謀略
───────────────────────
弥三郎
……広間に突然ぽっかりできた大きな穴を見て俺は思った。
──壬生のジジイの権力がデカ過ぎる。あいつは絶対将来の邪魔になる。
俺としては、親父に家督を譲られ当主になる前にある程度この宇都宮家を戦国大名として脱皮させたい。と言う事で家中で当主が統制出来ないほどの絶大な権力を持つ家臣は邪魔なのだ。
それに綱房の様に独立心の強い奴も困る。宇都宮が戦国大名となるには独立心が強く思うようにいかなければいつでも裏切る『被官』は要らない。どんなに不利な状況でも裏切らない絶対的な忠誠心を持つ真の意味での『家臣』だけが宇都宮にいる価値がある。
その為、家中で大きな権力を持つ者は排除するか、その力を弱める必要がある。今のままでは家臣達に何を言おうが強制力は持ち得ない。何せ今の宇都宮家は分かりやすく言えば豪族達の連合政権といった形なのだ。幾らリーダーである宇都宮氏が押さえつけても、家中で結束すれば何も関係ない。一人上が騒ごうが大多数が動かなければそれは何も意味を成さない。
その意味で、壬生綱房の排除は宇都宮氏にとって都合が良かった。綱房を排除する事で家臣の力を弱め、しかも壬生の旧領を吸収し、宇都宮氏の力を強められる。また、綱房についた独立心の強い家臣も一掃でき、俺には綱房排除はとても良い策に思えた。
「……と言う事で父上。私はあの獅子身中の虫壬生中務少輔を排除すべきと考えます。」
「ううむ……。確かに中務少輔の以前からの専横は目に余るものがある。弥三郎や芳賀の言うことも尤もだ。しかし奴は家臣団に幾人もの内通者がおり、その実質的な勢力は我々宇都宮の領土の半分にものぼる。それに奴はどうやら息子を通じて北条との関係もあるそうではないか。仮に中務少輔を攻めるとしても数もほぼ互角の壬生に、我々を遥かに勝る兵の数、質の北条。……こいつらに勝てる見込みは、あるのか?」
親父は俺と高定の進言を理解してくれている様だ。しかし、現実として兵の数も足りない。これで壬生、そして裏にいるであろう北条。彼らに勝てるのかと親父は聞いてきているのだ。
そこで会議の時に高定が名前を出した上杉が出てくる。
「勿論我々だけでは壬生、北条に勝ち目はございません。そのため、越後の上杉に救援を求めるのです。」
「越後の上杉?……ああ。長尾か。確か関東管領の山内上杉の名跡をついで上杉に名を改めたのだったな。しかし、果たしてそれまで我々は持ち堪えられるか?そしてそもそも、上杉に救援を求めて、承知してくれるのだろうか?」
親父の懸念ももっともだった。しかし、それについては俺に考えがあった。
「私が上杉の元に行きます。そうすれば相手にも我々の誠意が伝わると思います。」
「本気で言っているのか、お前は!危険過ぎる!」
親父が反対するのもわけなかった。ここ下野から越後までは距離があり、途中で険しい越後山脈を越えなければならない。それに長い距離を移動する間に何が起こるか分かったものではない。ましてや今は戦国時代である。盗賊の類いが襲ってきてもおかしくない。
しかし、思い出して貰いたい。俺が以前挙げた信頼できる家臣を。その中に居たはずだ。山歩きの達人たちを影響下に置いてる奴が。
「徳雪斎に山伏を幾人か派遣してもらいます。彼らは山の抜け道をよく知っております。父上の憂慮される様な事態は起こらないでしょう。」
「……そこまで言うなら良かろう。使者として上杉の元へ向かって構わん。ただ、お前一人では行かせられん。芳賀を連れて行け。」
「ありがとうございます!」
こうして、俺は越後の上杉の元へ赴き援軍を求めに行く事となった。
勿論のこと俺の目的はそれだけではない。1つは上杉家臣達と面識を持ち、最低でも家臣の1人と仲を深めること。もう1つは上杉の抱えている忍者集団『軒猿』から誰か1人うちに引き抜いて忍者を養成してもらうこと。後はまあ、興味本位なのだが、
………ナマの上杉謙信と会ってみたい。
……興味本位で悪いか!