元最強の魔王である余が異世界で住み込みバイトとして雇われることになったワケ〜余は断じて地味ではない。おかしいのは周りのお前らの方だ〜
Twitterの診断メーカーのお遊びネタから派生した話です。
本文中にお名前を入れるか迷って、とりあえず○○○○とさせていただきました。
5千字程度と普段より文章量が多いです。
2021年、とある預言者がTwittor上でとある預言を呟いた。
『○○○○が亡くなるとき、異世界への扉が開かれるだろう』
ちょうど厨二病を患っていた○○○○は、いつ自らを殺し異世界への扉を開かんとする者が現れるかと恐れおののいた。しかし、そんな預言を信じる者など彼女の他は誰もなく、リツイートもいいねもされぬまま預言は莫大な数の呟きの海へと沈んでいった。
年月とともに、○○○○にとっても預言を信じていた日々は黒歴史となっていった。彼女はしっかりと自ら記憶を封印し、大往生といえる天寿を全うした後に天国へと旅立っていった。
彼女の死を、遺族を含む多くの人々が哀しんだが、失われし預言を思い出す者はもはや誰もいなかった。
しかしその一方で、深夜を過ぎた静かな街に、突如として煌々と白く輝く扉が出現していた。周囲の街灯すべてを集めたよりも明るい神秘的な扉は、その場が無人でなければかなり人目を集めたことだろう。
扉が小さな音を立てて開く。その扉から供の一人もなく現れたるは、漆黒の衣をまといし魔王。その容姿は闇に溶け込むような黒髪黒眼。
「ふふふふ……。異界の者共よ。異形の姿を持つ余を恐れ、崇め奉れよ」
誰に聞かせるでもなく呟いて、その口元がにんまりと弧を描く。故郷で彼の容姿は異形と恐れられていたが、圧倒的な魔力から神に等しき扱いを受け敬われてもいた。
この地を手中に収めるのもそうかかりはしないだろう。髪をかきあげ歩き出した魔王の後ろで、神秘的な扉は光の残渣を残しつつ少しずつ輝きを失っていった。
* * *
翌朝、魔王は困惑していた。
「何故に皆、余と同じ姿をしている……!?」
昨晩は光る複数の目を持つ巨体が凄まじい速さで遠くを走っていった以外に生物を見かけなかった。
断じてその速さに怯えて躊躇したわけではない。が、片っ端から破壊の限りを尽くすのは今後自分のものとなる地において得策ではないと思われた。
思慮深い魔王は、様子を見ようと朝を待った。見たこともない石で作られたような景色の中に、眩い陽光がさし始めたあたりからぽつりぽつりと黄色がかった肌色の黒髪黒目の現地民が現れだした。そして今や溢れ出すような勢いで同じような色合いの現地民たちが行き来している。
「こんなに黒髪黒目がいるだと……?」
黒い髪や瞳は高い魔力を持つ証。そんなことは幼子でも知っていることだ。まさか、これだけの人数がいるとは……。
髪や瞳の色が濃ければ濃いだけ魔力が高い。国では、黒髪黒目など自分以外には見かけたこともない。
自らの力には絶対的な自信を持っている。でも、だからこそ不安がよぎる。
「しかも肌色や顔立ち、身体付きまで余と同じではないか……」
国では、肌色は緑や青の方が一般的で、黄色味を帯びた肌などほぼ現れない。その高い魔力と相まって、魔王は生まれたときから『奇跡の子』と称されていた。
また、獣の特徴とされる角や尻尾がないことも魔王が特別である理由の一つだった。
自らと似た存在など予想もしていなかった魔王は狼狽えていた。
「まさか、余ほどの強者がこれだけいるとは……」
流石に束で向かってきたらまずいのではないか。よぎる不穏な考えに小さく頭を振って、弱者のような思考を振り払った。
ちょうどそのとき、ふわりと食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐった。その匂いに引き寄せられるように、ひらひらとした布が頭上にはためく引き戸をくぐる。
