4「本当に魔法の世界だった」
ミレンの詠唱は30秒程続いた。
知らない言葉で唱えられた呪文は神秘的な発声だった。時には優しく、時には力強く。美しく唄うように。
僕の体は動かないだけで、触られている感覚は解る。
女性のやさしいく柔らかい両手の感触が、何とも言えず心地いい。
などと考えていると、詠唱が終わった。
ミレンは僕の手を自分の額へ寄せた次の瞬間。
彼女の頭と両手が輝き出し、まるでオーラを纏ったようになった。
それが凝縮されて僕の左手から全身に、ほのかな熱を帯びて流れ込んだのだ。
正直言って驚いた。不思議な現象を体験して、僕の固定概念が崩れる事となる。
「――――はい、終わりましたよ」
「…………え?」
ミレンの言葉に、反応が遅れた僕。なんだかよく解らない。
「体、自由になると思いますよ」
「……はい」
なんなの今の? どういう事?
ぼーっとしている僕に、ミレンがちょっとイラッと来たのか、
「もう、動かせるっていってるでしょっ」
ちょっとふくれっ面の彼女は、僕を上から覗き込んで、そのかわいらしい両手を脇の下に突っ込んだ。そして指をごにょごにょ動かした。
「ぅひゃひゃひゃ――!」
やめて、くすぐったい。
僕はたまらず、飛び起きた。
あっ! 動かせる。
ミレンはニコっとした。
僕は唖然としていた。
A君のドッキリじゃ無かった……。
しばらく僕の目が泳いでいた気がする。今までの彼女達の会話の内容を思い返してみた。
蚊の鳴くような声で、僕は口にした。
「……本当に、魔法の世界だった……のか」
僕はベッドの淵に座りなおした。
そして先輩達と向き合い、改めて言葉にした。
「先輩の言うとおり、ここは本当に異世界だったんですね……」
「はあ? お前今までアタシの話、訊いていなかっただろ!」
「いいやそうではないです、ちゃんと訊いていました。ただ、現実を目の当たりにしたので改めて実感したというか……」
「イズミさんも、最初は全然信じてくれなかったんですよ」
「ですよねっ、僕も未だに半信半疑というか……」
「でね、こうしたら信じてもらえたんです。ライト!」
ミレンが呪文らしき言葉を唱えた瞬間、彼女の全身が一気に発行した。それは目をつぶっていても強烈なほどだ。
その発光はほんの数秒で治まったが、後ろで先輩が「いきなりやるのは止めろと言っただろ」と、激怒していた。
いや、まいった。
本当に異世界に来てしまったなんて。
しかも先輩と二人きりって、ヤバくない?
これはもう、親友A君には悪いけど、この状況を存分に利用させてもらいますよ。
「で、マサキ。まさかとは思うが、何か良からぬ事を考えているんじゃ無いだろうな」
ドキッ、僕ってポーカーフェイス出来ないんですよね。
「私も事情はわかりませんけど、あなた達お二人は外からやってきたお客様です。仲良くやりましょう」
「そ、そうですよ先輩! 力を合わせて、この状況を打破しましょう」
「………調子いいなぁ、おまえ」
調子いいだけが取り柄の僕です、はい。
折角体が自由になったんだ、ベッドを降りて幾つかのストレッチをしてみた。
「うん、問題なし」
「良かったです。これでモンスターが襲って来ても大丈夫ですね」
「おかげさまで大丈夫です。ありがとうミレンさ……ん?」
今、気になる事言ってなかった? モンスターがどうのこうの。
まさかとは思うが、夢で見たと思っていたあの猿っぽいのがモンスターで、追いかけられていたのは現実なのか。
じゃあ、僕を担いで疾走していた女の子って。
「どうしたマサキ。何かまだ悪い所でもあるのか?」
そうだ! あの時確かに、黒い手袋を嵌めた姿を確認したんだ。
どういう訳か、直後の記憶が無いのだが。でも間違いない、あの少女は確かに!
「先輩は――――」
「ん?」
「モンスターに襲われていたあの時、僕を助けに来てくれてたんですね」
「ああ、まあな」
先輩は、少し照れくさそうに言った。
「あの場所に、マサキが召喚されると分かっていたから」
それって、僕があの場所あの時間に召喚されるって決まっていた事なの?
むう、今日は疑問だらけで頭がパンパンだ。
「そもそもアタシは、マサキという人物の事を詳しくは知らなかった。知っていたのは、顔と名前だけ。あとは変質者という事かな」
酷い偏見だ。
「良くも悪くも、こっちに召喚されるとなれば同士であろう。助けないといけない。だがな……」
先輩は、横に置いてあった長剣に触れて、続きを語る。
「マサキが万が一にも闇組織との繋がりがあるようなら、その場で首を撥ねていた」
先輩は一点を見つめ、顔を強張らせた。よっぽど闇組織が憎いのだろうか。
僕は全くその組織と面識がなくて、ほっと胸をなでおろした。
「アタシは、一刻でも早く元の世界に戻りたいのだ」
彼女のその言葉に、何か強い意志を感じた。
「先輩は命の恩人です。それに……」
「それに?」
「ぼ、僕は先輩の事が大好きですから!」
ああ、つい勢いで言ってしまった。恥ずかしい!
チラリと顔を伺うと、少し嬉しそうにほほ笑んでいた。そしてなぜか、ミレンは下を向いて顔を真っ赤に照れていた。
「だから、先輩のためなら何でも協力しますよ」
「ありがとう、頼りにしているぞ」
ミレンは「いいですね、こういうの」と言って、笑顔で喜んでいた。
2019年3月24日追加投稿