方針
と言う事でまず、宇都宮のこれからの外交方針を考えようと思う。と言う訳で親父に主要家臣団を召集して貰い、今後の外交方針を定める事にした。
まず、直接領土を接しているのは東に佐竹。現当主の佐竹義昭は一代で常陸北部から常陸全体にまでその影響力を広げた傑物だ。彼の名はあまり知らないかもしれないが、彼の息子の名は有名だろう。『鬼佐竹』と呼ばれ、北条氏や伊達政宗を幾度となく苦しめた猛将、佐竹義重だ。
まあ、勿論のことこんな奴らと戦うのは御免被りたい。
一方、西で領土を接しているのは北条傘下の上野の諸大名達だ。各個撃破なら領土を奪うことも出来るが、問題なのはそのバックにいる北条氏だ。
北条氏と言えば、1万の軍勢で8万の大軍を打ち破った『川越夜戦』や向かう所敵無しの『地黄八幡』とか、後は戦国時代の最後の最後まで生き残っていたことが有名。ぶっちゃけあんま戦いたく無いんだけどなぁ。
南は小山、結城氏。結城氏はちょくちょくうちの領土に侵攻してくる。更に、こいつらも北条氏傘下。もーやってらんない。
となると、残るは北だけになる。北には9年前に親父と激戦を繰り広げた那須氏が勢力を誇っている。
しかし、那須氏は今分裂している。親父に腕を持ってかれた那須高資が満足に政務を執れないことを理由にうちの支援を受けた弟の那須資胤が当主の座を狙って謀叛を起こしたのだ。
更に那須氏に従っていた何人かの領主がうちに寝返った事で那須の勢力は大幅に弱体化している。
しかし高資側がどうやら北条氏に支援を求めたらしい。その為、どうやら北条氏との戦いは避けられそうにないようなのだ。
「かくなる上は大人しく引き下がるしか策はありますまい。向こうは5ケ国を統べる大大名。それに対してこちらはまだ1ヶ国さえも治められていないのです。例え戦をしたとしても勝てる見込みは万に1つもないのは皆様もお分かりの通り。那須は諦めなされ。」
対北条穏健路線を説くのは壬生綱房。彼は誰にでも分かる理を説いて北条氏との融和を説く。
「その通りだ!」
「北条に従うべし!」
これに追従するのは家中の壬生一派。彼らは大声で綱房に賛同し、他の家臣団に北条への帰順を認めさせようとする。
と言うのも、綱房ら壬生一派にはある計画があった。それは、こたびの紛争で北条氏に接近、繋がりを深めゆくゆくは北条氏の後ろ盾を得て宇都宮から独立するというものだった。
「……反対の方はござらんかな?されば、家中の総意は北条への譲歩、帰順で宜しいな。と言う事で御屋形様、相模への使者を送りましょう。使者には北条家臣との繋がりのある某の息子を……」
壬生一派からの報復を恐れ誰も反対意見を述べられないのをよいことにひとりでに話を使者派遣までもっていこうとする綱房。しかし、最後まで言い切らないうちに横槍が入った。
「某は反対致す。我々が北条氏に譲歩する必要はなかろう。」
それは、宇都宮家重臣の一人で嫡男弥三郎の傅役でもある、芳賀高定であった。
「そもそも、那須の当主争いに先に介入したのは我々。後から介入してきた北条が本来なら我々に譲歩するべきであろう。」
高定の言うことは確かに理にかなっていた。しかし、綱房はこれに反論する。
「だが、北条と戦うとなれば我々は北条方に敵うはずもない!援軍を得ようにも東以外は敵、唯一頼れる東の佐竹も動くかわからない!それで一体芳賀殿はどの様に北条方に立ち向かおうというのでしょうな!」
「簡単なことです。近くが無理なら遠くに頼れば良い。頼るのは佐竹に非ず。越後の上杉です。」
これは場の幾人か以外は誰も思い付かなかった。綱房も思いがけない別策に言葉を失う。しかしそこは長年宇都宮の家中を牛耳ってきた綱房。即座に反撃の言を返す。
「だが、越後に援軍を乞おうにも距離がある!上杉が我々に加勢しようにも、その頃には我々は壊滅だ!話にならん!」
そう言うと綱房は席を立ち上がる。続いて家臣団の半分近くを占めている壬生一派の面々も綱房に追従するように立ち上がった。
「……御屋形様、上様。分かっておられますでしょうなぁ。これがどういう事か。……お二方の賢明な判断を願っております。」
これだけ言うと綱房ら壬生一派は広間から続々と去っていった。広間には壬生一派の抜けた大きな空間が存在感を大きく示していた。