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複アカ疑惑から始まる父と娘の物語

この物語は完全にフィクションであり、筆者の気を紛らわす程度の意味しかありません。


 ある日、小説サイトの運営からメールが届いた。


 曰く、複数アカウント所持により、一週間以内にアカウントを統合しなければ、強制削除を行なうということだ。


 俺は過去、十数年に渡り、密かに小説を書いては投稿してきた。仕事の片手間に細々とではあるが、自分の書いたものを好きと言ってくれる人もいて、真っ当に楽しんできたはずだ。


 投稿者の中には、自作自演でポイントを入れて、不正を行う輩がいると聞いたことはある。ただ、そんなもので入ったポイントに価値などあるのだろうか。


 正直、心当たりはない。


 だけど、このまま放って置けば、一週間後にはすべてのデータが削除されてしまう。小説はバックアップを取れば良いかもしれないけれど、戴いた感想やコメントを失うのだけは絶対に避けたい。


「なあ、俺の小説にこっそりポイント入れたか?」


「小説ですか? いえ。だって、敏郎さん、恥ずかしがってペンネームも教えてくれないじゃないですか。しかも、万が一があったらいけないって、サイトすら見るなって……」


「そうだよな……。すまん」


 妻の美代子ではない以上、あとは娘の杏奈に聞いてみるしかない。


 杏奈は高校に上がったあたりから、俺と話をしなくなった。何か話しかけても答えは、「ウザイ」か「キモイ」で、最初は傷つきながらも叱っていたが、最近はそういう時期だと諦めている。


 帰ってきた杏奈は相変わらず派手な格好をしていた。まだ高校生だというのに、茶色の髪には赤メッシュ。耳にはピアスがいくつも光っている。

 服だって、露出を控えろという忠言に耳を貸すわけなどなく、むき出しの肩やら太腿やらが目に痛い。


「なあ、杏奈。お前、小説投稿サイトに心当たりはないか」


「はあ?」


 よかった。一応、話は聞いてくれるみたいだ。


「お父さんのアカウントが、複数アカウント所持の疑いで削除されそうなんだ」


「はっ?」


「もしかして心当たりがないかと思って」


「知るわけないだろ、そんなのっ!」


 そのまま娘は自室に籠もってしまい、夕飯時になっても出てこなかった。


「どうした? 夕飯にも出てこないで」


 部屋の扉をノックする。マイホームでありながら、杏奈の部屋に俺が踏み入ることは許されない。

 しばらく待って、顔を出した杏奈の顔色は悪かった。


「……来てた、メール。あたしのとこにも」


 と、いうことはやはり犯人は杏奈か。


「えっと……。とりあえず、見せてくれないか?」


「ヤダ。他人(ヒト)のスマホに触らないでよ。……アドレス送るから待って」


 黙々と操作する手元を見つめながら、慣れはしない哀しい気持ちと、ひさしぶりにまともな反応が返ってきた歓びがせめぎ合う。


「ほら、これ」


 通話アプリで送られてきたアドレスを開くと、確かに見覚えのある内容の小説だった。時代考証と登場人物の心理描写が素晴らしく、間違いなく自分はこの小説を評価した。


「……杏奈。この『稲葉宇右衛門』がペンネームってことで良いんだよな?」


「悪い?」


 杏奈が書いていたのは、ごりごりの歴史小説だった。文体も硬めでまさか高校生の女の子がこれを書いたなどとは誰も思わないだろう。

 親の俺でさえ、杏奈にこんな小説が書けたとは驚きだ。


「で、あんたのは?」


 その言葉に俺は詰まった。杏奈の書いたものがもう少しライトな文体だったなら、まだ見せやすかったのだが。


「いや、その……」


「……見せれないならあんたが消して。あたしが消すなんてまっぴらだから」


 そんなことを言われても、俺だって自分のアカウントを消したくはない。


「じゃ、これで」と、部屋に戻ろうとする杏奈を呼び止めると、恐る恐る自分の小説のアドレスを送った。


「『きらっと☆魔法少女すたあ』……?」


 そう、俺は娘と観た女児アニメにはまり、娘がアニメを卒業してからは一人小説を書くようになったのだ。

 杏奈が、信じられないようなものを見るような顔で俺を見る。


「キモっ」


 キモいらしいおっさんが嬉々として少女小説を書いているというのは、思春期の娘にはきついものがあるのだろう。


「夕飯だけは食べろよ。アカウントは父さんが消す」


 締められたドア越しに声をかけると、俺は踵を返した。

 杏奈の小説を知り、自分の小説への反応を見たあとでは、そうするのが正解のように思えた。


 俺は日本史が好きで、杏奈が子供の頃は、よく歴史博物館に連れて行ったり、偉人の話を聞かせたりしていた。目をキラキラさせていた幼い杏奈だったが、まさか今でも日本史が好きだなんて。


 階下に降りようと、階段に足をかけると、後ろからがちゃりと音が聴こえた。振り返ると、杏奈が焦ったようにこちらを見ている。


「だけど、あれ、面白かった。……子供の頃に観たアニメみたいで」


「そうか」


 思わず口の端があがる。こうして自作小説を娘に褒められるなど考えたこともなかった。







 それから、俺は感想やコメントを含めたデータをすべて保存して、アカウントを消した。娘の頑張りを応援してやるのも親の務めだろう。







 ――それから、一ヶ月。



「お父さんっ!! 私のアカウントで勝手に魔法少女もの投稿しないでよっ」


「いや、だってさ、見てみろよ? 今回のは傑作だと思うぞ?」


「しかもついた感想お父さんにじゃんっ! あー、ふざけんなっ! これで消せなくなったじゃないっ」



 今回の騒動で、杏奈との距離もだいぶ近づいたように思う。ずっと続けてきたアカウントは惜しかったけれど、こんな結末なら悪くはない。

カミングアウトは自己責任の上、考慮して行っていただければ幸いです。


※著者は執筆内容を家族にカミングアウトしておりません。

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[一言] 仲良し父娘ですな!
[良い点] もう、しょうがないお父さんだなぁ! [一言] これは名作!
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