松原の戦い・後
北の森へと散り散りになって逃げている宇都宮勢を見て戦に勝ったと思い込み、勝ちに驕って逃げる宇都宮勢を追った壬生勢だったが、幾ら追っても追いつけはしなかった。4000というそれなりの人数の中、移動の命令を伝令するのに時間がかかったからだ。また、森の中と言う事で通行出来る道の道幅が広くなかった事も進軍の遅れに拍車をかけた。
「ええい!まだ宇都宮勢に追いつかんのか!」
「申し訳ございませぬ!先程からあと一歩の所で逃げられましてあと少しでも早う進軍出来たならば追いつけたものを。」
「ぬぬぬ……壬生や他の者共に先を越されてはならぬ!とにかく宇都宮勢を討つことのみ優先しろ!どうせ敗軍だ!組織だった反撃は出来るまい!」
「よーし、順調に壬生勢は隊列が縦に伸びてきてるなぁ。」
俺らを討とうと躍起になって各隊が我先にと突き進んだせいで壬生勢は隊列が伸び始めていた。そして、これが俺の狙った状況だ。
つまりは、縦長になったせいで横の厚みを損なった壬生勢を横っ腹から討つって事だ。その為に攻撃が届くか届かないかくらいの所に少数の兵だけを伴って俺が出る事で壬生勢を引きつけ、更に壬生勢に加担させている宇都宮家臣にそれを攻めるよう強硬に主張させることで奴らを森深くまでおびき寄せた。
まあ、綱房の"謀叛軍"と言う立場が、綱房が味方の諸将に強く物を言えなくさせ、ある程度彼らの主張を認めざるを得なくしたわけ。下手に文句言って離反されたら困るしね。そして壬生に加担させた宇都宮家臣や内通者に罠へと誘導させれば、最早綱房は多数意見に従う他ない。後はもうこちらの思うがままよ。
「よーし、皆の者!反撃の時間だ!側面から壬生勢を一気に突き崩すぞ!伏せておいた多功隊にも使いを送れ!右側面から奴らを襲わせろ!彼らの攻撃と共に我々も攻撃を開始する!」
「はっ!」
こうして密かに俺達宇都宮勢は壬生勢の側面へ移動した。そして、近い内に来るであろうその時を待った。
壬生方についていた諸将の一人皆川俊宗は、将来の壬生家中での地位向上の為、そしてそこで力を蓄えいつの日か綱房のように完全な自立をする為に武功を少しでも多く挙げようと他の諸将と先を争い宇都宮勢を追っていた。そんな俊宗が、ある奇妙な事に気付いたのはつい先程だった。
「……む?どういう事だ?つい少しまで宇都宮勢は我々から見える位置に居たというのに急に姿が見えなくなったぞ?」
宇都宮勢が見える位置に今までは常にいたというのに、突如としてその姿が確認出来なくなったのである。その為しばらくの間、見失った宇都宮勢に追いつく為に皆川隊全隊で全速力で前進したが、遂に宇都宮勢は目の前に現れることはなかった。
「おかしい。流石にこれほど追って姿が見えないのは何かがおかしい。途中で道が分かれているならまだしもここは森の中。その様な事はあるまい。となれば……はっ!まさか、最初から我々は罠に嵌められていたか!」
勝ちに驕り周りの見えなくなっていた壬生方がそのことに気づくのは森に足を踏み入れてからかなりの時が経ってからだった。そしてその時間は宇都宮勢が形勢を整え側面攻撃を行うのに十分過ぎる時間であり、壬生方が罠と気付き迎撃の態勢をとるには遅過ぎた。
「皆の者ー!かかれぇ!!奴らは勝ちに驕り、功を焦り愚かにも横の守りを疎かにした!これは絶好の好機だ!今こそ壬生中務少輔を討つときだ!!」
隊列の転換も十分に完了していない壬生方に、側面から宇都宮勢が襲いかかった。
「しかしよくもまあ、ここまで綺麗な形で策がはまるとは。私も思いにもよりませんでした。壬生中務少輔も愚かではあるまいに。」
と、その様子を隣で眺めていた高定が言う。
「なに、壬生中務は馬鹿では無かったかもしれないが、周りが馬鹿だっただけのことだ。後はこちらの戦略が奴らの考えより一枚上手だった。そういう事だ。」
奇襲を仕掛けた宇都宮勢は、混乱する壬生勢を次々に攻めたて、潰走させて行く。所々では壬生勢同士での同士討ちまで発生している様だ。
「おー、大須賀党と多功隊はいい働きしてるなぁ。あ!孫次郎!あいつ指揮官らしい奴と組み打ちしてやがる!あ~、俺もああ言うのしたかった……。」
あれこそTHE・戦!って感じだろ。ただ戦の進行を見るだけじゃつまらないったらありゃしない。いや、大将だからそういうのは許されないのは分かってるけど。
「雑田魚左衛門、多功孫次郎が討ち取ったりー!」
「名梨権兵衛、討ち取ったり!」
「……はぁー。まあ、それはともかくそろそろダメ押しだ。壬生側にいる家臣達に向けて狼煙を上げろ。そうすりゃ内通者もこっちに寝返るだろうよ。」
それからしばらく後、幾人もの壬生側諸将が宇都宮方に寝返った事で多勢に無勢となった壬生勢は完全に瓦解、壊滅状態に陥り親壬生派諸将は軒並み降伏するか討死した。綱房は弟の徳雪斎や主だった家臣のみを連れて居城の鹿沼城へと落ち延びて行った。