中では白い布の服を装備した現地民が一人、何やら作業をしていて、入ってきた魔王に不躾な視線をよこす。
「らっしゃい。……注文が決まったら声かけてくれ」
無愛想ながらこちらを受け入れたらしい様子を見、魔王は鷹揚にうなずいた。
「すべてだ。すべてをもらおう」
手始めにこの場を乗っ取り、拠点にするのが確実だろう。唐突な思いつきではあったが名案だと、魔王が不敵に笑う。
「兄ちゃん、そんなに食えるのか?」
現地民がいぶかしそうに言いながら、魔王の前の台に水らしきものの入った円柱形の透き通った盃をことりと置いた。貧相ながら椅子らしきものがあるところを見ると、どうやら歓待を受けているらしい。
どかりと椅子に腰掛けると、王者の貫禄を見せつけるように足を組む。
「黙って従ってもらおうか」
「はあ……。丹精込めて作ってるんだ。残さないでくれよ」
現地民が、不満そうに奥へ入っていった。諸手を上げて従うわけではないという意思表示か……。ここですぐに血祭りにあげてやるのも一興だが、とりあえずは出方を伺うことにする。
とととと、と律動的で軽快な音に続き、カチャカチャという金属音が聴こえてくる。とりあえずは迎合したふりをして、余に抗うための準備でもしているのか。浅はかなことだ。
やはり、一筋縄ではいかないか……。
こちらから打って出はしない。初手も譲ってやる。たとえどんな手を使ってきても真正面から叩き潰してやる。己の卑小さに打ち震えるがよいわ。
…………。
…………しかし、遅い。戦いの最中、こんなにちんたらしていたらあっという間に制圧されてしまうだろうが。
魔王の思考が征服後の統治方法に移ってきたあたりで、ことり、と目の前に置かれたのは――
「ラーメン、半チャーハン餃子セットだ。とりあえずこれ食ってから考えな」
盆に置かれた大椀と皿が合わせて三つ。ふわりと湯気が立ちのぽる。横に添えられているのは、棒と匙か?
「なんだ? これは」
「何って……。兄ちゃんが注文したんだろう?」
つまりは、余の最初の認識どおりこやつは余の要求をまるごと受け入れ、歓待のための準備をしていたということか……?
たとえ毒の類を仕込まれていたとしても魔王には効かない。
些か質素すぎる気はしたが、この小汚い小屋での精一杯の歓待だと思えば受けてやるのもやぶさかではない。
棒の使用方法はとりあえず置いておいて、匙を手に取り左手前に置かれた大椀に沈める。中の細長く艶のある物体を掬おうとするが滑り落ちて、汁が跳ねるだけである。……腹立たしい。
「なんだ、兄ちゃん。日本人じゃないのか? 箸、使えないなら子供用だがフォークを持ってきてやる」
ふむ。差し出された妙な装飾のついた肉叉を取ると、奇妙な食事らしきものを口に運ぶ。外観に似合わぬ芳醇な風味が口いっぱいに広がり、空腹感が刺激される。たまらなくなり二口目からはがつがつと黄金色の細長いものをかきこんだ。
出されたものをすべて腹に収め、魔王は席を立つ。また戻ってくるにしろ、周辺の調査は必要だ。
「なかなかだったぞ」
心の広い支配者は、配下をねぎらうことも忘れない。
「おい、ちょっと待て。会計は!?」
立ち去ろうとする魔王を、現地民が眉をひそめて引き止めた。
「会計……? まさか余に返礼を求めるというのか」
魔王が鼻で笑うと、現地民は不快そうに眉間の皺を深くする。
「ちょっと、お客さん困りますよ」
無知ゆえとはいえ、絶対的な強者に対する無礼な態度は許しがたい。
「ふっ、ならば……」
口の端を上げた魔王は相手に向けて手をかざし、魔力を込めた。
「……」
「……」
何も起こらない、だと……?
