教室に戻ってくるなり、あゆにそう問われた。
「え? 何にもないよ?」
「田中君のほっぺた赤くなってない?」
「あー、あゆに惚れてるから赤くなってるのかもねー」
「も、もうっ、からかわないで」
あゆの頬も赤く染まった。
可愛い奴め。あいつとは大違い。
「それで……田中君と何話してたの?」
「あー、うん、それなんだけど……」
あたしが田中君のことを悪く言うのはいくらでもできてしまう。それによって彼とあゆを遠ざけることも。しかしあたしにそんなことはできない。二人は本気なのだ。本気でこのことに向き合おうとしている。
「田中君は本気であゆのことが好き、みたい。それは間違いないよ」
「そっか、よかった……」
あゆは安堵の表情を見せた。
「田中君は本気であゆが好きだし、本気であゆと付き合いたいと思ってるよ。それだけは確認してきた。……後はあゆが考えて、決めな」
「うん、ありがと!」
あゆはすがすがしい笑顔でそう言った。
もう答えは決めていたのかもしれない。
その答えも、なんとなく、あたしにはわかった。
「はぁ……」
あたしは複雑な気持ちになっていた。
彼はあたしのことが本気で好きだった。それも間違いないのだと思う。
どんな形であれ、あたしのことが気になっていた。気になってくれていた。
だけど彼はもうこちらを振り返らない。
この先彼とあたしがどうこうなることもない。
あたしの青春が終わった、そんな気がした。
――いや、まだ終わらせない。終わらせてたまるか。
彼が立ち止まらないように、あたしも前に進めばいい。
高校生活はまだまだこれからだ。
これからいくらでも楽しめる。
それに恋だけが青春というわけでもない。
色んな青春を楽しもう。
「よしっ」
あたしは気合を入れた。
しかしこれから青春を楽しむにあたり、気掛かりなことも残っていた。
田中君があゆを悲しませないかだ。
彼は最低な男だから、すぐに浮気でもしそうだ。浮気でなくとも、最低な言動はするだろう。するに違いない。
そうすればあゆは彼に幻滅するかもしれない。
あゆが彼と別れてあたしにチャンスが………じゃなくて、それでは困る。
あゆには幸せになってもらわないといけない。
であれば、これから彼を近くで監視していこう。そしてあたしが更生させていくしかない。
あたしにとって、これが当面の課題だ。
昨日の告白からあたしは彼に翻弄され続けたが、今度はこっちが翻弄する番だ。
その決意と同時に、あたしは彼に視線を送る。
「覚悟しとけよ、田中君」