懐かしのトラットリア ★テーマ「優雅な休日」
つこさん。主催の『飲み書き祭り』に参加させていただきました。
※ソフトドリンク参戦です。
この店に来るのも何年ぶりかしら。
田舎住みのサチの家からも、さらに少し郊外にあるイタリアン料理店『トラットリア・アンジェロ』は、以前来た時と変わらぬ外観でサチを迎えてくれた。
年月の経過のあとを探るようにして、そわそわとドアを引くと、涼やかなベルの音が鳴る。すると、すぐさまウェイターがサチを見て微笑み、席へと案内してくれる。
懐かしいわ。時間が経ってもここは変わらない。
手慣れた様子で椅子を引いたウェイターは、サチが腰掛けたことを確認すると、すぐに輪切りのレモンが浮かんだ水と一緒にメニューを持ってきてくれた。その時々の仕入れによって、毎日内容が変わる手書きのメニューだ。
こんなところも変わらないのね。
サチは嬉しくなって、メニューの文字の一つ一つに触れながら目を通していく。可愛らしく踊る文字はそのどれもに真心が感じられ、きっと美味しいのだろうと期待させてくれる。
前に食べたのは、アクア・パッツァだったかしら。
この前に来たときは、トオルさんと一緒だったから色々シェアして食べたのよね。あのときは、はしゃいでつい頼みすぎてしまったけれど、美味しくて完食したのだっけ。
今日は、自分一人だ。なかなかない機会に何を食べようか迷ってしまう。
ふと、セットメニューに目が止まり、サチはそれを頼むことにした。前菜とパスタ、一皿料理、そしてデザートをそれぞれいくつかの中から選ぶのだ。
かつてここに来たときは恋人だった――今はサチの夫の――トオルは大食漢な上にこだわりが強く、このようなメニューを頼んだことはなかった。
ほっとしながらサチは、軽く手を上げるとウェイターを呼んだ。
* * *
食事は素晴らしかった。
すべての皿が、最高の状態でタイミングをみて運ばれてくる。そのどれもに手が込んでいて、デザートの繊細さには目を見張ったほどだ。
食後のコーヒーを飲みながら、サチはため息をついた。
せっかくわざわざ来たのに変ね。
トオルさんの作ったお好み焼きのほうが食べてみたかった、なんて。
この時間は、一歳半になる息子の子育てに疲れたサチのためにトオルが気を利かせてくれたものだ。
トオルは不器用な上に、ろくに料理をしたこともない。その上、一歳半の子供の面倒をみながらでは、きっとまともな仕上がりにはならないだろう。
帰ったら、台所はとんだ粉やら洗い物で大変な惨事になっているだろうし、下手したらまだ食事を取れていないかもしれない。
ふふと、口の端を上げたサチが優雅にコーヒーを飲む。
何年後になるかはわからないけれど、次は三人で来よう。そのときは、今日のことを懐かしい思い出として語るのだ。
今日、サチが一人でトオルとのデートを思い出していたように。