宴会
上杉との同盟交渉が終わった後、半ば流れのような形で宴会が始まった。無論、弥三郎の反論に納得のいかなかった長尾政景や村上義清などは交渉が終わって早々席を立ってしまったが。
「はっはっは!弥三郎殿!素晴らしく弁が達者ですなぁ!私もそのようなよく回る口が欲しいもので!」
……酔った上杉家家臣がさっきからちょくちょく絡んでくる。それも結構な頻度で。
「いやぁそれ程でも。人生のご先達たる上杉家家中の方々にはまだまだ及びません。」
適当に返して話を切り上げようとするがそう上手くはいかない。
「ぬぁっはっは!またまたご謙遜を!もし弥三郎殿が宇都宮家の御嫡男でござらなければ養子に迎えたいところでござった!」
……しかも絡んでくるのが重臣格なもんだから振りほどくのも後々何が起こるか分からないし出来ない。………あっそうだ
「それがし、少し酔ってしまった様で。酔い覚ましに広間の外にでも出ようかと。」
「がっはっは!左様ですか!弁では敵う者なしの弥三郎殿にも、弱い所がお有りだったか!案内致しましょう!」
適当な口実をつけ、外へ出て縁側で皆の酔いが収まるまでしばらくそこにいる事にした。
「いやぁ、まさかナマの謙信に会えるなんてなぁ。」
ナマで見た謙信にはやはり圧倒された。放っているその存在感、胆力。そしてなんと言っても他の人とは違う何かがある。
ふと気付くと、そばに一人で酒を嗜んでいる男がいた。近付かなくても誰だか気配で分かった。
「……弾正少弼《謙信》殿。」
「……弥三郎殿か。貴殿も宴会の騒がしさに飽き飽きした様で。どうですかな、酒でも一杯。」
謙信に酒を勧められるなんて驚きだよ。喜び通り過ぎて真顔だよ。
こちらとしても断る理由は特に無いのでありがたくその誘いを受けることにする。
「では、頂きます。上杉家と宇都宮家のより良い関係に一献。」
「……ふ。それは良い。宇都宮家と上杉家のより一層の繁栄に一献。」
そう言うと謙信は盃を呷る。そして一気に飲み干すと、俺に問いかけてきた。
「……弥三郎殿。この度は宇都宮より遠く春日山まで盟を求めに来なさり、誠に感謝する。私個人としては、関東管領たる上杉兵部少輔様から救を請われて以来、関東へ兵を出したく思っていた。」
……分かりやすく言うと、関東管領上杉家の当主様が新興勢力の北条家に領土掻っ攫われたから近くの強そうな奴んとこ逃げて
「助けてくださいお願いします偉い地位あげるから領土取り返して下さい」
って言ったって事か。
「……関東管領たる上杉兵部少輔様自ら来られては断る事など出来ようか。しかし、ただ上杉氏の家督を継いだだけでは出兵の根拠としては心もとない。
そこに弥三郎殿ら宇都宮からの援軍要請が来た。これ幸いと私は思った。独断で兵を出させるのも良かったが、それだと後々家臣達が何を言い出すとも分からぬ。それを防ぐには貴殿等に直接家臣等と討論させ、納得させるしかなかったという訳だ。わざわざ骨を折ってもらい、恩に切る。」
やはり、謙信は義を重んじる漢なのだと思った。そして、彼なら盟を結ぶに信頼出来ると確信した。
「……そろそろ宴もお開きになりそうだ。宴が終わって主君がいなくなったとなれば大問題だからな。失礼する。」
そう言うと謙信は席を立った。それに続いて俺も広間に戻る事にした。
「弥三郎様〜。どこで何ひてたんれすか〜。探してまひたよ〜。」
「おお弥三郎殿!!どこにいらっしゃったかと思えば!!さては一人で酒をお飲みになっていらしたな!!つまらないではないですか!!がっはっは!!」
「……弥三郎殿。誠に見苦しいところをお見せしてすみませぬ。宜しければこ奴らの後始末を手伝って下さりませぬか?」
……それから一時間程、直江景綱と共に酔っ払いの後始末をする事になった。これがきっかけで景綱との仲が深まったのは無論のことである。