試しに眼に力を集める。すると……
『ラーメンヤテンシュ(LV5)
ソウビ:ヌノノフク、ヌノノボウシ
スキル:ブッチョウヅラ(LV2)、キョウサイカ(LV5)』
意味のわからない言葉が多くとも通常通りに情報は視える。安心して、もう一度手に力を込めて相手を弾き飛ばそうとするがやはり何も起こらない。
「お客さん?」
怒りを抑えた声とともに肩に置かれた手に、ぞわりと背筋が粟立った。
必死に眼に魔力を集めて確実に使える力を使う。すると、さらに情報が視えた。
『ソシャゲニヒャクマンエンガチャカキン』
追加で見えた情報は何か意味があるように思えなかった。この地で魔法を発現させられないのと同様に、魔眼にも何か不具合が起きているのかもしれない。わけのわからない文字列に救いはない。
無意識に声に出していたのだろうか。何故か現地民の顔色が明らかに変わった。
「ソシャゲニヒャクマンエンガチャカキン?」
「何故それを……!?」
「ふふふ、さてどうかな……」
呪文の意味などわからないけれど、この機会を活かさぬ訳にはいかない。
「あんたー? どうしたの?」
奥からドスの効いた少し高い声がして、現地民の顔が青褪めた。
「ソシャゲニヒャクマンエンガチャカキン!」
「わわっ、ちょっと!」
「どうしたのよ?」
ひょいと顔を出したのは、これまで応対していた現地民と同じような装備の少し小柄な人物だった。
この怯えぶりを見るに上役は新たに現れた現地民の方なのだろうか。まったく強者の気配は感じないがこの状況だ。警戒せねばならない。
『ラーメンヤジュウギョウイン(LV4)
ソウビ:ヌノノフク、ヌノノボウシ
スキル:オシャベリ(LV5)
ジョウタイイジョウ ※……
「なんでもないっ! 気にしないでくれっ」
現地民の声に意識を持っていかれる。魔眼による鑑定は途中だが、あとから来た方は大した脅威にならなそうだ。となれば……
「ソシャゲニ……むぐっ!」
現地民が魔王の口を強引に抑えて、続きを遮った。
それから、謎の呪文をもう口にしないことと引き換えに、この場に二度と戻らないことを約束させられた。そして、返礼はもうよいと引き戸の外へと引っ張り出される。
魔力が使えないなんてありえない。こんなところはもうこりごりだ。
故郷でこんな扱いをされれば八つ裂きにしても足りないくらいだ。しかし、今の自分は無力らしいし、出された食べ物はこれまで食べたことのない美味であった。
もうこの地を離れるのだと思えば、多少の親切心も湧く。ついでに先ほど魔眼で視た情報を伝えてやると、現地民は怪訝な顔をして追い払うような仕草をしてきただけだった。
最後まで相入れることはなかったが、配下への話の種ができたと思えばよいと赦してやることにする。そんなことよりも、一刻も早くこの地を離れたい。
大急ぎで、扉があった位置まで戻ったはずだった。それなのに、扉は影も形も見あたらない。必死になって、魔眼を駆使して周辺を探し、歩いた道を何度もたどって確認をした。
努力のかいなくなんの手がかりも得られず、魔王は自らが元の世界に戻れなくなったことを悟った。
とぼとぼと歩く足取りは重い。使えるのがこの魔眼だけでは、世界征服はおろか生き抜くことさえ難しいだろう。
――それから一ヶ月後。
先のラーメン屋の奥で、必死に鍋を磨き、床を掃除する魔王の姿があった。成り行きで住み込みで働くことになり、毎日毎日雑用をこなしている。
最初に出会った現地民はテンシュ、次に顔を出したのがオクサン。その他に店に来るのがオキャクサンだ。
特にたくさん来るのがジョウレンサン。その一人がテンシュに声をかける。
「おっちゃん、良かったじゃないか。奥さん、もうじき退院だろう」
「……ああ」
「店の前でそこの兄ちゃんが奥さんの頭に状態異常があるとか言い出したのを見かけたときは驚いたよ。気持ち悪いからって念の為、病院に行っておいてよかったな。自覚症状なんてなかったんだろう?」
ここに居着いて以来、様々な話を盗み聞いているが、未だわからないことのほうが多い。
トラックに轢かれると異世界に行けるらしいことはわかったが、肝心のトラックが何かまだわからない。
あと、目覚めし禁断の力は隠していないと組織に追われてしまうことも知った。
少しずつでも、情報は増えてきている。今はまだ焦るときではない。
「ほら、手が止まってるじゃないかっ!」
「すいませんっ」
謝り方は怒声とともにこのテンシュから学んだ。
ゴウに入ってはゴウに従え、だ。この諺はオキャクサンから教えられた。
テンシュの情報にアイサイカという文字が加わったことも意味がわからないけれど、とりあえず害もなさそうなので放置している。
そんなことよりも、もっと情報を集めなくては……。
「どうせならかわいい看板娘を雇えばよかったのに」
「まぁ、地味だけどよく働いてくれるし助かってるよ」
ジョウレンサンとテンシュが話し続けている。自らの噂話にも口を挟むことなく、元最強の魔王は手を動かし続けた。一波乱も二波乱もあった今では口に出す気にもなれない不満を飲み込んで。
余は断じて地味ではない。おかしいのは周りのお前らの方だ……。
【補足説明】
二人分、二種類の診断メーカーの結果を基にとりあえず平和に生き延びようとした結果です。
→ 2021年は厨二、死ぬと異世界の扉が開く
→ 2021年は地味、死ぬと世界が平和になる
すずきmicco様、素敵な厨二返しをありがとうございました。